奴隷制度の夢~傍観者が決める宇宙、俺をメシウマするやつは誰だ?
水原麻以
もうすぐ停まる生命維持装置の中で父の形見を読んでいる
観測可能宇宙という用語がある。量子論によると世界はどこまでも曖昧で見晴らしの良し悪しで現実の範囲が決まるという。ある作品は認識が実体化する場所、それが宇宙だと定義した。だったら僕の不運は誰が観測しているのだ。
そう、直感が、すべてを決めてしまう。
棺桶に片足を入れる。老人たちの自嘲を僕は許せない。生命維持装置の予備電源が入ったいま、僕がその環境にあるからだ。工場出荷状態で72時間、瀬戸際の度に起動され劣化したバッテリーは半日も持たないと直感した。アレッシー号は父の右腕だった。僕が襲名したその日に希望の陽が沈むなんて。
這う這うの体で持ち出した袋にはふざけた文学が入っていた。
【主人公の父親が「宇宙で生きたい」と願って死んでしまう】というタイトル。奥付に父の署名がある。護符ってこれだったのか。父らしいブラックジョークだ。彼は逆張りが好きだった。荷受人として高危険高利得を選んだ。
具体的には宇宙海賊や密売人に内容証明を届ける仕事だ。幸い任期全うした。
アレッシー号を僕に託す航海。その隙を不意打ちされた。
カウントダウンの表示が嫌で仕方なく紐解いてみた。数字も活字も無慈悲だ。
《純粋数学と寿命を司る有機分子の運動式はどう違うのだ?》
《ビッグバンを駆動した最初の玉突きは巡り巡って静止する》
奥付に父の署名があった。これを相続させたかったのだ、と僕は直感した。
作者のミヒャエル・ケーニヒも船乗りだった。
「死」を連想させるような、その意味深げな死とも言うべき言葉が、彼が人生を巡らせるのに必要な何かひとつを指し示していた。
「宇宙で生きたい人」が言っている「あなたは活かされてますか?」 という言葉と矛盾しない、その意味に関しては、まさにそうだ。
ケーニヒも父も、生を受けぬと、この世に存在し得ないことを感じたのだ。
生きている価値を、惰性の日々だと錯覚してしまった。確かな証拠を手に入れたいと願う自分に気づいた。
だから彼は死にたくない。死んでほしくない。このまま、終わらせるわけにはいかないと焦った。
なぜなら、自分は本当の人生を歩めるのかどうか、この世の中で、もしかしたら僕は問わないかもしれない。
僕は生きる意味を見出してはいない。生きる理由を、僕は知らない。
だけど、自分が生きることを拒否したら、本当の人生は歩めない。
僕らは生きているけど、生きるのは僕らが決めたことだ。
僕が選んだ道は、その答えだ。自分がどうなるかではなく、自分がどうするでもない。
期間限定の生命が発散する希少価値を僕は試すために
しかし僕は不完全燃焼のまま
それでも僕は生きている。自分を理解して、自分がなすべきことを都度決めて歩んでいた。自分自身の選択をすることが、使命だ。
「お前は生きろ」、父はそう言ってアレッシー号に残った。
僕は父を殴って無力化することもできた。だか彼の意志を尊重した。
自己決定権は人間の尊厳だ。だから遺言を無視してこのまま遭難死することも親子で最期を過ごすことも選べる。
僕は生きることにした。
この先、自分が生きていても、誰かが生きていても、
誰かが生きていても、何もしなければ、どうにもならない時だってある。
だから、死ぬときなんて、無い方がいい。
何もかも無くなって、今の自分が生きているっていうのは、決して認められない。
僕たちは自分が生きていて楽しいか、楽しくないか。
その問いを、自分で決めることを、僕らはする必要はないが、
それでも、死ぬ時なんて無い方がいい。
生きていたと思いこんで、どこかに連れて行かれたりなんかした日には、
きっと意味はないし、これからも意味なんかない。
生殺与奪を握られた人間を奴隷と呼ぶ。
「俺は生き方に囚われているのかな」と本に朱書きしてある。
そして「楽な生き方だと郷愁する」と綴ってある。疑問符付きが父らしい。
でも僕は、僕を生かす。
その時だった。
僕は父がこのような修羅場に僕を嵌めた真意を悟った。
僕を囲む30立方メートルの片隅に糸口を見つけた。
これはケーニヒの開闢爆弾じゃないか。
彼は現代美術家でもあった。
そしてこう考えた。実存が認識に立脚しているというならば、無量大数、不特定多数の観測者が要請される。
もし、魔術師が、真に絶大で無限の力を持つ召喚魔術師が、魔方陣に向かって思いつきの聖名を叫んだらどうなるか。誠に強力な力は宇宙の果てまで嗅ぎまわり、旺盛な意欲で招待客を発掘するだろう。過去現在未来、開闢の時を越えてそれ以前を遡る。その際に何が起きるか。ビッグバンだ。
しかし未だに宇宙が崩壊しない。理由はただ一つ。
人智の埒外に未知の観測者がいて要請に応じる準備が出来ている。
故に開闢爆弾は機能しない。
ケーニヒはそのような架空の装置を考案し思考実験に及んだ。
しかし、そのような観測者の立証は困難だ。
観測者がいないとすれば、この装置は機能する。最強の魔術師を釣れてくればいい(いたとすれば。この広い宇宙のどこかには…)
これはもろ刃の剣、換言すれば最終兵器、ダモクレスの剣だ。
我々は開闢爆弾発明の可能性に怯えて生きている。
開闢爆弾はそういうアートだ。
父が高価な美術品を入手した経緯はわからない。
ただ、これが本当に機能することを僕は直感した。
壁の突起に見覚えがある。失敗に終わった量子通信機だ。その試作品らしき基盤が張り付いてる。
「漫然と生きるな。陥穽は身近にある、といいたげだな」
僕はなんだかおかしくなって、主電源ボタンを押してみた。
あかりが灯った。
量子通信機は無限の距離を短絡する機械だ。内蔵する量子にはペアがいる。
もう一台が宇宙のどこかで稼働状態にある。
「呼べば誰かに認識される」
そういうことだ。父は最愛の息子に稼働状態の助け舟を遺した。
「おとうさん。ありがとう」
僕は父の名を呼んだ。
そして、心に決めた。
「宇宙で生きたい」
僕は自分が生きていて楽しいか、楽しくないかを、
自分が決めるんだ。
奴隷は解放される。
奴隷制度の夢~傍観者が決める宇宙、俺をメシウマするやつは誰だ? 水原麻以 @maimizuhara
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