第3話 歪な絆
土曜日、雨は降っていない。しかし日差しは布を超え肌を貫き、茹だるような蒸し暑さに眩暈がする昼前。オレは
「比嘉、早いな」
顔を上げると太陽の光が眩しくて、目を細めた。一の整った微笑は、逆光でほぼ見えなかった。
「おはよ、そんなに待ってないよー」
「本当か?」
一はいつもの仏頂面で、オレの額から滲み出た汗を、白く柔らかい布で優しく拭いながら言った。バレてる。この数秒のやり取りで、こいつには嘘をついても誤魔化せないかもしれない、そう感じた。
「行こうか」
一はするりと自然にオレの手を取り進み出した。先に歩く一の後ろ姿をただ眺めて、進んでいく。じんわり汗をかいた手が触れ合い、揺れるたびにぺたぺたする。妙に鼓動が速くなり、今、俗に言う恋愛をしているのだと痛感した。
「……必要なもの何があるかなぁ。オレ、服と漫画くらいしか持って行かないと思うけど」
無言で歩いていたが、何か話さないとと思いオレは口を開いた。
「そうだな……ちょっと待ってくれ」
一は空いた片手でシャツの胸ポケットを探り、一枚の紙切れを取り出し見せる。そこには、チェックボックスと、横に品名が書かれていた。
「わ、マメだな……」
「買い忘れるのが嫌だから書いたんだ、持って来れるものがあったら持ってきて欲しいが、できるだけ今日買ってしまおう」
「うい、わかった」
「歩き疲れた~、一ぇ、あとは?」
数時間絶えず歩き回って買い物をしたので、オレの足は悲鳴をあげていた。
「ん、これで終わりだな。どっかで飯でも食うか?」
対する一は、体力があるためかケロッとしている。荷物も全部持っているのに。
「賛成~。お腹すいた~」
「何か食べたいものはあるか?」
「う~ん、ジャンクな気分かな」
「ハンバーガーとかか?じゃあここでいいか」
オレたちは、近くにあったファストフード店で休息をとることにした。店内に入ると、冷房が吹きつけていて、長袖でちょうどいいくらいだった。
「オレはチーズバーガーのセットがいい、飲み物はコーラ」
「わかった。……混んでるし、注文してくるから先に席取っておいてくれ」
「はぁいよ」
席を探しに2階に上がると、聞き覚えのある騒ぎ声が聞こえた。
「げ……」
学校でつるんでいたグループのメンツが、かたまって談笑していたのだ。
「……あれ?比嘉じゃん」
「あ……っ」
そーっと3階にあがろうとしたオレに、1人が気づいた。
「えーっ、零くんじゃん!」
「比嘉一緒食べる?あれ、何も持ってないじゃん、先に席取り?」
「あ、えっとぉ……」
どう対応するべきか、考えれば考えるほど、変な汗が噴き出てきた。一と一緒だと言っても、全然関係がなかった2人だから疑問を持たれるだろう。そうすると、きっとオレはうまく説明ができない。
「誰かと一緒なの~?」
「え、あぁ、うん……」
助けてくれ。どう答えたらいいのか分からず、挙動不審になっていると
「比嘉。階段の前にいると邪魔だ」
下から一がトレーを持って上がってきた。
「えっ委員長じゃん」
「めずらしい組み合わせ~」
一はクラスメイトたちを見回し、オレの方を一瞬見てから、
「ああ、買い物に付き合ってもらってたんだ、他人の意見があったほうがいいかなと思ってて、ちょうど話すこともあったし誘ったんだ」
「そうなんだ、じゃあおれらは邪魔か、すまんな比嘉~」
「察してくれてありがとう。行こう、比嘉」
「あ、うん。みんな、じゃあな~」
やっと席につき、一安心した。しかしオレのもたつき具合から、一のスマートな返答を見て、オレってカッコ悪いなあと再認識し、自己嫌悪した。一のほうをちらりと見ると、同じように少し落ち込んでいるように見えた。
「一……?どうかしたの」
恐る恐る尋ねると
「いや……比嘉は、仲のいい友達がたくさんいるんだなと思ってな。そこにいままで入れていなかったのは少し、悔しいな」
「えっ……やきもち?」
「……まあそういうとこか、な」
かわいい。こんなでかい男に可愛いと思ったことは今までなかったが、少し俯いてもじもじとしている目の前の大男が可愛くて、愛しくてしょうがない気持ちになってきた。オレは一の頭をくしゃっと撫でる。
「これからだろ。大丈夫だよ、一はオレの恋人なんだ」
そう言って真っ直ぐ見つめると、一の表情には明るさが戻った(とはいえいつも通り、ほとんど無表情ではあるが)。
「……ありがとう。ただ俺はかなり嫉妬深いし、排他的だ。……なぁ、比嘉、特定の友達と関わらないでくれって言ったら、比嘉はどうする」
一はオレの手を握って、すこし落ち着きなく言った。
「んー?そうだな、たーくさん愛をくれるなら、いいよ。オレをお前だけで幸せにしてくれるなら、ね」
オレの手を揉む一の手を、強く握り返して、目線を合わせた。
「はは、そうか。それならよかった……好きだよ、比嘉」
「オレも好きかも」
「わからないのか?」
「うーん、まだね。まあでも、お前は絶対オレのこと離さない気がするから、安心はしてる」
ぬるくなったポテトをつまみながら、笑う。
歪な恋愛観を少しさらけても、相手が受け止めてくれることに、お互いに安堵していた。
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