第17話 聖夜はいらない
クリスマス直前の土日。オレたちは将来のことを毎夜悩み話し合い、お祭りの空気に乗り切れないでいた。あと二日で学校も冬休みに入るし、オレも動いておかないと、就活にしては既に遅いのに、これ以上もたもたしていると手遅れになる。
「やっぱり、髪の毛ピンクにピアス開いてちゃあどこも雇ってくれないかなあ」
「……それは、そうだと思う」
自由な身なりで働けるような職場を探してはみたものの、全然見つからない。そんな都合のいいことはあり得ない、社会の厳しさを身をもって実感していた。
一は話す時も単語帳を横目で見ていたし、暇な時間は過去問題を延々と解いて、受験にむけて闘志を燃やしていた。頭が良くて成績も良い。過去問を何回も解き直さなくても、もう間違えることだってそうない気がするのに、その向上心に感心した。
「うーん、全然見つからん。大人しく地味な格好するしかないのか~?」
デカい独り言を呟きながら、嫌だなあ、と心の奥底で本音がもやついた。オレは、オレ自身が好きな、オレらしい格好をしたい。そんなことわがままだとわかっているし、世間が甘くないのもわかる。
今みたいに、自分の身なりで揺れて悩んだ時、いつも人生の標にしたのは姉、玲奈の生き様だった。姉ちゃんならどうする?……そう聞いてみたくなった。しかし、連絡を取らないと自分から言い出したのに、いまさらまた連絡をしたら、嫌な気持ちにさせるかもしれない。
それに、一はオレが他の人間と連絡を取ることを快く思わない。「俺だけの人でいて欲しい」束縛、「知らないところで恋人が知らない会話をしている」不安、「他人に盗られてしまう」恐怖が、メンタルに響くのはオレも痛いほどわかる。だからオレは、一も同じようにする条件で受け入れている。
しかし、このままでいいのだろうか。一は春から大学に行って、きっとまた新しく人間関係を形成していく。それを阻むのは良くない気がする。大学生活は、友達から様々な情報を取得することが重要だと聞いたことがある。
「一さあ、連絡取らないのやめない?」
「え?」
怪訝な顔をされた。考えていたことを足りない言葉で発してしまったのに気づく。
「ああ、ごめん。考えてたんだけど」
「……うん」
察しがついたのか一は不安な顔になっていく。
「今オレたち、家族も友人も、連絡先消して連絡取ってないでしょ。それで安心感得てるけど、それだとこれから困ると思うんだよ」
「……」
一の視線が頬に突き刺さるように鋭い。表情はどこか縋るよう感情も見られた。
「そんな怖い顔しないで。他人と連絡取るようになったら、スマホは毎日見せ合おう」
オレはスマホの画面を点けて、無意味にロック画面を見た。土曜日、22時32分。通知は漫画の更新通知だけ。
「メッセージアプリの連絡先の増減と、どういう連絡してたとか確認すれば不安もすぐ拭えるでしょ」
「……ん」
「一は大学になったら先生とか友達とか連絡取らなきゃいけないだろうし」
一は渋い顔をしながらも頷いた。
「嫉妬はオレも一もかなり強い方だけど、その感情と上手く付き合っていかないといけない気がするんだよね」
「そう、だな」
寒いのか、両手を擦ったり捏ねたりしながら一が呟く。
「比嘉は、なんか……よく考えてるな、大人だ」
オレは目を見開いたまま固まってしまった。他人に大人なんて言葉で表現されたことがなかった。一はこれでも子供っぽいところがあるから、そう見えるのかもしれない。
「んん、そうかな?」
「うん、いつも俺のこと考えてくれてありがとう。俺は……自分のことばっかりだって気づいた」
一は下唇を噛み締めていた。みんな自分が一番なのは当たり前なのに。悔しそうに俯いた一から目を逸らせないでいると、ぱっと顔を上げてこちらに向き直り、オレを抱き寄せた。オレより少し高めの体温が、服の上からも伝わってくる。オレより体温が高い。ちゃんと運動してるからかな。
「もっと、比嘉のことを考えられるようになりたいよ」
か細い声で呟いて、さらに強く抱きしめる。吐息が当たった耳や、一と触れているところもそうだが、オレの奥深くから、温度が上がって体が温まっている気がした。どんな愛の言葉よりも、強く、オレに対する想いを感じたから。「好き」より、「愛してる」より、「一生離さない」よりも熱烈に感じた。
「うん、もっと、オレのこと考えて。オレも一のこと、たくさん考えてるから」
言葉と息に熱を込めて、お返しに小さく囁いた。一の耳がじわっと赤くなるのを見届けて、強く抱きしめ返す。暖房をつけても肌寒いアパートの一室、抱き合って小さくなりながら、お互いの体温を分け合う。
二人は1Kの狭い部屋で、世界中の誰よりも幸せを感じていた。
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