第4話

 最近は、ずっと青空が見えることが多い。そういう季節だと言えるかもしれないけど、それでも、なんとなく喜ばしいことだった。もし、これでトーイがいなかったら、もっと穏やかに何も考えずに空を見ていられるのにと思わないこともないけど、そんなことを考えてもどうしようもない。いくら目をそらして耳をふさいだところで、それが僕にとっての現実であることにはどうしても変わりがない。

「いよいよ、明日が決戦の日かー。ま、お前がいる限り、大丈夫だろうけどなー。管理人の心配性も困ったもんだ。俺とお前、二人で、一位、二位を独占しろなんてさあ。久しぶりだわー。ちょっくら、本気だすのも」

 現に、トーイがこの機関に正式に移動してきてからというもの、毎日のように、ニーヤが屋上に来ては、トーイの前日の行動や、機関の構成員間での評判を一方的に話してくるようになった。これも補佐官として管理人に任された任務で、僕のところに来ているに違いなかった。

 ニーヤの話によれば、トーイは順調に知名度を上げているようだった。最初は同性の数人と協力関係を築いたのち、その数人とつながりのある人たちとも関係を築いていったらしい。人から人へのつながりに沿って、人脈を築く真っ当な方法だ。それに、トーイが「彼女たち」の一人だということも有利に働いているに違いなかった。「彼女たち」の多くは機関の最上位、つまり僕らの所属する機関の一つ上の機関にいて、しかも、その上位層のほとんどを占めている。「彼女たち」以外に上位層にいるのは、ほんの少しの「僕たち」と、もっと稀な天然の天才だけだ。

 それにしても、トーイの資料を読んで、彼女の人柄については知っていたが、実際にニーヤからの報告を聞いてみると、彼女の異質さがより鮮明になった。

 今の時代の人間は、研究・開発以外で、基本的に他人に積極的には関わることはない。僕らが所属している機関は、かつての世の中で言うところの学校ということになるのだろうけど、それらとはかなりかけ離れている。学力を育てるということは、おそらく昔と変わらないのだろうけど、それ以外の物はすべて、切り離されている。例えば、かつては、部活や学校祭、遠足、修学旅行などがあったらしいけど、いまでは、それは上位機関との研究協力や、戦争で居住不能になった地への視察などに変わり、遊びや娯楽と言った要素は完全になくなっている。

 環境が変われば人は変わる、あるいは人が変わって、環境も変化するのかもしれないけど、そんな環境で生きる、無駄を切り取られた人間は、自らを切磋し、他人よりも優れ、機関を上り詰めることにしかあまり興味を持たなくなった。他人と友情を分かち合ったり、誰かと恋愛したり、そんなことをする奴がいれば、周りの人間からは、白い目で見られる。いや、白い目ですら見られない、いないものとして扱われるだろう。二十歳までに上り詰めた機関の地位で、僕たちの未来は決まってしまうからだ。僕たちに必要なのは人との研究開発をする上での面識であって、必要以上に他人と関わることはこの世の中では悪と言ってもよかった。

 だからこそ、トーイの異質さはより極まる。ただでさえ、「彼女たち」なのに上位の機関にいないのは、不自然極まりないのに、トーイは多くの人に自らの知識を分け与え、機関の生徒の学力を上げようとしているらしかった。他者よりも優れようとすることが当たり前の世界で、自分以外の奴の学力を上げようとする者はいくら血迷ってもいない。にもかかわらず、彼女は躊躇なく、周りをより優れた人材に育てるように動いているらしかった。

「まーなー、あんな奴が来たせいで、もしかして、変な噂が立ったのかもなー。普通なら、みんな、そんなこと気にもしないはずなのになー。お前、思わねーか?あいつのせいで、全体的に、旧世代みたいに、じゃっかん、みんなが自分以外を気にするようになってるんじゃねーかって?」

 トーイのことだけ言って帰ればいいものを、ニーヤはトーイの報告の後に、機関の構成員の間で、ささやかれている、噂の話を結構な時間話していくのも最近の常だった。

「『この中にまがい物がいる。人間であって人間ではない物。まがい物は本物をまがい物に変え、やがては、全員がまがい物になる。我々は、まがい物を探し出し、排除せねばならない』か。構成員たちはトーイのことを言ってるんだろうと心の中で思ってるだろうな。あるいは、お前や僕のことか……。構成員には秘匿されてるホーマの経典の条文が流れている以上、ホーマの手の者が紛れ込んでるんだろうな」

 今の世界にも革命を目論む組織がいくつかあるけど、ホーマというのはその中でも一番勢力のある組織で、今の合理的な世界に自由をもたらすという名目で活動しているが、実際のところは権威、権力主義の復活を目論んでいるらしかった。そして、最近では機関の施設に人を送り込み、ホーマの掲げる思想を機関の構成員に秘密裏に浸透させようとしていて、問題になっている。けど、このことは水面下のことで、一部の者しか知らず、この施設では管理人と管理人補佐のニーヤとこの施設のトップの僕しか知らなかった。

 振り返って、ニーヤを見ると少し頬の筋肉がぴくぴくと痙攣していた。ちょうど雲がかかったのか、さっきまで明るかった、屋上は一瞬暗くなって、また明るくなった。

「いやな話だけどー、そーなんだろーなあ。となるとー、やっぱり、手を打たんといかんかー。まあでも、トーイが周囲に与える影響もあんまり無視はできないぜ」

「それは、明日あいつに勝てば、権限で、制限できるようになるから問題ない」

 それだけ言って黙っていると、ニーヤは、これ以上は諦めたようで、ニーヤの気配は遠ざかっていった。

 誰もいなくなった屋上で、少し雲が浮かびだした空を見上げて、誰にともなく、呟いた。

「明日の勝敗は、ニーヤ次第か……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る