騎竜兵団の紅い花
@YA07
女竜騎士
第1話
その日、ベルディ・カレイは騎士団長に呼び出されていた。
アルゲイム王国の王国騎士団員として働いているベルディは至って真面目であり、騎士団長直々に呼び出されるような不祥事を起こした記憶は一切持ち合わせていなかった。
しかし、同時に特に目立った成果を上げた記憶もない。ベルディは妙な不安を感じながら、騎士団長室へと赴いた。
「騎士団長、ベルディ・カレイが呼び出しに応じ参りました」
「……入れ」
ベルディが緊張しながら部屋に入ると、入隊式の時以来に見る騎士団長と、もう一人騎士団長に比べると比較的若い男が座っていた。
「座りなさい」
こうした場に来るのが初めてなベルディが戸惑っていると、騎士団長がそう促した。
もう一人の男はそんなベルディの様子を見て笑い出した。
その反応を見て少し不快感を覚えたベルディは、少しばかり眉をひそめた。
「いやあ、すまないね。そんなに固くならないでくれ」
そう言いながらもケラケラと笑っているその男を無視して、ベルディは騎士団長へと向き直った。
すると、騎士団長はため息と共に衝撃の言葉を吐いた。
「ベルディ・カレイ。本日をもって君は王国騎士団から騎竜兵団へと転属することになった」
「……え?」
真面目で忠誠心も持ち合わせているベルディですらそんな呆けた反応をしてしまうほど、それはありえない話だった。
少しして正気を取り戻したベルディは、慌てて騎士団長に詰め寄った。
「お、お待ちください!私が騎竜兵団ですか!?」
「そうだ」
「な、なぜ……」
「これは国王様の決定だ」
「国王様が!?」
あまりにもありえない話に、ベルディの思考回路は麻痺していた。
騎竜兵団といえば、この国の象徴だ。
人より圧倒的な力を誇る竜に跨って戦場を舞う彼らは、その一騎で小国と渡り合うほどの力を誇ると言われている。
だが、その分騎竜兵を一人育て上げるのにかかる費用とリスクは尋常ではない。
まず危険な野生の竜の巣から卵を盗み出し、それをその竜に跨ることになる兵士が一から育て上げる必要がある。
ただでさえ人間が竜を立派に育て上げることが難儀である上に、その際にしっかりと調教し、その兵士の言うことに従える竜に育て上げられなければならない。もしそれが失敗すれば、これまでにかけられたものは全て無駄になり、白紙に戻る。
そんな重大な任務を背負うことになる騎竜兵士は、国内でも選りすぐりのエリートが選ばれるものだ。王国騎士団の中でも比較的下っ端であるベルディが選ばれることなど、あってはならない話だった。
そもそも、ベルディは騎竜兵に志願してすらいないのだ。竜に関して無知であるし、興味もないというのがベルディの本音だった。
「そういうわけだから、これからよろしくね。ベルディちゃん」
先程の軽薄な男にそう言われ、ベルディはようやくこの男が何者なのかを理解した。
「待ってください!私はそんな話……」
「国王様の決定だと言っただろう」
もはや言葉を選ぶ余裕すらなくしていたベルディの言葉を、騎士団長が制した。
それでも、ベルディは必死に食い下がる。
「なぜ私なのですか!?私に騎竜兵なんて、絶対に無理です!」
それは、紛れもないベルディの本音だった。
そしてまた、騎士団長もそれを否定することはなかった。
「……先日、一匹の幼竜が保護された」
突然そんな話をし始めた騎士団長を前に、ベルディは一度冷静さを取り戻した。
「詳しい経緯は私も知らないが、事故のようなものだったそうだ。その話を聞いた国王様が、その竜を騎竜に育て上げよとの命を出したのだ」
なんて無茶な、とベルディは思った。
竜に関して無知であるベルディですら、それが困難なことは理解できたのだ。
「我が国の──騎竜兵団の掟に、騎竜と騎竜兵士の性別は同じでなければならないというものがある。それ故に、竜の卵は雄のものをとってくるのだ。雄の方が飼育をするのが楽であるし、強い。しかし、今回保護された幼竜は雌でな」
そこまで聞いて、ベルディはなぜ自分に白羽の矢が立ったのかを理解した。
しかしそれと同時に、別の疑問もわいていた。
「それならば、女の騎竜兵士希望者を募ればよいのではないですか?」
ベルディのその疑問は至極当然であったが、無理な話でもあった。
「ベルディ・カレイ。君はその幼竜が騎竜になれると思うかね?」
「いえ、それは……」
私がはっきりと答えあぐねると、先程の男が口を挟んだ。
「ま、無理に決まってるよねー。国王様も無茶を言う」
「アレク」
騎士団長がその男──アレクを制するように名を読んだが、アレクが口を閉じることはなかった。
「失敗が目に見えてる話を大々的にやるわけにもいかないし、内密に済ませられるように最低限形にはなりそうな女性がいないか探した結果、君が選ばれたってわけだ」
「そんなこと……」
ベルディは絶句することしかできなかった。
たしかに、王国騎士団だけで見ても女性なのはベルディだけだった。
ただでさえ騎士育成所でも圧倒的に女性は少なかったし、少しでもライバルを蹴落とそうと一部の男性陣に執拗な嫌がらせを受けることもあった。
そのせいか、女性は周りから徐々に消えていき、最終的に騎士になれたのはベルディだけだったのだ。そして騎士になった今でも、ベルディは下っ端の方だ。
挙句の果てには、こんな泥舟に乗せられそうになっている。
「でも待遇はかなり良いっぽいよ。よかったじゃん」
何をふざけたことを、とベルディは思った。
たしかに、王国に仕える兵士は待遇が良い。それを目当てに兵士になるものも少なくない。
だが、ベルディはそうではなかった。そもそも、待遇が目当てならば女性が騎士を目指す必要など欠片もないのだ。
しかし、そんなことを言っても何も現状は変わらないというのも事実であった。
これは国王の決定なのだ。そして、すでにベルディがその犠牲者になることは不可避だった。
「……その話、謹んでお受けいたします」
ベルディは、騎竜兵になど興味もないし、なりたくもない。
しかし、その上で無理な話だとは分かっていても、全力でこの任務に当たろうと誓った。
それが、ベルディ・カレイという人の信念だったからだ。
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