火曜日の公園(老婆の恋のサイドストーリー)

 舞子まいこはその日疲れ切っていた。

 

 前日の仕事でミスをしてしまい、仲間に迷惑をかけてしまった。

 みんな大丈夫と声を掛けてくれたが、フォローで大変な思いをしていたことは分かっていたので、申し訳なくて意気消沈していたのだ。


 でも、子育ては待ってくれない。

 家事も待ったなしだ。 


 落ち込んで重くなった体に鞭打って動いた。


 本当は子どもが小さい間は一緒に過ごしたいと思っていた。

 でも、若い二人のお給料ではギリギリだ。

 将来、子どもの教育費にマイホーム……考えれば考えるほど、仕事は辞められない。

 親類と離れて暮らす二人にとっては、保育園へ預けて働く以外選択肢が無いのだった。


 先月五歳になったばかりのたくと三歳のゆい、私の仕事休みを楽しみにしている。

 普段一緒にいられない分、今日はなるべく一緒に過ごしたい。


 溜まっている家事を急いで片付けて、子ども達と公園へ向かった。

 まだ他の子ども達は帰って来ていない時間だから、公園はきっと空いているだろう。

 つまり、他のママも来ていないと言うことだ。

 

 子ども達と過ごす時間はかけがえの無い、嬉しくて楽しい時間なのだけれど、一人で子ども達を公園に連れて行くことはちょっと大変なこともある。


 安全に気を付けながら……特に上のたくは元気いっぱい。

 大分体力も運動神経もついて活発になってきたので、正直危ないこともやってしまう。


 注意したり支えたりしないといけないのだけれど、下のゆいもいるから、たくに貼り付いてばかりもいられない。

 楽しい公園の遊びタイムも、ママにとっては緊張の連続であった。



 ふーっ。


 坂の上にある公園に到着すると、桜の木の下のベンチに先客がいた。


 お上品な雰囲気の年配の女性。

 柔らかな小花柄のブラウスに、紺色のフレアスカートをおしゃれに着こなして、穏やかに本を読んでいる。

 白髪でなければ、少女のような初々しい雰囲気を持った女性だった。


 優しそうなおばあちゃんだけれど、本を読んでいるから拓が騒いだら迷惑かけてしまうかも……


 舞子は一瞬下腹がキュッとなって、慌てて拓の手を掴んだ。


 いつもみたいに大声挙げないように注意しておかないと……


 その時、白髪の女性がふっと顔を上げると、ふわっと笑顔になって声を掛けてきた。


「こんにちは。今日は暖かくて気持ちいいからお散歩にきちゃったの。本読んでいるけれど、お気遣いいらないからね」


 びっくりしたけれど、舞子も笑顔になれた。


「すみません。子ども達が騒ぐかもしれませんが……」

「あら、元気があっていいじゃない。気にしないでいいのよ」

「ありがとうございます」


 舞子はぺこりと頭を下げると、砂場に拓と結を連れていった。


 結はそのまま、砂場で砂遊びを始める。


 舞子は傍で見守りながら、活発な拓に視線を向ける。


 最近滑り台の横へ乗り越えて飛び降りようとし始めることが多いので、気が気でないのだ。いくら注意しても、直ぐにやりたがる。


 男の子は活発なくらいでいい。

 少しくらい怪我したって大丈夫。


 頭では分かっているけれど、実際には心配でしかたない。

 もし、大きな怪我に繋がってしまったら……


「あら、すごい! そんなこともできるの?」


 結が砂が目に入ったと痛がったので、一瞬拓から目を離してしまった。

 しまったと思った時、先ほどの白髪の女性の穏やかな声が聞こえてきた。


「そうだよ! すごいだろ!」


 嬉しそうに、得意そうに言っている拓の声が後を追いかけてきた。


「凄いね。でも、もっと凄いこと教えてあげようか?」


 女性はそう言うと、滑り台の横から片足を出して乗り越えようとしている拓に、そっと手を添えながら教え始めた。


「横から一気に飛び降りるのは、実は簡単なことなのよ。それよりも、じっくり良く考えながら、次に手をどこに出すのか、どこに足を掛けたら滑らないかとか考えながら一歩ずつ降りる方が難しいんだよ」


「ふーん」


「じゃあ、次、どこに足を掛けたらいいかわかるかな?」


 そんなことを話しながら、一つ一つ、ゆっくりと拓に答えさせながら進めている。


 危ないからと何度注意しても止めなかった拓が、その女性の言葉には耳を傾けて、一生懸命考えている。問題を解く面白さに気づいたみたいに……


「すみません。ありがとうございます」


 結の手を引きながら慌てて女性にお礼を言うと、その人は穏やかな笑顔で「私が遊んでもらっているのよ」と言ってくれた。


 それが、幸恵おばあちゃんとの出会い。


 幸恵おばあちゃんは、自分からあれこれ話してくることは少ない。


 でも、いつもにこやかに、そこに居てくれる。

 見守ってくれている。

 

 それが、とってもありがたいのだと伝えたら、幸恵おばあちゃんは幸せそうに笑ってくれた。


 舞子の心も、ふわっと温かく満たされた。


 火曜日の公園は癒しの時間。


 拓にも、結にも、私にも。


 そして、多分幸恵おばあちゃんにとっても……


                    完



注)これは、滑り台の柵を乗り越えて、横から飛び降りることを推奨するものではありません。

 ただ、子ども達は時に、そんな想定外の動きをします。

 それを頭ごなしにダメと言っても繰り返す。

 きっと彼らにとっては、新しい遊び方の発見というだけなのかもしれません。

 そんな時は、安全だったり手順だったりを考える知恵を育む一歩にするのもいいのかもと思ってみただけです。 

 もちろん、危険なことを教えるのは大切ですし、大人が安全対策を取ることも必要ですので、見守る大人はとても大変ですよね。お疲れ様です。



☆他の『花金』参加作者様の作品はこちらからお楽しみください

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452219018347348/episodes/16816452219701171049


 


  

 

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