彼の秘密 (花金企画 お題三日月に寄せて)

 彼の細い指先が、左耳へ伸びてきた。


 私はビクリとして身を固くする。駆け上る想いに熱を持つ頬。

 目の前の甘く危険な液体のせいで大きくなった鼓動は、いつの間にか耳元から。

 音を辿れば余計に意識を集中させてしまう。


 そんな私に気づいているのかいないのか。

 彼は躊躇することなく私の髪の毛をすくい取る。

 ロングストレートのそれを指先に滑らせてから、左耳の後ろへ丁寧にはめ込んだ。

 露わになった三日月型のピアス。目を細めると、嬉しそうに言った。


「やっぱり、似合うね」

「あ、ありがとう」


 カラカラの口の中で小さくそう呟くと、カウンターに頬杖をついたままの彼はクスリと笑う。

 そのまま冷たい指先で三日月型のピアスを弄び始めた。端正な顔立ちに見つめられて、私の心臓は破裂寸前だ。


萌香もえか、かわいい」

「え? そ、そんな、あの……」


 その一言で空気が抜けてしまった。

 ぷしゅ~って音がしそうな勢いで私が停止していると、彼が顔を近づけてくる。

 一瞬の出来事だと頭では分かっていても、私の目にはスローモーションに映る。少しずつ大きくなる潤んだ彼の瞳、筋の通った鼻、赤みが強くなった唇……


 そんな彼の顔がいきなり私の胸元に収まった。


「ん?」


 スースーと安らかな寝息が聞こえてくる。


 何これ? 酔っぱらって寝ちゃったの?


 私は急に現実に引き戻されて、慌てて彼の体を支えた。

 

 もう、この盛り上がった気持ち、どうしてくれるのよ!


 私は恥ずかしさと彼の重みを支えようと必死になって、別の意味でまた頬が赤くなる。


 まったく。

 でも……やっぱりかわいい。


 カクテル一杯で酔って寝てしまうなんて。安上がりな奴。

 普段は色白の頬が、赤みを帯びている。

 無邪気な寝顔を見ると、しょうがないなぁと保護者のような気持になった。


 マスターが慌てて手伝ってくれて、なんとか彼の体をカウンターにつっぷさせた。


 「あはは」


 急に笑い出した私に、マスターも苦笑する。


 いい雰囲気だったのに。

 初めてグイグイきてくれて嬉しかったのに。


 彼がくれた三日月型のピアスを自分で揺らしながら、先ほどの彼の指先の感触を思い出す。

 無口で恥ずかしがり屋の彼が、初めてくれたプレゼント。


 いつもデートでは私が一方的に話していて、彼はうんうんと頷くばかり。

 一生懸命聞いてくれるから嬉しくて、ついつい私ばかり話続けてしまう。

 わがままを言っても、怒りもしないで私に合わせてくれるから振り回してばかり。

 

 そんな彼のこと大好きだけど、時々ちょっと物足りなく感じて。

 彼からもっと積極的に誘ってくれないかなとか、強引に手をひいてくれたらいいななんて妄想したりもしていて。

 

 だから、さっきは本当にドキドキした。

 とっても嬉しかったんだよ。

 

 酔っぱらったら、こんな彼も見れるんだ。

 変身時間が短すぎるけれど。


 私はまたふふふっと笑った。


 今度はベッドで一緒に飲もう。

 どんな彼が見れるか楽しみになっちゃった。


        

             完

  


☆他の『花金』参加作者様の作品はこちらからお楽しみください

 ↓ 

https://kakuyomu.jp/works/16816452219018347348/episodes/16816452221311062706


 


 



 

 

 


 


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