老婆の恋 (花金企画 お題老婆によせて)

 火曜日の午後二時。

 幸恵はとっておきのおしゃれをして、近くの公園へ出かけていった。


 今日はいつも通り、大好きな彼との待ち合わせの日。


 その公園には大きな桜の木が三本立っている。

 サクラの種類がそれぞれ違い微妙に咲く時期がずれているので、ちょうど満開の桜と、ちらほら咲き出した牡丹桜、どちらも楽しめる一番美しい時期だった。


 はらはらと舞い散る桜雪の中、公園のベンチに腰を下ろす。

 手の中には、手作りのクッキー。

 綺麗に整った星の形をしている。

 

 喜んでくれるかしら? きっと喜んでくれるはず。


 嬉しそうにふふふっと笑うと、時計をちらりと見やった。

 後五分。


 その時、チリンチリンと軽快なベルの音を響かせて、彼が自転車バイクに乗ってやってきた。


「とうちゃーく!」


 ちょっとカッコを付けたように、きゅっと自転車を停める。


 目ざとく幸恵の手の中のクッキーを見つけると嬉しそうに頬をゆるませた。


「おいしそう!」

「一緒に食べようか」

「うん」


 彼は幸恵の横に腰を下ろした。

 幸恵は早速袋の口を緩めて、彼に差し出す。

 小さくてぷにぷにした手で中の数枚のクッキーを掴むと、彼は一気に口の中へ放り込んだ。

 もぐもぐと嬉しそうに頬を動かしていたが、ゴクンと飲み込むとニカッと笑った。


 幸恵はその笑顔を見れただけで、胸がいっぱいになる。


 良かった!


「いつもすみません」

 小さな女の子の手を引いた母親が、慌てたようにやって来た。


「いいえ、こちらこそ、いつも遊んでくれてありがとうね。たく君」


 幸恵の言葉に、拓君こと五歳の彼は、「ごちそうさま」と言って、滑り台へと駆けて行く。近所に住む男の子。

 ママのお仕事がお休みの火曜日に、いつもここに遊びにやってくるのだ。


 残っているクッキーの袋を母親に渡すと、母親は恐縮して頭を下げた。



 幸恵は膝に置いた手に視線を移す。

 皺が刻まれ、骨がでてきた手の甲を見つめながらも、心はあの頃に戻ってうきうきしている。


 そして、思い出が蘇る。

 おじいさんと二人でこの木の下でクッキーを食べたこと。 

 初めて作った手作りクッキー。

 

 ちょっと失敗していびつな星になっちゃったけど、嬉しそうに美味しそうに食べてくれたわね。

 あれから私も上達したわね。


 見上げた枝の間から見える青い空に、幸恵は語り掛ける。


 本当はそろそろあなたにこのクッキーを届けたいと思っていたのだけれど……

 

 もうちょっとだけ小さな彼の成長を見届けてから、あなたのところに行くからね。

 やきもち焼きながら待っていてね。


 





 

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