第5話 嫉妬の在り方

6月も後半、大粒の雨にじっとり湿った空気に息が詰まる。一と肩を寄せ、相合い傘で登校する。寄り添う一の反対側の肩は濡れていた。

最近、クラスの空気が大きく変わった。というのも、オレと一が付き合ってから毎日一緒に登校しているため、変な噂が立っては消えを繰り返している。

「比嘉が委員長の家に居候してる」

「委員長は比嘉の財布らしい」

「比嘉が委員長のこと脅してる」

今上がっている二つはほぼ合っていて、一つが逆なだけだが、憶測で噂を立てられるのはあまり心地が良くないものだと切に感じる。オレを何だと思っているんだ。そんなに悪い奴に見えるか、ちょっとへこんだ。

登校中に悶々とそんなことばかり考えていたら、いつの間にか校舎が目の前にあった。一は横で濡れた傘を丁寧に畳む。埃臭い玄関口。オレは下駄箱に靴を放り込み、上履きをキュッと鳴らしながら足をねじ込んだ。

「比嘉、今日は昼に生徒会があるから飯は一緒に食えない、たぶん」

「おー、わかった」

一に用事がある時は、元々絡んでいたグループと一緒に昼食を取る。ノリはあまり好きじゃないが、1人でいるのは寂しい。利用している感じがして嫌だが、どうしても、学校で1人は惨めだという印象が植え付けられている。

なんだかんだ一緒に昼飯を食ってくれていたグループだったが、最近、みんなとの距離を感じている。話しかけても淡白な反応しか返ってこなくなったし、向こうからオレに話を振って来なくなった。

「なぁ、最近お前ら、距離ある気がすんだけど」

「なんだよ比嘉…急に」

「え、そんなことないよぉ零くん」

「……ほんとに?」

「……」

皆、黙りこくってしまった。居心地の悪い空気で、首を絞められたように声が出せなくなる。しばらく沈黙した後、グループの中心核が口を開く。

「俺らといても比嘉楽しくないんだろ、だから距離取ってんの」

「なっ、そんなこと……」

「あるだろ、俺らの話も聞いてたって話半分だろいつも」

「ちょっと凛くん……」

紅一点が止めようとする。

「柑奈だって比嘉に話振って広がるのかよ」

「それは……」

凛の強い口調に、柑奈は怯んで押し黙る。

「委員長があんなこと言ってこなきゃ俺たちだって……」

「え?は……いいんちょがなんか言ってきたの?」

「あ……クソッ、言うつもりじゃなかったのに」

凛は苦い顔をして俯いた。オレは、一に対しての不安感が、徐々に膨らんでいくのを感じた。

「な……なんて言ってきたの」

「本人に聞けよ」

午後の予鈴が校舎に鳴り響く。行こうぜ、とみんなに向かって凛が呟いた。オレには向けられていない気がした。



「一、オレの友達になんか言ったろ」

放課後、まだ雨が降り続けてぬかるんだ道を慎重に歩きながら、話を始める。

「あー……なんか言った」

一は、少しバツが悪そうに目を背けて言った。

「何を」

苛立ちを抑えきれない。最近の一はオレたち二人のために動いてるというより、己のために動いている気がした。

「……深く関わるなって言った」

表情をひとつも変えずにそう呟く。

「なんでだよ」

この前もオレが持ってきた荷物の中から人からもらったものを許可も取らず捨てたり、友達と連絡取ってると不機嫌になったり、オレに執着しているのは分かっていたけど、ここまでとは流石に予想していなかった。

「……わからないよ、比嘉には」

「は?理由も言わずに許すと思うのかよ、お前が昼に用事ある時友達と飯食って何が気に食わないんだよ」

「……」

それでも一は無言で前を向いて歩く。オレは立ち止まる。

「…もういい、今日は実家行く」

一が持ってた傘からはみ出た。大きい雨粒が頭皮に染み込んでくる。一は振り返って駆け寄ってくる。

「……いやだ、行くなよ」

こういう時、一はひどく悲しそうな顔をするんだ。とてもずるい、と思いながらも心を揺さぶられる。

「……ああもう、分かったから、帰ろう」

一は無言で頷いて、俺の手を強めに握って歩き出した。



オレたちは、一晩全く言葉を交わさなかった。朝になり、オレは不機嫌が治らないままその原因と一緒に登校する。珍しく、すっきりと晴れた空が広がっていた。

「俺、今日も昼に生徒会があるから……」

「はいはい、わかりましたよ」

「……」

なんだか冷たく当たってしまったが、だってちゃんと話してくれない一が悪い。オレは、向こうが切り出してくれるまで粘ってやろうと思った。

一だけでオレを幸せにするならと、前に言った気がするけど、そんなこと今は到底無理なのだ。愛に飢えたオレの心は、まだ足りないと喚いていた。

いままで、寂しさが1ミリもないように今まで色んな人とリアルでもネット上でも絡んで、体の関係だって持ってきたんだ。それを取り上げられて心に穴が空いたオレを満たすのは簡単じゃないんだ。

そんなことを思いながら、昼になり、今日は1人で飯を食うことにした。屋上へ行くため階段を登っていると

「はは、そうですね」

「じゃあ関戸くんよろしく頼むよ」

「はい」

一と先生が話していた。オレは咄嗟に隠れてしまった。

後輩っぽい女子もいる。感覚なのでよくわからないが、その女子は、一に恋している瞳に見えた。

「関戸先輩、生徒会のお仕事、教えてくれてありがとうございます」

「いえいえ。お昼食べてきな、あとはやっておく」

「え、でも。手伝いますよ」

ズキズキと胸が痛んだ。女子の恋した甘ったるい声の気持ち悪さと嫉妬で気が狂う。二人の妙な距離感が、甘い空気を作り出す。怖くて最後まで見届けられずに弁当を持って便所の個室に駆け込んだ。

手が震え、弁当箱を床に投げ捨てた。ドアに寄りかかり、震える手を押さえる。オレも相当だと思った。女子と話しているところを見ただけでこんなおかしくなってしまう。一は、厄介なやり方ではあるが嫉妬を言動に載せてオレを怒らせた。人の感情を動かしてでも自分を押し通す勇気があるんだ。一方オレは、嫉妬を露わにしたせいで嫌われるのを恐れていた。

「あー、だめ。こんな醜い感情、見せらんねえよ……」

ふと、オレは上着を捲り上げ、だぼだぼの袖から覗いた青白い肌に赤い線だらけの腕を見つめた。指でなぞるとざらざらしていて、不安定な心が増幅した。上着のポケットに忍ばせたカッターナイフを取り出す。刃を繰り出す音が個室に響く。荒い息を整えて、血が滲んだ冷たい金属を肌に当て、思いっきり引いた。

「うっ……痛え」

新たな傷口から静かに血液が流れ出す。数秒、肌を伝うそれを目で追って、もう一回肌を切る。さらにもう一回。切れ味の悪いカッターナイフはザリザリと肌を刻んでいく。なんかもうどうでも良くなった。オレは、ゆっくりと床にうずくまった。

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