第13話 双子の弟妹

カーテンの隙間から注いだ朝日が目に染みて、ベッドから半身を起き上げる。視界の端で、昨日からずっと悪夢に唸って眠る一は、オレが動いたからか、苦しそうに寝返りを打つ。昨日のオレは、嫉妬と怒りを持て余し、悶々とベッドの上でうずくまり過ごしたので、ほとんど眠れなかった。オレの精神は限界を迎えていて、今日は朝飯なんか作れそうになかった。ふと横を見ると、目を覚ました一がぼんやりとした顔でオレを見上げている。顔が不安になるくらい青白い。

「一、今日休む?」

「ん……そう、する」

寝起きの掠れた声でそう言うので、オレは学校に連絡する。

「……あ、先生?比嘉です。今日一の具合悪いから、オレも休んでいいすか?」

『ん?ああ……お前ら一緒に住んでるんだったか、忘れてた』

担任の気だるそうな低い声がスピーカーから聞こえる。

『ん、関戸はわかった。しかし比嘉、お前は昨日までの課題出してないのあるだろ、あと出席やばいのがある』

「げっ、まじっすか?」

『関戸のことは心配だろうけど、来るんだぞ』

「わかりましたあ」

電話を切って、息を短く吐いた。不安だ。一は子供じゃないし大丈夫だとはわかっている。オレのほうがだめなんだ。弱ってる時は一緒にいないと不安で寂しくて、苦しくなる。依存を実感すると、重いと振られた日のことを思い出す。その時と同じように、何もかもが崩れてしまうことを想像して怯えた。

ぐっと涙を堪えて、布団から出ようとすると、裾を引っ張られた。

「比嘉、昨日は……ごめん」

一が、か細い声で呟く。オレは一が何に謝っているのか分からなかった。だって悪いのはあの女だ。そう思っていたものの、オレは即座に否定できなかった。居心地の悪い間が空く。

「比嘉……」

細く開いた瞼の間から覗く、吸い込まれそうな深い茶色の瞳に見つめられ、我に返る。あまりにも不安そうな表情をするから、オレは優しく一の頬を撫でる。

「ん……大丈夫だよ。一は休んでて。オレ学校行くから」

「ああ、わかった。気をつけて」

頬を撫でたオレの手を、一の大きな手がさらに包み込んだ。ひと時も離れたくない気持ちが強くなるが、同時に沸いた欲も一緒に振り切って、オレは学校に向かった。

一人で学校に行くのは約半年ぶりだ。玄関の鍵を締めて振り返ると、冷たい空気で頬が刺すように痛む。寒さに震えながら、駅までの道のりを歩き出した。窮屈な満員電車から脱し、駅を出て高校近くまでくると、同じ制服を着た人間たちが同じ方向に歩き吸い込まれるように校舎に入っていく。オレもそれに倣って歩き、教室まで来た。最近ずっと、一と2人で行動していたから、自分だけで行動するのが少し怖い。一と付き合い始めて、クラスメイトと関わるのもやめていたので、一緒に行動してくれる人なんていないだろう。孤独からくる漠然な不安がオレを襲った。教室の空気がちくちくと痛い。オレはメンタルを守るために、心を無にして一日を過ごすことにした。援交で嫌な人に会う時していた方法だ。記憶は無くなるけど、辛くてもそこにいなければいけない状態をなんなくやり過ごせる。

気づけば放課後だった。オレは教室を後にして、猛ダッシュで帰ってきた。息を切らしながら玄関を開けて、ふと下を見ると、見慣れない靴が二組並んでいる。青色のスニーカーと、それとお揃いの桃色のスニーカー。一が誰かを家にあげたのか。奥の部屋から微かに話し声がした。オレはやけに緊張しながら廊下と部屋を区切っている引き戸を開けた。

「一?ただいまぁ」

ベッドの上に座った一の後ろで、中学生くらいの女の子が一の髪の毛をいじっていて、もう1人、床にちょこんと座った同じく中学生くらいの男の子は、オレの本棚の漫画を読んでいた。一気によくわからない状況が視界に入ってきて混乱した。

「あ、比嘉……おかえり。ちょっと、説明する……おい水那、髪の毛……痛い」

「え?こいつ?お兄ちゃんの彼氏って」

「あっ、お邪魔してます。漫画お借りしてて、すみません」

「……どういう状況?」



「えーっと……2人は一の弟と妹なんだね」

「初めまして比嘉さん、押しかけてしまってすみません。僕は関戸潤です。……ほら、挨拶しなよ」

潤くんは、女の子を小突いて促す。

「潤の双子の妹、関戸水那です」

水那ちゃん、はオレのことをしばらく睨みつけ、

「てかお兄ちゃん……こんなチャラいピンク髪男が本当に彼氏なの!?」

と一に怒鳴った。心配する気持ちはわかる。オレがあんまり信用されない見た目だってのは、オレ自身よくわかっていた。

「水那やめろよ。兄さんが選んだ人だし、応援してやれよ」

「だってぇ」

「ごめんな比嘉。この前、潤が連絡くれて、比嘉のことを話したんだ。そしたら今日いきなり来て……」

一はばつが悪そうに話してくれた。連絡先はお互い全部消したからなぜ連絡が取れるのかとか、連絡取るなら相談してくれてもいいじゃんとか、いろいろ思うことがあるが、口には出さなかった。

「兄さん、メッセージアプリだと僕たちの連絡先も消してるから、ひとつだけ知ってたメールアドレスで送ってみたんです。遅いけど返してくれて、なんか文通してるみたいでした」

「潤は文通とかしたことないでしょうが!……お兄ちゃんのメール、内容が曖昧で心配だし気になるから、貯めてたお小遣い使って来たの」

潤くんは礼儀正しく少し天然で、水那ちゃんは勝ち気で堂々としている。なんだか正反対の双子だ。顔は2人とも一に似ている。一より少し大きめの吊り目に、整った鼻筋、小さな口。暗い茶色のストレートヘアも同じ。一を小さくしたみたいで、かわいいなとか思ってしまった。

「っていうか、一。妹は大丈夫なんだ?」

「あー、そうだな……。水那はあの時から心配してくれたし寄り添ってくれたし、それに、思ったよりもずっと俺に気を遣ってくれている」

まだ少し顔色が良くない。あんまりこの手の話はよくないか、と思った矢先、スマホが震えた。

「……?なんだろ、メッセージ……あ」

通知を見ると、トラウマの女らしきアカウントからメッセージが来ていた。

「誰からだ?」

「あー、ごめん。昨日の……」

「あぁ……うーん。そうだ、こいつらに昨日のこと、話しておいてくれ。協力してくれると思う」

顔色がまた一層悪くなった一はトイレに逃げていった。ひとつため息をついて向き直ると、2人とも怪訝な顔でこちらを見つめている。

「何かあったんですか?兄さん、今日は学校を休んだんですよね?」

潤くんがおずおずと聞く。

「聞いても、本人は何も言ってくれなくて」

水那ちゃんも隣で眉をひそめているし、オレは話す他なさそうだった。とりあえず簡潔に話すと、2人の顔が険しくなった。

「やっぱりあの女、あんなひどいことしておいてまだお兄ちゃんに関わろうとしてる!」

水那ちゃんは声を荒げた。

「最初から警察に突き出した方が良かったんだよ」

「そうだよな……父さんが大ごとにしないようにって、兄さんと関わらない口約束取り付けただけだったし」

潤くんも、穏やかな口調ではあるが顔に憤りが見えた。

「ね、2人とも。オレ、この人と会ってさ、もう2度と関わらないように話つけてこようと思うんだけど、どうしたらいいと思う?」

「私は……、あの女がどういう思考してるかわからないし、関わるのも危険かなって思っちゃうな」

水那ちゃんが思ったよりも慎重な返答をする。それもその通りだと感じたオレは、唸るしかできなかった。

「比嘉さん」

潤くんが真面目な顔でオレに向き直る。

「確実な勝算がなくても、彼女と話しましょう」

震えているが、覚悟のこもった声だった。

「比嘉さんが兄さんを常に想って、向こうが関わってくることを良しとしない、それは伝えるべきです。このままでは、いつまでも彼女は関わってこようとするはずです」

潤くんの力強い言葉に、オレの気持ちは動かされた。そうだ。オレたちの間に入る隙なんてないって、思い知らせないと。

「潤がそういうなら……」

と、水那ちゃんは乗り気ではなさそうだが、双子の兄の言葉に打たれているようだった。

「でも、比嘉さんだけで行かせるのも不安だし、もし何かあったらお兄ちゃんも悲しむから、私たちもあの女にわからないようについて行こう!」

「水那、ナイスアイデアだね。比嘉さんもそれでいいかな?」

真剣な眼差しでオレに答えを求める。

「うん、断る理由がないよ。一人だと不安だし、頼もしい」

2人はオレに満面の笑顔を向けて、頑張りましょう!と勇気づけてくれた。潤くんも水那ちゃんも、少しではあるが、気を許してくれたような気がしてホッとした。


ふと、一も思いっきり笑えば、2人に似た顔をするのかな、と考えた。ちょうどトイレから戻ってきた一と目が合う。……この仏頂面を崩すことができる日は来るのだろうか。崩せなくとも、少しでも一の心を救いたい気持ちで、オレは足掻いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る