第6話 体温だけで
「……んお」
目を開くと、真っ白な天井。オレは何をしていたんだろうか。あたりを見回すと、自分の腕には包帯が巻かれて、チューブが繋がって体内へと血液を送り込んでいた。ああ、失血したのか。次第にどこで何をしていたのか思い出す。ゆっくりと体を起こしてもう一度周りの状況を確認していると、ベッドの周りを仕切っているカーテンが軽快な音を立てて開いた。焦燥した表情の一が、まっすぐこちら向いて固まっていた。
「……起きたのか」
かすかに頬を緩め、こわばった肩をおろして安堵した様子を見せた。
「ごめん、心配かけたね」
オレはどうすればいいかわからず、苦笑してありきたりな言葉を一にかけた。一はベッドの横にある丸椅子に腰掛け、オレの右手を握って大きく息を吐き俯いた。
「比嘉が、死んだらどうしようって……思って」
震えたか細い声で、いつになく幼い喋り方だった。右手を握っている両手も微かに震えて、力が少し強くなる。
「ごめんってぇ、生きてるよオレ!ほら~……泣かないでよ」
「泣いてない」
俯いたままの一から、鼻を啜る音が聞こえて、ふふっと吹き出してしまう。
「……笑うな」
ほんのり赤くなった目でまっすぐとオレを睨みつけた。オレは手を伸ばして、大きな子供のように拗ねる一を抱きしめる。体温を強く感じて、とろけそうになる。
「なぁ、比嘉」
「なあに?」
「なんで……腕、切ってたんだ」
直球の質問を少々ためらいながらも投げかけて、一はまた俯いた。
「え~、メンタルやられたから」
「やっぱり俺の言動?」
「ん、それもあるけど……」
オレは少し気恥ずかしくなりながらも、後輩の女子と話しているところを見て苦しくなったことを打ち明けた。
「オレも結構嫉妬深いなって思って、でもそれを見せるのが怖くてさ。嫌われるかもって思っちゃった。多分そんなことないのに」
早口で言い切ると、顔が熱くなっていくのを感じた。オレは俯いて、一の手を捏ねた。怖さと恥ずかしさが入り混じって顔を見れない。一は少し間を置いてから、オレの頭を優しく撫でた。
「嬉しい」
返答は、たった一言だけだった。関戸一という男は、オレが望むことを全て知っていた。変に安心させようと長ったらしく言葉を紡ぐよりも、全てを受け入れ肯定する一言が必要なのだ。優しく放たれた彼の声を噛み締める。目頭が熱くなって、大粒の涙が溢れ出した。しゃくり泣きだす背中を、黙ってさすり続けるこの男が、オレの心を掴んで離さない。愛してるとか、好きだとか表現するには複雑な感情が、絡まって解けなくなった。
「お、比嘉起きたか~……って、なんで泣いてるんだ?」
「穂竹先生」
学校での仕事を終え、様子を見にきた保健室の先生が、ふたりきりの空間を打ち破ってカーテンを開けた。
「全く、前代未聞だよ、トイレの個室で失血して倒れてるなんて」
一の横に椅子を持ってきて、穂竹先生はゆっくりと腰を下ろした。
「へへ……すんません」
オレは鼻を啜りながら、頭をかく仕草をしておちゃらけてみせた。
「はは、関戸があんなに慌ててるのは見ものだったよ。そうないからね」
「えっ?気になる!どんなだったんすか」
「やめてください……先生」
一は穂竹先生を軽く睨む。ははは、と目尻に皺を寄せて先生は笑った。
「そういえば、2人は付き合ってるって噂が保健室まで流れてくるんだけど、本当か?」
「直球だなぁ。先生はどう思うの?」
質問で返ってくるとは思わなかった、とぼやいて一変、神妙な面持ちで先生は俺たちを見つめた。
「愛の形は人それぞれだ、なんも思わないよ。ただ比嘉も関戸も、メンタル面が脆いから心配ではあるね。今回もきっと2人の問題なんだろ?」
「はは、そうっす。迷惑かけてごめんね先生」
すみません、と2人で頭を下げた。いいんだよ、と先生は笑う。
「関戸のメンタル面は一年の頃から見てきたからなんとなくわかるけど、比嘉については担任からもなんもなかったからな」
「え?一、そんなによくないの?」
目を丸くして、先生はオレと一を交互に見る。そして一に問いかけた。
「関戸、お前話してないのか?」
「すみません、言ってなかったです」
僕が話してもいいけど、と先生に言われて、一はおずおずと口を開く。
「中学時代に……トラウマになるようなことが、あって」
オレは、普段よりずっと下手くそな構成の話を、食い入るように聞いた。一の苦い過去を噛み砕いて飲み込んでいく。不思議と心は穏やかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます