無限教授『恋』を知る (花金企画 お題無知に寄せて)

無限むげん教授、『恋』を数値化してみたいのですが」


 ここ、数知すうち研究室ではあらゆるものの数値化を日々目標としている。


 ボサボサの寝癖だらけの髪、無精ひげ、研究に没頭してしまうと研究室で寝泊まりしてしまい、寝食すら危うくなる無限むげん教授。

 それでもみんなに学問の面白さを伝えたいと言う情熱は持っているので、講義の時間だけはちゃんと遅刻せずに行く。

 

 そんな『恋』と無縁そうな無限むげん教授だが、『恋の数値化』と聞いて興味を持った。

 要は何でも数値化できれば良いだけなのだが……


 助手の虚子そらこは医学部から借りてきた最新軽量版脳波測定器と心電図測定器を机にデンと置いた。


「で、脳波や心電図の波形を使おうと言うわけだね。まあ、やってみる価値はあるだろう」

「やったー! じゃあ、教授、実験台になってください」

「私は無理だな。そもそも『恋』がわからない」


「だから、『恋』を知らない人の脳波と心電図が必要なんですよ。比べるサンプルが無いとだめじゃないですか!」

「確かに。よしやってみよう」


 虚子そらこは内心ほくそ笑む。


 ふふふ、これで準備完了!

 今日こそ教授に『恋』を知ってもらうのだ!



 当たり障りの無い会話をしながら、普段の無限むげん教授の波形を計測する。


「なかなか面白いな」


 数字にしか興味の無い無限むげん教授、面白そうに波形を眺めると、頭の中はこの数値を導き出したであろうややこしい計算式が巡ってうっとりし始めた。

 虚子そらこは慌てて教授の頭から脳波計を外すと、今度は自分がそれをかぶる。


「うん? 今度は虚子そらこ君が計測する番か?」

「はい。『推し』の写真を見る私に、どんな脳波、心電図の波形が現れるか調べます」

「なるほど。推しを見る=恋と言うわけか。と言うことは君の恋の相手は『推し』と言うことになるのだな」

「いえ、そう言う事では無いのですが……推しは生身のターゲットの代わりです」

「おお、生身のターゲットがいるけれど、ここに呼べないから『推し』で代用すると言うことか。よし、本物には勝てないだろうが、まあ近い数値は出てくるだろうね」


 虚子そらこはちょっと恥ずかしそうな顔をしたが、覚悟を決めたように測定を始めた。

 実は『推し』の写真を見ているように見せかけて、ちらちらと無限むげん教授に目をやっているのだが、数値にしか興味の無い教授は、波形を穴が開くほど眺めているだけだった。


 装置の波形は、明らかに先ほどとは違う波形を示す。

 正確に言えば、波の動きが大きくなったり、急激になったり……


「おお! ちゃんと違う波形になったぞ。これは面白い!」


 無限むげん教授は無邪気に喜び始めた。


「はい。やっぱり『恋』の波形は通常と違います。つまり『恋』が叩きだす数値は通常と違う数値と言うことがわかりますよね」


 無限むげんの目に、『恋』の数値が美しく光り輝いて見えた。


無限むげん教授、ついでですから、今度は私の目を見てもう一度脳波と心電図を測ってみてください」

「なぜ?」

「それは……いつもとは違う状況でどんな波形が生まれるか見ていただくためです」

「なるほど」


 無限むげんは純粋な好奇心から了承した。


 のだが……なぜか虚子そらこの瞳が迫ってくるのだ。


 近い近い近い!


 これがなのは確かなのだが、それにしても近すぎないか?


「お、おい、虚子そらこ君! 目が近すぎるんだが」

「ええ、でもをつくるわけですから、これくらい近づかないといつもと変わらないじゃないですか!」

「いや、でも……」


 ぐいぐい迫ってくる虚子そらこの瞳、いや、顔!


 そのうち妙なドキドキが始まった。


 なんだ、この早鐘のような胸の音は。

 俺にとって興味があるのは、数字だけだ。

 美しい数字と計算式!

 それだけが俺のエクスタシーを刺激するもの!


 だが……今感じるこの高揚感はなんだ?


 虚子そらこの顔がだんだん近づき、瞳を認識できなくなるほど近づいた時、唇に柔らかい感触を得て、無限むげんは思わず目を瞑った。

 体を電流のようなものが突き抜けた。


「教授! 無限むげん教授!」


 虚子そらこの声にハッと我に返る。


「素晴らしいデータが取れましたよ」

「へ? そ、そうか」


 虚子そらこが事務的に差し出した波形図は、先ほど虚子そらこが叩きだした『恋』の波形と類似している。

 最初の普段の波形に比べてと言う条件付きだが。


「こ、これは……と『恋』の波形は似ていると言うことだな」

「そうなりますね。つまり、教授は今ご自身の『恋』の波形を計測したと言ってもいいのではないかと思います」

「相関係数が限りなく一に近いと言いたいんだな。まだまだサンプル検証は必要だが、仮定して証明を始めるのは悪く無い。そうなるとこの波形は私の『恋』の数値と言うことか」

「はい」


「うん? 『恋』の数値は『ターゲットを見る=恋』から導きだされた数値だったよな。つまり俺のターゲットは……」

「……ダメ……ですか……」


 恥じらうような上目遣いを見て、無限むげん教授のつけっぱなしの心電図は振り切れた。


 虚子そらこ、物凄く強引な『恋』の数値化並びにその証明成功。


 無限むげん教授……今初めて、数値を通して『恋』を知る。




☆他の『花金』参加作者様の作品はこちらからお楽しみください

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