第7話 捨てたい過去を塗り替えて

「俺、中学の時に……実家の県内の進学校目指そうって、塾行ったらって言われて。でも中学のクラスで人間関係で孤立してて、塾行ってもそうなるだろうから塾は行きたくないって言ったら、家庭教師を、雇って、……くれたんだ……う……」

慌てて話しているのが手にとるようにわかる。冷や汗をだらだらとかきながら目を一度も合わせないで話をする一を初めて見た。どんどん顔色が悪くなって、すでに話せそうになくなっていたため、穂竹先生がストップを出した。

「すまん、やめよう、あとは僕が話す。自分で話すよう仕向けて悪かった。関戸……しっかり。外に担任いるから、ちょっと廊下出ててくれ。」

と、手際良く一を退場させて、穂竹先生はオレに向き直った。

「悪いな比嘉。関戸のことだが、話そうとするとああなるくらいには、嫌なことだったんだ」

先生は申し訳なさそうに微笑む。

「一に、何があったの。教えて先生」

オレは、ぼんやりと察しはついていたが、本当のことを知りたくてうずうずしていた。一をあんなに弱くさせる原因を知りたい。弱みを握りたいとかじゃなく、一の感情を強く動かす他人がいることが、許せなかった。オレの尋常じゃない熱量を感じ取ったのか、先生は困惑しながらも話し始めた。

「ついた家庭教師の女がな、関戸に恋愛感情をもってな。彼女は真面目な経歴だったそうだがなぁ。いわゆるセクハラとか、性的な行為を強要するとかされたらしい。それで女性恐怖がある」

行き場のない怒りがふつふつと湧いてくる。

「でな、関戸ってほぼ笑わないだろ、それも彼女のせいなんだ」

「え?どういうこと?」

「笑顔が素敵としつこく言ったり、最中に笑顔でいてと、笑顔に執着してたそうだ。それが原因で関戸は笑おうとすると、心と顔の筋肉が拒絶するらしい」

笑顔も強要していたということか。オレは一の自然で素敵な笑顔を見たことがない。いつだか、寝る前に話しかけたらいつもより口角をあげていたけど、不自然に引きつっていた。一瞬、面白くて吹き出しそうだったが、必死さを感じて茶化せなかった。

一を形成するものがほぼその女だと思うと、嫉妬で気が狂いそうになった。無言でベッドのシーツを掴んでいるオレを見て、穂竹先生は、

「なあ、比嘉。今の話、聞いてどう思った?吐き出したほうがいい」

と、柔らかい表情で見つめてきた。深呼吸をして、オレは俯いた。

「正直、その女が許せない。今の一を作り上げた人ってことでしょ。なんでか、一は全てがオレでできてると思ってた。笑えない。てか、一もそんな大事なこと言わないなんて」

うん、うん、と先生は相槌を打つ。オレは続ける。

「なんか……でもね。もっと、一の事知りたくなったし、好きになった。オレ、一を大切にしたいし、嫌な過去があるならオレで塗り替えたいんだ」

「はは、お熱いこと。本人に言ってやりなよ」

先生はおもむろに立ち上がり、病室を出た。「関戸、大丈夫か?」先生の声が遠くに聞こえた。まだ血液がたりてないのか、感情的になったのもありオレはめまいを催していた。横になって、一がまた病室に入ってくる頃には眠りについていた。


次に目覚めたのは、看護師さんが声をかけてきた、夜7時ぐらいだった。

「比嘉さん大丈夫ですか?輸血終わったので外しますね」

「はぁい、すみません」

一はずっと横で座って小説を読んでいたようだ、文庫本を片手にうつらうつらしていた。

「はい、もう大丈夫ですよ。ゆっくり支度して、お帰りくださいね」

「すみません、ありがとうございました」

一を揺すって起した。ぼんやりと寝ぼけた顔でこちらを見つめてくる。

「帰っていいって」

「んお、そうか……帰ろう」


病院を出ると、昼間の熱が残ったアスファルトから蒸し蒸しとした空気が上って、少し苦しくなった。

「あ、家まで二駅だし、歩こうよ」

「体調大丈夫か?」

「大丈夫だよぉ、むしろ元気すぎるかも、歩いて発散したい」

でも、と言う一を引っ張って、強引に家の方角へと歩き出す。一は少し俯いて、黙って手を引かれていた。

「ねえ、一。話してくれてありがとうね」

「……ああ、でも、ほぼ先生に話をさせてしまった。自分で言わないといけなかった」

「いいんだって」

振り向いて、一の顔を覗き込む。一は俯きながらも、オレをしっかりと見つめた。いつもの一だ、と安心した。

「話そうと頑張ってくれただけで嬉しいよ」

「そう……か、ありがとう」

一がほんの少し笑った。この一瞬を見れること、前より数倍嬉しい。

「あ、あの話聞いて気づいたんだけど、セックスの時フェラさせてくれないのやっと理解できたよ」

笑いながら言うと、一は、顔をしかめて

「外でそんなこと言うな」とオレを叱った。いいじゃん、人いないし。と、オレは肩を揺らして笑う。

「……理由を言えなくて悪かったよ」

「いいって、やっとわかってスッキリしたし~。……ってそうだ、ねえねえ、イラマならいけるんじゃない?動かすの一だからできるっしょ!」

「だから外で……ああもう、わかったよ今度やってみよう。吐くなよ」

「へいきへいき!やった~」


くだらないけど大切な話を続けながら、夜の住宅街をゆっくりと2人で歩いて帰る。握った手は温もりを伝え合って、お互いに安心を与えていた。

暗闇に溶ける紫がかった、オレのピンクの髪。この色で、一の過去を一気に塗り替えられたら……。そんなセンチなこと考えては、一の手を強く握った。

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