第29話最後の恋

 ピンポーン。

「もしもし!一樹いる!ちょっと寄ってみたよ?ねえ、開けて一樹!ここにいると寒くて凍え死んじゃう!」

 ああ、ついにあの声が聞こえたが、猿のようなキーキー言った声が、美酒のようになめらかに耳に届く。ついにこの日が来たか。

 僕は素早く、玄関に行き、そしてドアを開けた。

 そこにキャメルのロングコートと黒のブーツカットパンツをはいていた美春が右手を挙げて、犬の黄色い声を出した。

「こんばんわー!一樹!今空いてる!?入っていい!?入っていいよね!じゃ、入りまーす!今日は寒いね、一樹!いやー寒かった、寒かった。こういう寒い日には温かいコーヒーが欲しいな。ミルクと砂糖も一緒に出してくれると最高だよ!」

「ああ、わかった、わかった。インスタントとドリップのどれがいい?ちょっとドリップのほうが時間がかかるけど、どっちが良いかな?」

 それに、うん、と美春は指で頬(ほほ)を触りながら言った。

「ドリップで良いよ。ちょっと時間をかけても美味しいやつが飲みたいな」

「わかった。すぐに用意するから座ってくれ」

「うん!」

 そして、僕はドリップをしてお茶請けのクッキーと一緒に美春に出した。コートを脱いで、重ね着の上着がベージュと下がモカのカフタンチェニックを来ていた美春がみかんがこぼれ落ちてそれが羽を広げぶんぶん飛び回っていた。

「わー!クッキーだ!これもらって良いの!?ヤッホー!じゃあ、いただきまーす!あむ、むむ………………。美味しい!これって見ない感じのバタークッキーだね。バタークッキーなら私は森永のさ、チョイスが大好きなんだけど、一樹はどう思う?でも、これも美味しいよね!?どこで買ったの!?」

 ああ、いつもならうざいと思っていたし、異性的魅力なんてまるで感じなかった声だが、今は違う。元気のあるミツバチが、今は春にひっそりと咲くタンポポの温かい親しさを感じた。

「それはジュピターで買ったバタークッキーだ。美味しいだろ?………………それはそうと美春は桃花大学を受けるつもりか?」

 それに美春はあどけなく、無防備に肯いた。 

「うん。そうだよ。滑り止めでそこに受験するつもりだよ。まあ、岡山を出ても良いんだけど、岡山県内の所を受けてもいいと思ったんだ」

「よし!」

 その美春の言葉に僕はがっちりと拳を握り、自分の中の闘志を掴み(つかみ)だした。

 その僕の言動に美春は首をかしげていた。

「ん?私が桃花学園を受けることが何が重要なの?一樹もそこに受けるよね?私と一緒に入りたいの?」

「まあ、そりゃあ、そうだ。誰だって友達と一緒に大学に入りたいさ。それに僕は夢があるしな」

 美春はパンケーキの黄金色に顔を輝かせた。

「え?え?何か夢があるの?一樹!?良いなあ、夢とか私も欲しいな。一歩リードしてるなあ、一樹」

「まあ、夢と言うより、目標かな?そんな、自分がなりたいというすごいもんじゃないさ。これは運も関わってくるから、自分の力ではどうすることもできないし」

 それにふ〜んと美春は肯いた。

「運が関わる夢ってなんだろ?まあ、それよりもさ、体調の方は大丈夫?もう受験に一週間前だけど、ちゃんと勉強できる?」

「大丈夫だ!」

 それに思いっきり親指を立てて大声を出したら、美春はちょっと場違いなものを見たように驚いた。

「勉強会の誘いを全部断ってすまなかったな。しかし、バッチシ勉強しておいたから安心してくれ。さっきも教科書を見てもすらすら内容が頭に入ってきた。だから、大丈夫だと思う。あとは自分の力を出し切るだけで、多分、大丈夫だ。問題ないと思う。何より今のぼくはやる気が満ちているし、多分大丈夫!だから、僕のことは気にせずに美春は自分の受験に集中してくれ」

 それに美春は心の半身後退しつつこっくりこっくり肯いた。

「あ、うん。そうなんだ……………。まあ、くれぐれも無理はよしなよ、一樹。無理して体をこわしたら元もないから……………。まあ、でもそうは言いつつ、私も自分の受験に全力でやらないとね。一樹、今は2月の終わり。一週間後に桃花学園の受験があるよね。そこに向かって全力で頑張ろう!一樹!」

「ああ、もちろん」

 二人で拳を合わせて僕らは誓った。まずは何より僕自身が大学に受からないと話が進まない。それに向けて全力で向かおう。

 夕方の日の光が冬が終わるようにまだ空に昇っていた。




 朝日が燦々(さんさん)と降り注ぐ中、雨に濡れた少女がその若々しい顔を何も知らずに無防備に見せていた。

 3月16日。みんなの全ての受験の日時が終了し、その結果を報告するために僕らは岡山の噴水前で待ち合わせることにした。

 そして、僕がそこに行ったときみんなは到着しており、美春が手をあげて大きな声で僕を迎えてくれた。

「おはよう!一樹!今日も良い天気だね!」

「おはようさん。ああ、そうだな、美春。今日も良い天気だ」

 僕より前に来ていた美春が狸(たぬき)のようにニコニコして僕に挨拶をしてきた。全く、この笑顔は前の僕は素通りしていた笑顔を見て、何故、こんなにスルーできたのか不思議なくらいだ。

 美春は明るく、教養も多少あって、自分の理想の人ではないか! ちなみに美春の服装は白のTシャツとカーキ色のガーディガンとアサスオウ色のパンツだった。

 確かにおばさんのようなうざく、お節介な面もあった。なんか、それで異性として全く見れずにほおっておいたが、よくよく見るととても明るく、いるだけで安心感を感じてしまう。

 美春も確かに完全ではない所もあるだろう。感情的だし、異性として品位が感じられない部分もあるが、完璧な女性なっていないし。それに、lovely confusingを見てから、深空を知ってからそれがかわいくて仕方ない。そういう突拍子もない所がかわいくて仕方ないんだ。

読者の皆様にはこの変化がわかりにくいと思われるだろう。しかし、これは『lovely confusing』を見てくれ、としかいいようがない。

 著作権上の関係で真の名前を明かせないが、是非探し出してみて欲しい。絶対おもしろいから見て損はないはずだ。

 これも全て『lovely confusing』で変わったのだ。

 それはともかく、僕達は大学の合否について報告し合うために集まったのだ。そしてそれをするためにミスタードーナツに入って席に座った。

 ミスタードーナツには鰯(いわし)の小群がのんびり泳いでおり、陽光がその鱗をてかてか光らせていた。ちなみに僕らの注文はみんながブレンドコーヒーを頼み、そして美春はエンゼルクリームを頼んでいた。

「一樹大学は受かった?」

 ぼくたちがすわったら、まずキャサリンが唐突に聞いてくる。キャサリンはグレーのTシャツとアーガイル柄のツインセンターと黒のカーゴパンツをはいていたのだが、それが大人っぽくてキャサリンには似合っている。

「ああ、もう大丈夫。今まで勉強会の誘いを断って悪かったな。ちょっとみたい物があったから断っていたんだ。でも、ちゃんと勉強はしていてさ。その証拠に桃花大学にも受かったしな」

 キャサリンはゆっくり座りつつ、砂をかんで含めるように言おうとした。だが、その前に余計なキツツキがしゃしゃり出る。

「え!一樹、桃花大学に受かったの!偏差値が低い所だけど、よく受かったね!おめでとう!一樹!」

 それに明らかにオオカミは不機嫌(ふきげん)そうな表情をして、鋭い犬歯をむき出しにした。

「全く、美春、人が言おうとしてるそばで話しかけないでよ!人が話をしているときに邪魔をする女性は無粋(ぶすい)で、はしたない行為だわ!そんな無粋(ぶすい)な行為をしないでちょうだい!」

 美春は今まで明るかった花がしおれて、貝のように押し黙留のを見て、なだめるように光はひんやりとキャサリンをクールダウンさせようとする。 

「まあ、冷静になれよ、キャサリン。そんなに怒鳴ることでもないし、そんなに怒ってると周りから人が離れていくぞ?キャサリン。だから、そんなに怒るな。怒りは人の心を狭める(せばめる)ものだからな」

 それにキャサリンがむっとした表情を作ったが、しかし何も言わなかった。光は僕のほうを向き直っていった。

「まあ、ともかくおめでとう。一樹。大学に入学できてよかったな」

 光はグレーのネルシャツと赤とチャコール茎のVネックシャツを羽織、白のパンツをはいていた。光らしいカジュアルな服装だった。

「ああ、ありがとう。それで、みんなは志望校に合格できたのか?」

 そう僕が言うと、光は午後の穏やかな光りのように明るく笑っていった。

「俺は東大にも京大にも落ちた」

 …………………………。

 一瞬(いっしゅん)場が固まった。固まり、固形物になったが。それはほどなく液体になり、川下に流れ落ちた。

 そんな緩んだ空気になっても、全く気にせずに光は滔々(とうとう)と語り出した。

「俺は1月にインフルエンザをひいてな、ラストスパートをかけるときに、それがだめになって、最後でライバルに引きはがされてしまった。それで滑り止めに受けた、桃花大学にいこうと思う。これから4年間よろしく、一樹」

 そう言って、鮫のような鷹揚(おうよう)さを感じる仕草で光は握手をしてきた。僕もそれに応じた。

「よろしく、光。一緒に4年間を過ごす予定になってうれしいよ」

 そう言って、僕は握手をした。していたら、今度は横から氷山も雪解けの水を流していた。

「私も桃花大学に行くことにしたわ。家の資金の関係上で地元しか受ける大学がなくて、そして第一志望の岡山大学を滑ったから、受かった桃花大学を受けることにしたわ。だから、私も4年間よろしく。一樹、光」

『よろしく』

 そして、また僕達とキャサリンは握手をした。

「あ、あ〜」

 僕達がぬくもりの蟻(あり)塚を育んでいたら。一人残された、キリギリスが視線をさまよわせた。

「あ、私も〜………………」

「美春、法政大学受験合格おめでとう」

 キリギリスが何か言おうとしていたが、その前にオオカミが先に言った。

「美春、聞いたわよ。法政大学に受かったんだって。当然、そこに行くわよね」

「あ」

 そのキャサリンの祝福の言葉に美春は口をあんぐり開けて、霜(しも)のように固まっていた。

「そうか、そうか。美春は法政に行くのか。それはめでたいな、おめでとう美春」

「あ、うん」

「ああ、まったくだ。法政は偏差値が高いし、友人として誇らしく思うよ」

「………………」

 僕達の言葉に何故か、祝福すればするほど美春はプラスチックの暖炉があるフロアの強固の影が高まっていた。

 その美春が上半身を俯け(うつむけ)、ずずっとコーヒーを飲んだ。

「いやー、すごいな、美春は。見直したよ。あれほどすごかった受験勉強の法政大学を受けるとは。受験は一つの強さだし、それを突破できるのはすごいことだな」

 ずずずっ。

「まあ、美春はやればできるこだし、いざっとなったら集中力はすごいから、こう言うことをやらせば強いわよ、美春は」

 ずずずずっ。

「とにかく結果から言えば、俺たちは負けたわけだし。日本の偏差値が高い大学に行ってもよい人になれるかは別問題だが、しかし、それを突破できるのはすごいことだ。なんと言っても俺らは負けてしまったわけだからな」

 ずずすーっす!すーっす!

 いったいどうやって出しているのかわからないが、美春はコーヒーを飲み干して、残りの一滴を吸い尽くそうとキテレツの吸着音を出した。

 そして、美春はコーヒーを置いて一拍してから僕達の話しに返事をした。

「私も桃花大学に行く!」

 キリギリスが突然上体を起こしてジャンプをした。それに僕らは戸惑いの煙を立ち上る。

「ちょっと。美春簡単に言うけど、桃花は最近できたばかりの3流大学じゃない。法政の方が偏差値があるし、そちらに行った方がいいと思うわ。法政に行った方がいいんじゃないの?」

「俺もそう思う。あっちの方が勉強の質も高いし、就職(しゅうしょく)だって有利だし、良いことだらけじゃないか?別に親御さんもあちらに行ってもいいと言っているんだろう?なら、言ったらどうだ?」

 しかし、そのキャサリン達の言葉に美春はいやいやするように頭を振った。

「良いんだよ!これで!みんなも一緒にいるし、あっちに行く必要なんてないよ!それにお父さんもできればこっちの大学を選んで欲しいっていてたし!良いの!みんなが一緒に固まって、私だけが取り残されるって言うなんてあり得ない!」

 そう言ってだだをこねる美春に、キャサリン達は困惑のガスを吐いた。

 まあ、正直言って、キャサリン達は否定の冷気をそろそろと出しているがしかし、今のぼくとしては………………。

「まあ、良いじゃないか。美春自身で決めさせても。もう、僕達は大学生になるのだから、自分の事は自分で決めさせたらいいと思う。

 確かに僕も行くなら法政の方がいいと思う。全くキャサリン達の言うとおりだと思うが、しかし美春は一人の個人で、これから大人になるのだから、自分の生き方は自分で決めさせたらいいんじゃないか?」

 それに美春はぱーっと顔を明るくさせ、オークのようなだらけた傲慢さのゴムを伸ばした。

「一樹!そうそう、そうだよ!私の人生なんだから、私に決めさせて!いいんじゃんかよー。なんで私の人生に口をつっこんでくるのよ!自分の人生なんだから、自分で決めさせてくれてもいいじゃん!」

「いや、待て」

 美春本人も僕の意見に乗り気でこのまま場を押し切れるか、と思ったが、歴戦の勇将がそれを許さなかった。

「そんな、簡単に決めて良いもんだと俺は思わない。自分が決めたいから自分が人生を選べば良いなんて俺は思わないな。

 美春は俺たちと一緒にいたがってるようだが、しかし、新しい環境に身を置いた方が、違う人間関係も生まれるし、美春自身にとっての成長につながる。

 俺は美春は東京に行って、岡山と違う環境になじんだ方が美春にとって新たな刺激になるし、それが最終的に美春のためになると思う。だから、簡単に美春が決めたいからその通りにさせればいいとは俺は思わないし、自分の生き方を選ぶときはもっと他人の言うことを聞くべきだ」

 光は的確にムダのない造作で一太刀を振るった。

 その太刀を受けてみて、僕はさすがだな、と思いつつも反撃の刃を振るう。

「確かに光の言うとおりだ。人の意見に耳を貸さなければならないと思う。待ったく光の言うとおり、自分にはどんな道があって、それを人が忠告するのは大事だと僕も思う。


 だが、やはり自分の人生は基本的に、最終的に自分が決断をしなければならないと僕は絶対的に思っている。多様な意見を聞くことも大事だし、すべきだが、自分の事は自分で決めなければならない。自分の重要な局面で他人に決めさせたら、その道が悪かった場合、宮台氏の言うようにそれを他人になすりつけて、その人自身が反省しない、という言説を僕らはもっと聞くべきではないか?


 それにいちいち他人の言うことばかり聞く人が、そのまま大人になってそれで本当に完成した人格になれるのか?

 ある種、成長するためには自分で選んだ道を取って、それで失敗し、それをよく反省して次の行動を取る。といったことをしない限り成長はできないと思う。


 だから、ここでも僕は美春の行動に賛成を表す。

 それにこれは僕自身の思いだが、自分でとった道で自分がとったら何となく納得できるとは思わないか?他人が忠告をしてくれて、それがもし失敗だとしたら納得できないし、それに自分は完璧に正しくないのと同じように他人も完璧に正しくない。その過謬(かびゅう)性のある世界で、やはり最終的に自分が判断をしたいではないか?だから、この基本路線を合意してくれるか?」

 それにキャサリンは雪のような、光は亀のような沈黙をした。

 最初に口を開いたのはキャサリンだった。

「ええ、私はするわ。確かに一樹が言ってる路線を承認するわ」

「………………………俺もしよう」

「なるほど、じゃあ僕の意見を言うけど、自身が成長をするかは環境的な要因も確かにあると思うけど、しかし、自身が確かに成長をしよう、という覚悟の面も必要だと思うんだ。


 それなくして、成長をしても本当によい人格になれるか、僕は大変疑問を思っている。周りの助けがあって強くなる物はその周りがいなかったらメッキのようにはがれてたちまち無力になってしまうと思うんだ。だから、環境で人が全てよくなるという考え方は僕はとらない。成長をするのは自分の覚悟が必要だ。


 それに桃花に行っても全く高校の時と同じ人で構成されていると言うことはあり得ないだろ?もちろん地元にはいない人も存在する。新しい人と出会って成長する可能性もあるだろう?だから、東京だと人として成長をして、地元に行ったら全く成長をしないというのはステレオタイプな意見だとと思う。


 それに僕の率直な思いだが、そこまで成長が大事か?ということも思ってる。これまでは成長について僕の考えを述べてきたが、しかし、自分が幸せであれば、そこまで成長しなくてもいいと思うし、人並みの幸せを手にするくらいになら美春は手に入れるだけの能力を持っているのではないのか?僕は成長のための人生をあまりよいと思っていない。


 最後の成長が大事か云々はここでひとまず置いても、以下の理由で僕は美春が岡山にとどまると言うことを賛成する」

 それに光は何か言いたそうに口を開いたが、しかし、口を一回閉じたあとこう言った。

「俺は美春はまだ人間的に足りない部分があると思う。だから、もっと成長が必要だし。ちょっと美春は温室的に育てられた。ここで新しい環境に身を置く必要があると思うんだ。


 一樹のような成長には自身の覚悟が必要だ、というのは賛成しなくもない。

 

 だが、美春が人並みの幸せをえるための能力をえているというのは賛成しかねる。

 まだまだ、美春は人格として一人前ではないし、もっと成長させることが大事だと俺は思ってる。

 そのためには東京に行って。東京じゃなくても良いんだが、また別の場所に行って、とにかく俺たちのような見知った関係からいったん切り離すことが必要だと思ってる。


 全く見知らない場所での試行錯誤こそ、さっき一樹が言っている成長をするための覚悟が自然に備わるだろう。

 美春は自分自身に甘い所があるから、そうしないと怠けて成長をしなくなるんだ。


 だから無理に俺はここで別の新世界に旅させる必要があると思うが……………まあ、良い。このままやっても平行線に終わりそうだ。ここは美春に決めてもらおう。どっちが良い?美春」

「え?」

 光の言葉に美春は目を泳がせて、ウミウシの泳ぎをした。

「え、え〜と……………」

 だが、その泳ぎは根気のある泳ぎではなかった。東から風が起これば、その西になびいてしまう泳ぎだった。

「私はやっぱり、一樹の説が良い!だから桃花大学に行く!」

 それで終わった。キャサリンは肩をすくめて、光は憮然(ぶぜん)とした表情を作ったが、それでも終わった。

「じゃあ、これで良いかな?議論が終了しても。結局、美春は岡山に残るという結論に達したけど、それで良いかな?」

「構わない」

「異議はないわ」

 結論も出たことだし、僕は一息ついてコーヒーをすする。白の彩色が透明(とうめい)な殻(から)を貫通してのびのびと自己主張をしていた。

 僕はそれに目をやって、また前方の方を見ると、ちょうどニコニコと僕を見ていた、美春の目に当たった。

「?何か、良いことでもあったのか?美春」

「…………ん〜?どうかな?何か良いことがあった風に見える?」

 そうきらびやかな粒子をまとわりつけ、美春はうれしそうに行ったので、僕は肯いた。

「ああ、見える、見える。何かうれしいことがあったんだろ?」

 それにふふと美春は言いたいことをこらえ切れぬように微笑んだあと、はじけるように行った。

「それはね〜。じゃーん!一樹、誕生日おめでとう!私からの誕生日プレゼントだよ!」

 美春は包装された包みを取り出して、僕に差し出した。僕は驚き(おどろき)つつも受け取る。

「ああ、ありがとう。いや、驚いたな。誕生日言ったっけ?」

 それに美春は目玉焼きのような明るさ前回の笑顔で僕の返事に応じた。

「もう!なにいってんの!私は人の誕生日ぐらい覚えてるよ!友人の誕生日を覚えずになんのための友達なのよ」

 そう、明るく言ったが、何となく僕には誕生日に人に祝われるのがしっくりこなかった。なれていない性で何となく虫の居所が悪いような、むずむずするような感覚を覚えたのだ。

「さて、じゃあ、一樹のお祝いパーティーをやらないと、だね!大学のこともすんだし、みんな、ケーキを買いに行こう!」

 そう言って席を立った美春にしかし、光は長老が重々しい言葉を吐くように、じっと微動だにせずに一言言った。

「いや、待て、美春。その前に俺はやらなければならないことがある」

 それに意外な人も追従する。

「ええ、そうよ。やらないといけないことがあるわ」

 そんな完全に共鳴をしあう二人に僕は一言言った。

「………………二人ともプレゼントを買っていなかったのか」

 ガラスの陶器に小さなひびが入った瞬間を僕は確かに見た。

「まあ、良いですよ。今日でなくてもまた後日もらえば、僕は良いですから」

 それに光たちはおとなしい顔をした。

「ああ、すまん。それでしてくれ」

「私も、またあとで持って行くわ」

 それで無事問題が解決したので、美春は勢いよく立ち上がった。

「じゃ、ケーキを買いに行こう!それとパーティ用のお菓子も!場所は一樹のところで良いよね?じゃあ、みんな行くよ!」

 そんな元気のよいネズミの意見に僕らはクラゲのように引っ張られるがままついて行くこととなった。

 結局、僕はあるべき所に戻ってきた。確かに少し手が届かない場所はどきどきして、自分でなくなるような体験をしたが、長続きはしなかった。すぐに瓦解してしまったのだ。

 そばにある物にまた引かれた僕は確かに同じ恋というくくりでも、何かそれはまた別の物のような気がしてくる。

 ここではないどこかに行かない、ここだけの物を楽しみ。自分にはない物を人に求めると言うよりはあるものを楽しむ、と言うふうに変わったのだ。どちらが正しいなんてぼくは言わないが、自分の感性は当分変わりそうにない。ここでいったん恋は終わった。

 人生で最後の恋かわからないが、一区切りをすると言うことでこれをいったんの『最後』にしよう。

 最後の恋は終わった。自分の赤い情熱の恋は終わり、黄色い暖かな恋が始まった。だが、前者に比べて後者は友情の一続きのようなあまりときめかない恋だ。

 二つを同じ恋と呼ぶには不自然と思いつつも今度はこの道を進もうと思う。これが成功する道かわからないが。

 僕達がミスドから出たとき、桃太郎通りに水に濡れた街路樹がしっとりとその深みの落ち着いた温かい質感をじんわりにじませていた。


                               







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マイ フィロソフィ 3 最後の恋 サマエル3151 @nacht459

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