第2話
後日、ベルディはアレクに連れられて件の幼竜に会いに行くことになった。
竜舎は王都から少し離れた位置にあり、周囲にはだだっ広い平原があるだけだ。
それは竜の危険性を考慮してのことであると同時に、竜がのびのびと過ごせる広大な飼育スペースを確保するためでもあった。
アレクは最初に竜舎ではなく騎竜兵士が寝泊まりしている無駄に豪華なホテルへとベルディを案内した。
「とりあえず、団長に挨拶してもらうから」
ベルディはその言葉を聞いて、少しばかり驚いた。
「団長って、アレクさんではないのですか?」
「俺が?いやいや……」
アレクからすればありえない話だったし、どうしてベルディがそう思ったのかも理解できなかった。
ベルディはアレクが騎士団長と対等に会話をしていたから同じ団長という立場なのかと考えていたが、そうではないのだ。
アルゲイム王国が騎竜兵団を最大の武器としている以上、騎竜兵団の格も高い。
それは一団員が王国騎士団長と対等であるほどなのだが、如何せん騎竜兵に興味のなかったベルディはそれを理解していなかったのだ。
しかし、それも仕方のないことではあった。
そもそも数人しか存在していない騎竜兵士と関わることなど、そうそうないのだ。それに、女性であるベルディにとっては本来男性限定である騎竜兵士など生涯関わることがないであろう相手だったのだ。
お互いに相手の意図を理解できずに無言になってしまっている間に、二人は騎竜兵長の部屋までたどり着いていた。
「えーと、まあうちの団長は結構フランクな人だから、緊張しなくていいと思うよ」
「はぁ……」
母数が多い分だけ階級にうるさかった騎士団にいたベルディにとって、それをすんなりと飲みこむことはできなかった。
逆に仲間の少ない騎竜兵団員はそれだけ一人一人の付き合いが深い。その分だけ、階級の差というものがあまり意識されなくなってきているのだ。
「団長、ベルディさんをお連れしましたよー」
「お、入れ入れ」
先程の言葉通り軽いやり取りが交わされると、アレクは無遠慮に団長室へと入っていった。
ベルディも仕方ないのでその後に続いたが、内心では緊張で張り詰めていた。実質騎竜兵団の全権を握る騎竜兵長など、ベルディからすれば畏怖の対象でしかなかった。
「初めまして、騎竜兵長様。ベルディ・カレイと申します」
ろくな心構えもできずに騎竜兵長に合わされたベルディにとってそれは形になっているのか不安な挨拶だったが、騎竜兵長にとっては堅苦しくむず痒いものだった。
「私はガインだ。……そう畏まるな。うちは団員が少ない分、個人個人で仲良くやっているからな」
「申し訳ございません」
「……まあいい。それより本題だが──ベルディ君はどの程度竜の知識を持っているのだ?」
「正直に申し上げますと、全くの無知でございます」
「ふむ……」
その返答は、ガインの予想通りのものだった。
女性は竜に疎い。女性と竜など本来関わる道理もない相手なのだから、当然だろう。
しかし、今回の場合においてそれはガイン──ひいては他の騎竜兵にとっても同じことだった。
そもそも、雄竜と雌竜では飼育方法が微妙に異なる。それに加えて、少なくとも現存の騎竜兵たちは皆自分のパートナーである騎竜を卵から育てている。それが幼竜、しかも今まで野生で過ごしていた竜であるとなると、ガインにとってもその飼育方法など無知も同然だった。
(国王も無理を仰る。……まあ、その理由もまた我らか)
ガインの考えは、決してハズレではなかった。
国王がこんな無理難題を吹っ掛けるほどに調子が良いのは、その大部分が少し前に隣国を吸収することに成功したことが理由だった。そしてその成果を上げたのが、まさにこの騎竜兵団だったのだ。
ガインは一つ咳払いをすると、真剣な顔つきでベルディの方へ向き直った。
「はっきり言って、ベルディ君があの幼竜を育て上げるのはほとんど不可能だろう。だが、私も竜を愛する者の一人だ。できる限りのサポートはさせてもらう。そしてそれは、騎竜兵団の総意でもある。……君は、あの幼竜と真剣に向き合う覚悟はあるのかね?」
「……はい」
ベルディは、その言葉に静かに返事をした。
ガインはその返事を聞くと、表情を和らげたのだった。
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