記念写真 (花金企画 お題写真に寄せて)

 ツンツンと立ち上がった髪の毛。もっちもちの頬っぺた。意志の強そうな眉と大きな瞳。それが生後七か月ごろの私。

 その隣に、泣きべそで写っているのが、同じく七か月の。あいつの髪の毛はまだチョロチョロで柔らかい産毛のよう。

 

 ちょこんと絨毯の上に座らされた赤ちゃんの頃の写真。 

 ひな壇のお雛様のように並んだ姿は可愛らしいけれど、私にとっては人生最初の黒歴史なんだからね。


 母親同士が仲良しで、父親同士も友人で。そんな二家族に、奇跡的に同じ頃に生まれた私達は、生まれたばかりの頃からの腐れ縁。

 ことある事に一緒に行事を遂行する両親に振り回されて、高校生になった今も、なぜか一緒にわが家の庭でバーベキューしている。


 はっきり言って、気まずい。

 

 だって……あの時泣きべそかいていたぶっさいくな奏多かなたは、今では前髪サラサライケメンに成長していて、学校ではちょっとした有名人。

 それに比べて私は、目ばかり大きくてアンバランス。色黒でガリガリで愛想のない話し方。お洒落なんか興味も無い。

 奏多かなたの周りを取り巻く、きゃぴきゃぴして可愛らしい女の子達とは、天と地ほども違う。

 なんとなく話しかけづらくなって、今では学校では一言も話していない。


 それなのに、両親たちからカップルのように扱われるのは鬱陶しい。

 はっきり言って迷惑。

 私にだって好みのタイプはあるんだからね。


 あいつの方もきっと同じような気持ちだと思う。それでも逃げずにめんどくさそうな顔でやってくるけれど、私の弟のわたるがいるので、一緒にゲームをやって盛り上がれるんだから、困ってはいない様子だ。

 

 だから私は台所でおにぎり握るのに必死になっているふりをしていた。


「ビールと持って来いって言われたんだけど、さきいかってどこ?」

「うわぁ!」


 急に声をかけられて、びくっと飛び跳ねた。


「なんだよ。ビビり過ぎだろ」

「いや、ごめん。おにぎりに集中してた」


 不機嫌そうな奏多の目と鉢合わせて、私は慌てておにぎりに視線を戻した。


「奏多は今もシーチキンマヨ味が好きなの?」

「まあな」

「この青いお皿がそうだよ。分かるように味別に分けたから」

「ああ、サンキュー」

「そうだ、さきいかだったよね」


 私は慌てて手を洗うと、ストック品の棚の扉を開けようと背伸びした。

 後ろにふわっと温かいものを感じて動きを止めると、私の上から奏多の手が扉にのびる。

「ここか。俺の方が背高いから、いいよ。自分で取るよ」

「そ、そう」


 そう言って立ち去ろうと思ったんだけど、後ろから覆われるように立っている奏多から逃れる隙間は無くて、私はそのまま立ちすくんでいた。

 さっとさきいかを取り出して扉を閉めた奏多。

 立ち去るかと思いきや、そのままの姿勢で制止している。他に何か必要な物があるのかなと思って振り替えってみると、直ぐ目の前に奏多の胸板。

 こいつ、いつの間にこんなに背が高くなっていたんだっけ? と思った。


 中学二年生までは私の方が高くていつも見下ろしていたのに、いつの間にか私の方が鼻の下って、気づいていなかったよ。


「……で、髪切ったんだ?」

「へ?」

「……なんで髪切ったんだよ。あれか、世によく言う失恋ってやつか」


 こいつは何をいきなり言い出しているんだろうと思ったけれど、腰まであった長い髪を昨日の学校帰りに切ったばかり。肩より少し短いふんわりボブ。

 他の人よりも多くて太い髪質は、ぼわっと広がりやすくて、手入れが面倒くさかったからずっとロングにして結んでいた。

 

 ううん、違う。


 こんな私でも、少しでも女の子らしく見てもらいたくて。

 髪を長くしていたんだ。

 それに、こいつはロングヘアがお気に入りだったから。


 でも、そんなこと思って伸ばしていても、奏多の隣にいられるわけないし。

 もともとの性格がさばさばでおおざっぱだから、柄にもなく未練がましい自分が嫌になって、思い切って切っちゃったんだ。


 奏多が気にして声かけてくれるなんて思ってもみなかったから、ちょっと嬉しいなと思ったら、なんだか頬が熱くなった。


「べ、別に失恋なんかしてないし」

「そうなのか? 折角慰めてやろうかと思ったのに」

「なにそれ。ただ邪魔になったから切っただけだよ」

「本当に?」

「本当だよ」

「ふーん」


 そう言った奏多は、右手のさきいかを左手に持ち換えて、今度は冷蔵庫へビールを取りに歩いていった。


 なんだ。それだけか。からかっただけかと思って、私は舞い上がった自分の気持ちが急に情けなくなる。わざと乱暴にお櫃のご飯をかき混ぜた。


万莉沙まりさは短いのも似合うよ」


 冷蔵庫に顔を突っ込んだままの奏多がぼそっと言った。

 くぐもって良く聞こえないんだけれど。


「え?」

「だから、その髪型もイイって」


 ビールを四本胸の前に抱えて振り向くと、今度は真っすぐに私を見て言った。


「その髪型も似合ってるから」

「あ、ありがとう」


 もう一度、私の顔から火が吹いたけど、これでもかってくらい下を向いてごまかした。

 こいつ、無自覚たらしか!

 こんなこと言っているからモテモテになるんだよ。そのうち女難に苦しむことになっても知らないからね。


「なんかさ、久々にしゃべったな」

「う、うん」

「高校生になってから、俺のこと避けてねえか」

「べ、別に避けてなんかいないよ」

「でも、全然話しに来ないじゃん」

「だって、話すようなこと無いし」

「俺はあるんだけど」

「ふぇ」


 思わず変な声が出て、驚いて顔を上げてしまった。

 奏多の瞳と鉢合わせする。真剣な表情。

 その表情が、急に歪んで声を上げた。


「うおーつめてー!」


 どうやら抱えたビール缶の水滴が、タラリと胸に入り込んだらしい。

 思わず落としそうになって、私も慌てて手を出した。

 二人でぶつかるようにしてビール缶を支える。

 奏多がクシャリと懐っこい笑顔を見せた。


 それ、私が好きな奏多の笑顔だ!

 そう言えば最近見てなかったな。

 クールな奏多はカッコいいけれど、私の知っている奏多は陽気で優しくて、ちょっと甘えん坊。だから私はこっちの奏多の方が好きだ。


「あ~あ、やっぱ俺決まんねえな」

 奏多はぶつくさいいながらも、素直に言ってきた。

「万莉沙、一緒に運んでくれよ。おにぎりも一緒に運ぶからさ」


「はいはい」

 私は満面の笑みで応える。

 奏多はやっぱり奏多だった。

「決めきれないのが、奏多のいいところだよ」

「うっせぇよ」


 奏多はクールな表情に戻ると、私に胸元のビールを二本よこした。


 いつか二人で本物のひな壇に並べる日が来るかな。

 そうなったら幼き日の写真のこと、もう黒歴史なんて言わないよ。

 今度は二人共笑顔の写真になったらいいなと、切に願うけれどね。


               

                  Fin

 

 


 


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