解決編

「私も、この暗号文の謎が解けたよ。そして、犯人もおそらく分かった」

 私は部下と顔を見合わせると、同時に犯人の名前を口に出した。

「犯人は担当編集の奈緒氏だよ」

「犯人は奥さんの理恵さんですね」

 私と部下の推理は真っ二つに割れてしまっていた。改めて検証していこう。

「警部、暗号の謎は解けたんですよね?」

「ああ《《電卓に317と入力し、逆立ちして、いや逆向きにするとLIEと表示される》。これが暗号の答えだろ?」

 そう、この暗号を解き明かすとLIEとなる。

「なら、犯人は理恵さんで決まりではないですか」

 部下は大好きなミステリーじみたこの状況に興奮しているのか、気づいていないのだ。

 それが、いかに不自然なことなのかという点に。

「よく考えてみろ。なぜ死に際の被害者がそんなにややこしい暗号を考える必要がある?そんな余裕が被害者にあったと本当に思うのかい」

「いや、犯人に見つかったら処分されるかもしれないじゃないですか。だから、犯人にダイイングメッセージだと気づかれないように」

「もし犯人が室内にいたなら、こんな文章を被害者が書いた時点で処分するはずだ。内容がどうあれ、あからさまに怪しい行動なのだから」

「それはそうかもしれません。でもそれは、犯人が文章を目撃したならばですよね。もしその場に犯人がいなかったとしたらどうですか?」

「その場にいなかったのならば、なおのこと暗号にする必要もない。素直に犯人を名指しすればよいではないか。まあ、仮に被害者が暗号を書き記したのだとしてもだ、悠長にワープロソフトで入力したものを印刷して、丁寧に三つ折りにするものかな?」

「それこそ犯人に後から見つからないようにこっそりと忍ばせて……」

「そもそも、台所で刺された被害者が死の間際に暗号を考え、パソコンで文章を書いた後に、台所までわざわざ戻ってくるのも不自然だ。仮に暗号を書き記そうとするならば、台所に血文字で書き残すのが自然ではないかい?」

 そう、被害者が暗号を書いたとするならば、行動に矛盾が多すぎる。

「そして、何よりパソコン周り、特にキーボードがきれいなのは不自然だ。被害者はかなりの出血があって暗号が書かれた紙にはべっとりと血が付いていたというのに。つまり、と考えるのが自然だ」

 そう。おそらく、犯人がこの暗号を用意し、被害者の血をべっとりと付けた後、上着のポケットに忍ばせたのだ。最も憎むべき人物である、被害者の妻である理恵氏を犯人にしたてあげるために。

「た、確かに。さすが、警部。素晴らしい推理です」

「被害者の担当編集である奈緒氏を最重要容疑者として、捜査を進めるぞ」

「はい」


 その後の捜査で、担当編集である奈緒氏が犯人であることが明らかになった。

 動機は、妻と一向に離婚してくれずに関係だけを求めてくる被害者に嫌気がさしたからだという。しかし、元から殺意があったわけではなく、言い訳を続ける被害者に、ついかっとした末の突発的犯行だったようだ。私の推理どおり、妻を犯人に仕立てる目的で暗号を作成し、被害者の血を塗りたくり、懐にしのばせたのだそうだ。

「まったく、愛だ恋だというのはすぐに殺意に変わる。ろくなものではないな。恋愛なんてする価値もない」

「またまた、そんなこと言ってー。警部はちゃんと化粧すれば美人なんすから、もったいないっすよ。なんだったら、僕とデートします?」

 部下、いやバカは相変わらず子犬のような笑顔ですり寄ってくる。

「だまれ、バカ。ほら、聞き込みに行くぞ」

 昨日も今日も、次々と事件は起こっている。

 私は今日も、そして明日もこのバカと捜査をしているのだろう。この世から悲しい事件がなくなるその日まで。



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ダイイングメッセージは暗号だった 護武 倫太郎 @hirogobrin

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