灰の凱旋門

川越・プリンケプス

プロローグ 新世界の誕生

消える人

「全部、なくなっちゃえばいいのに」


 大学受験に落ち、第2志望だった学校に行っている僕にとっては、この言葉が一段と重く聞こえる。

 そもそも人生は不公平だ。持てるものが多くを持ち、持たざるものはジリ貧な思いをしながら人生を終える。 僕は後者。

全てに対してやる気が出ない。全てに対して興味を持てない。三田で勉強できていたならば。もっといい人たちと出会えていたのに。


「次は~川越~川越~。お出口は右側です~」


東武東上線の、やる気のないアナウンスが聞こえ、僕は席を立つ。 今日も大学で何もせず帰宅。 きっと僕はこうして大学生活を終え、適当に就職し、そして適当に人生を終える。

第一志望の大学に落ちた僕を、世間は全く見ない。


あの時、もっと勉強していれば。

あの時、予備校に行っていれば。

あの時、友達を作ってなければ。

あの時、神が僕を見ていたらば。


「全部、なくなっちゃえばいいのに」








ぷつん。

さらっ。

















「ん……」


身体中に重みを感じ、僕はなんとなくぼんやりとしながら目を開ける。

寝過ごしていたか。 まずい、これだと東松山のもっと奥の方に行ってしまったんじゃないか?急に焦燥感を覚えだし僕はぱっと目を開ける。

 東武東上線、小川町駅。東武東上線の終点駅であり、寝過ごすと最悪な場所である。その青い看板も見える。

 でもそこには、寝過ごした以上に衝撃的な映像が、僕を待ち構えていた。


「な、なにこれ……灰!?」





体中を灰がまとってた。目の前のロングシートの上にも灰。隣にも灰。身体にも灰。灰。灰。灰。


「な、なんだよこれ」


夢でも見ているのか。僕は身体中の灰を落とし、空いているドアから小川町駅に出る。

 分からない。夢ではないことはわかっている。でも分からない。何がなんだか。

「す、スマホも繋がらない」


5Gはその役目を完全停止させている。 明かりはついてるから電気は通っている。

現在時刻21:49。辺りは真っ暗。小川町駅の霞みそうな明かりが、この夢のような殺風景を殺風景らしくしている。

 駅のホームをしばらくうろつく。僕の貧相な脳みそでは、この状況についていけない。いや、この状況は貧相な脳味噌じゃなくてもついていけない。ホームのベンチは灰をかぶっていなかったので、そこに座る。 自動販売機でコカ・コーラを買って。

 状況を整理しよう。

僕――山城結やましろゆいは、2031年5月18日現在、埼玉県中部の「小川町」という場所にいる。池袋駅から乗った東武東上線の終着点といっていいだろう。寝過ごした。

 そして、起きたら、そこら中が灰だらけになっていた。

……整理しても全く分からない。そもそも灰はなんだ?


人混みもなし。 まるで、僕一人になったみたいだ。そのままホームを出てみる。本当なら次の電車を待って帰ればいいのだが、僕の本能は外に出ろと言っていた。

小川町駅の貧相なホームを降り、小さな駅前広場に出る。

 そこには小さな駅前広場相応のタクシー、バス、送迎の自家用車が止まっていた。昭和後期からほとんど変わっていないであろうこの景色は、どこかノスタルジックな雰囲気さえ感じさせる。

 そこに灰が充満している、ということを除けば。


「ケホッ、ケホッ」


灰が肺に入りそうになり、僕は慌ててリュックからマスクを取り出し、それをつける。僕が小学生の頃に流行したウイルス対策の、外部からの様々なウイルスをほぼシャットダウンできるマスクだ。


「あぁクソ、灰が舞って視界が」


追い出されるように僕はまた小川町駅のホームに戻る。 おそらく、ここ近辺には宿泊施設もなかったはず。 僕はまた改札を抜け、電車を待つことにした。










「来ない」


おかしい。もう日をまたいだ。それなのに電光掲示板は22:15発の池袋行から変わらない。

 おかしい。なぜ。 僕はてについた灰をそっとすくい上げてみた。

 これは仮説だが。


「もし、僕以外の人間がひとり残らず、この灰になっていたら」

辻褄が合う。

灰が僕の指の隙間を、さらさらと駆け抜けていく。





パリまで、あと9710km。

 







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