君を過去から逃してあげたい

第12話 過去が君を壊していく

朝のひんやりと冷たくも爽やかな空気が、喉をヒリヒリさせる12月。登校中、オレは一のポケットに手を突っ込んで歩いている。寒いだろって、一の方から手を繋いでポケットにしまったのだ。冬は寒いし、メンタルの調子を崩しやすいからあまり好きじゃない。でも、好きな人と寒さを理由にくっつけるのは、なかなかいいものだ。隣を見上げると、一はマフラーに口元を埋めている。鼻の頭が寒さで赤くなって可愛かった。

「ねぇ、一。放課後なんもないんでしょ?どっか出かけたりしない?」

一は今日、生徒会も部活もないらしい。最近ずっと、何もない時は2人で家に篭りきりだったから、デートがしたい。

「……今日は一段と寒いぞ」

「いいの!なんかプレゼント一緒に買おう」

「ああ……誕生日のことか」

一の誕生日が先週だったのを今朝知らされて、オレは少し怒っている。誕生日は特別なことをしたいから、前もって教えてくれてもよかったのに。まあ、付き合ってだいぶ経つのに聞いてもいないオレも悪いかもしれないけれど。

「プレゼントなら、いらないぞ」

「む……まあね?買うにしても結局、一のお金だしな、そう言われたらちょっと言い返すの難しいよ……」

一はしばらく、オレの様子を伺っていたが、思いついたように口を開いた。

「あー、お揃いのものを、なにか買おうか。比嘉が選んでくれ」

提案した一は、眉をひそめて困った顔(他の人が見たら怒って見えるような顔)をしていた。このままでは、オレが拗ねてしばらく面倒になると察したんだろう。

「ほんとに?それなら任せて!お揃い、したかったんだ~」

「ああ、頼む」

面倒を察して、やむなく提案したのはオレに伝わっているが、一がどういう考えでこの提案したかなんていうのはどうでもよかった。だって、恋人と何かをお揃いするって、前から憧れだったんだ。何がいいかな、ペアリングは定番だけど心躍るものがあるよね。おうちで使うマグカップとかもいいかも。服もいいかな、ペアルックって憧れる。ああでもオレと一って服のテイストが全然違うか。と、オレの頭の中はもうお揃いのことでいっぱいになっていた。

気分が良くなっているのを察した一は小さく息をついて、優しい眼差しでオレを眺めていた。



放課後、16時すぎの渋谷駅、スクランブル交差点の前。人で溢れかえっている。

「で、何を買うんだ?」

「えっとね、考えたんだけど、マグカップとかどう?いいのがなかったら他にも候補があるけど……」

お揃いグッズの候補を挙げたメモ(もちろん授業中にやっていた)を読み上げるためにスマホを開こうとしたが、一に制止される。とにかくマグカップを探そうと、近くの雑貨屋を巡ることにした。しっかりお互いの手を握って、人混みを縫うように歩く。

「……そういえば、スマホケースもお揃いの買っていい?一のケース、ボロいじゃん?」

マグカップにすると言ったものの、本当は常に持ち歩くものもお揃いにしたい気持ちがあったから、真っ当な理由をつけておねだりをしてみる。

「ん、いいけど。マグカップとスマホケース、それだけだぞ」

「やった!」

嬉しくなって、オレは一の手を引っ張って、少し早足で先へと進む。急ぐ理由はお揃いを買うのがたのしみと言うだけではない。一は人混みに弱くて、酔ってしまうと機嫌悪くなるから、楽しくデートを終わらせるため、ささっと買い物して今日は帰りたい。

結局、何件か雑貨屋をハシゴをした。最後に入った店で、オレが好きで勧めたら一もチェックするようになった、ネコのようなキャラクターのマグカップとスマホケースを見つけた。大きくネコっぽい顔が入った小ぶりのマグカップと、細かく柄が描かれたスマホケースを買って、買い物は完了した。

「いい買い物できたね!これの、雑貨あると思わなかった」

「そうだな。かわいいよな、このキャラ」

一は早速ケースをつけたスマホを使っている。

「この後どうしよっか。体調平気?人混みすごいから心配」

「ん、平気だけど。でも人多いし、今日は帰るか」

「うん、そうしよ」

駅に向かって歩き出したその時だった。

「関戸くん……?」

後ろから一を呼ぶ声が聞こえて、一が立ち止まる。オレが振り返ると、20代後半くらいの、大人っぽい女性が静止してこちらを見つめている。

「えっと、どちら様……」

「あの……私、その」

女性が話し出した途端、一がその場にくずおれて座り込む。

「えっ、一?大丈夫?」

「あ……はっ、はぁ……う……」

一は、さっき買ったマグカップが入った袋を、きつく抱きしめ縮こまって息を荒げていた。寒いのに、汗も流れ出している。オレは全てを察した。

「すいませ……」

「喋らないで!!」

オレは一のポケットからメモ帳を出して、自分のSNSアカウントを書き記した紙を女に押し付けた。

「今日はオレたちすぐ帰らないとだから、なんか用があるなら、連絡して」

「……」

女は申し訳なさそうに頷いて、1歩2歩後ずさりしたのち、踵を返して走って行った。

「……一、救急呼んだ方がいい?」

「う……いや、タクシー……」

「ん、わかった」

車道はすぐそこだったしすぐにタクシーを止められた。一をゆっくり肩で担いで乗り込む。家の住所を伝えて一息ついて、一の背中をさする。

「ごめ、ひが……」

「……一は悪くないよ、大丈夫だよ」

正直、久しぶりのデートは最悪だった。オレと一のどちらかのせいで最悪になるならまだマシだったのに。あの女が、今の一を作った原因で、一はその声だけで誰かわかって、こんなになってしまうということ。そんなものを目の前で見せられたオレは、嫉妬の感情が腹の底で煮えたぎり、気が狂いそうだった。感情を抑えるために強く唇をかみしめて、じんわり血の味を感じた。痛みは感じない。


オレは、横でぐったりする一の手を優しく、でもしっかりと握って、『一の全てはオレだ』と、頭の中で唱え続けていた。

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