第26話勉強2

「そろそろいったんやめにしない?いい加減つかれてきたわ。ちょっと休憩を取りましょう」

そう、キャサリンがシャープペンを放り出して物憂げに疲れているように肩をぐったりさせていった。

 それに僕も肯く。

「ああ、そうしよう。かなり疲れたな。何か飲み物を持ってこい!何か飲みたいぞ!」

 それにキャサリンはすっと、それまでだるそうにしていたのが嘘のように手早く、ムダな動きがない動作で立ち上がった。

「そうね、一樹の言うとおりだわ。何か飲みましょう。家には紅茶しかないけど、それで良いかしら?」

 それに僕達が間髪入れずに肯いた。そうしたらキャサリンはレモンの笑顔を見せていった。

「わかったわ!じゃあ、机を片付けといて、すぐに持ってくるから!」

 それだけ言うとさっさとキャサリンが部屋から出て行った。

「ういー、じゃあ、片付けをしようか?」

 美春が眼を細くして毛虫の動作でテーブルに突っ伏した。

 どうやらかなり頑張ったようだな。

 そしてここが美春のえらい所だと思うのだが、だるそうにだらだらしていても、しっかり物を片付けているところがえらいと思う。僕も見習って机のある物を片付けた。

 そして、美春が自分のものとキャサリンの物を片付けたら、バタンと倒れ込んだ。

「うい〜、もう動けない」

「お疲れさん、だいぶ疲れているようだな」

 それに美春が突っ伏したままあごを動かした。

 すっかり疲れ果てている美春から視線を移動して、ちらりと僕は光を見る。

 光は全く疲労の影を見せない、夏の夕暮れのビーチで波風を受けながらシャープさの輪郭(りんかく)を浮かべながらも、どこか遠くを見ているような涼しい顔をしていた。

「余裕だな。受験は大丈夫そうか?」

「いや、そんなことはないぞ?こっちもかなりきつきつなスケジュールでやっているからな、全く余裕と何てないぞ?」

 そう光はホオジロザメのような凶暴でありながらどこか愛嬌(あいきょう)のある笑顔を見せた。

「ふ〜ん、なるほど、やはり光もきついんだな。どこが、きつい?」

 それに涼しげに光は言う。

「数学は数の確率がちょっとわかりづらいし、英語は諸々の名詞についてそんなに覚えられていない年金をなんというのかわからないままだ。あと日本史の時代ごとの諸制度、記録所とか荘園とかがちょっとごっちゃになっている感じだ。自分はまだまだだ」

 ……………。つまり確率以外は抑えていて、文法も完璧。ちょっと諸制度だけがいまいち実感がわかないって事か。他に東大京大は世界史とか国語と、古文、あともう一つの理系科目があるけど、そこんとこも完璧なのか?

 そう僕が言おうとしたときに、その時に扉が開いた。そしてお盆にたくさんのカップとポットが置かれて物をぷるぷると震えさせながら移動させていった。

「大丈夫か?僕が持つよ」

「悪いわね。二人で持ちましょう」

 そして、僕達二人がかりでお盆をテーブルにおいて、僕達は座った。

「お?来たか。キャサリンのお茶は楽しみだな」

「ええ、楽しみにしてくれると良いわ。美味しいから、味は保証する」

「まあ、ともかくいただこう。冷めるのもなんなんだからな」

「うん、そうだね。それじゃあ、いただきまーす!」

 その美春の言葉を合図にして、僕達は無言に示し合って、お茶を飲んだ。そして芥子色のまったりとした無音の羽音が僕らを包んだ。

 ………………………。

 ずずっ。

 一切が全くの沈黙だったが、僕達は気まずくならなかった。それは僕達の間でそこまで他人という関係ではなかったから、気まずくならなかったのだろう。僕自身もようやくこの関係になれてきた所だった。最初のころはこの関係に戸惑ってばかりだったが、まず、美春が呼びかけてくれて、そして僕が手を伸ばすと確かに掴んで(つかんで)くれたんだ。だから、何とかなじむことができたんだ。

 ずずっ。

 ………………………。

 また、沈黙が舞い降りて、ずっとこのままでもいいと思ったときに、ガラスの鳥が羽ばたいた。

「ねえ、これが飲み終わってからでも良いんだけど、私たちで問題を出し合ってみない?ただ、勉強をするだけというのも味気ないし、そういうお互い切磋琢磨(せっさたくま)した方がきっとやる気のメリハリがつくわよ、きっと。だから、やらない?」

 ずずっ。

「やる気、やる気ねえ。別に僕は構わないけど、光はどうだ?」

 ずずっ。

「全く、俺も構わない。確かにキャサリンの言う通りその方がやる気が出るしな」

 ずずっ。

 そう僕らが言ったら、キャサリンは笑みから喜びの果汁が搾られ、したたり落ちていた。

「そう?それなら、このあとしましょうか。それで良いわよね?」

「ごちそうさま!」

 しかし、キャサリンの言葉に返答をする前に美春が紅茶を飲み干して、元気よくカップを皿に置いた。

「これ、すごく美味しかったよ。なんの茶葉使っていたの!?あと、私はそれで構わないよ!」

「美春は人の話の応答をきちんとするべきね。茶葉について言えば、アッサムよ。家ではこれが普通なの。美味しいでしょ?」

「うん!めがっさ美味しかった!」

「…………………よく二人は通じ合っているね。前からあんなんだったのか?」

 僕が呆れ(あきれ)がちにそう聞くと光は蛍(ほたる)の飛行のように軽く頭を動かした。

「いや、キャサリンがうちのグループに入ってきたのが中学3年のころだったから、最近あんな形になった。前は友達ですらなかった」

「ふ〜ん」

 そうこうしてるうちに僕達も紅茶を飲み干して、キャサリンがまたカップとお盆を持って部屋から出て行って、すぐ戻ってきた。

「じゃあ、やりましょう。やる課題は英語で良いかしら?まず、誰から行く?」

「はい!私!」

 キャサリンが琥珀(こはく)色の蜂(はち)を周りに飛ばせながら行ったら、まず美春が手をあげた。

「ええ、じゃあ、美春からで良いわね。まず、簡単な物から言うわ。次の英文を日本の後に直して。秋田大から。

 Women were forced to support the male worker bees.

 ちょっと古かったかも知れないわね。これは、どう美春?」

 そのキャサリンの言葉に美春はよどみなく応える。

「女性達は男性達の働き蜂(はたらきばち)を助けることを強いられた」

 ぱちぱち。

「さすがだわ。美春。じゃあ、次はもうちょっと難しいやつを。津田塾大から。

 People in advanced countries tend to feel superior to the rest of the world.

これはどう?」

 美春はそれに眉間(みけん)に皺(しわ)を数回寄せつつ答えた。

「先進国の人は行進国の人たちに優越(ゆうえつ)感を抱きやすい?」

 ぱちぱち。

「正解よ!やっぱり英語は強いわね、美春」

「えへへ。そうかな?私ってできる女?」

 美春の顔からにょきにょき花が伸びていって、どっぷりとした自己の優越(ゆうえつ)感に浸っていた。しかし、キャサリンはどこまでも冷たい女だった。

「国語の点さえよければエリートかもね。さて、次は一樹にするわ。良いかしら?一樹」

「まあ、そんなに気にするなよ、美春。それは国語以外全て優秀ってことだろ?一科目しか欠点がないなんてすごいことだろ?だから、そんなに気を落とすなよ。……………ああ、良いよ。じゃあ、さっさと行ってくれ」

 その自己の優越(ゆうえつ)感が心地よければよいほど、その水は泥沼になったときにどこまでも落ちていく美春に声をかけて、しかしキャサリンは意に返さず僕に問題をよこした。

「じゃあ、行くわね。これはちょっと長文だけど、全て基本的な単語だから問題はないはずよ。

 I asked him what is the biggest mistake people in applying for jobs. He ought to know : he has interviewed more than sixty thousand job seekers : and he has written a book entitled 6 ways to get a job.

長かったけど、理解できたかしら?全部基本的な単語だから、理解できたはずよ」

 …………………………。

 う〜ん、所々わからない所もあるけど、だいたいわかった。

「私は彼に人々が仕事について大きな間違いを犯す所は何か、尋ねた。彼はインタビューで6000の面接を受けた男で、それについての本も書いた」

 それにキャサリンは木片が波に流れていくように、容易に一つの場所へ落ち着かず漂って(ただよって)いた。

「う〜ん。悪くない、悪くないけど。一樹、次の意味は?he ought to know.」

「……………………いや、わからん」 

 そう僕が言った瞬間、ポンドで木片をくっつけ一瞬(いっしゅん)で固まるように凍り付いた。キャサリンも確実にある場所に止まって、そしておそるおそると言った表情で僕を見てくる。

「……………………一樹、oughtよ、ought to!これがわからないの!?ちょっと信じられないわ!基本的な助動詞じゃない!これがわからなくて、どうするのよ!」

「そんなに怒鳴るな。耳がきんきんする。Ought to なんか聞いたことがあるぞ。なんだっけ、………………」

 それにそっと光が正解を置いていった。

「ought to 〜すべきである、と言うような義務と、〜するはずだ、という強い推量の時に使われる。キャサリンが言うように高校生にとって必須に覚えなければならない助動詞だ」

「あ、あ〜。そうだっけ?そういえば授業で聞いた覚えが………………」

 それにキャサリンが勢いよくジョギングをしてたら、道ばたに犬の糞を見つけてテンションが下がった人のような表情をした。

「はぁ。まあ、良いわ。………………じゃあ、次に行きます。次は簡単なものだからここでは答えてよ。次の英文を日本語で言ってみて。法政大から

 I salute your efforts and achievements over the past four decades」

「40年にわたるあなたの努力と功績に何か、多分いいものに敬意をを表します」

 ぱちぱち。

「うん、全く法政大の正解文とほとんど同じ答えよ。まあ、敬意を払うならpayを使えよって感じだけど、今は言うのはよしていくわ」

「言ってるじゃん!」

 それにピコ!っと美春が間髪入れずにかわいくつっこんだ。そして、それから笑いが芳香パックの香りのように笑いがゆっくり場に満ちていった。

「ははは、まあいいや。今度は光に答えてもらおうかな?早稲田大から、 

as many develop people contries for immigrants people coming from other lands in sarch of better opportunituties the ethnic mix is changing and with hisi come the fear of the loss of national identity as represented in shared national langage and common values.

わかるか?」

 それにちょっとのあいだ光が考え、そして言った。

「発展途上国の人は反対側のよい先進国を探してその目的地、先進国に行く時。それは、民族の構成が変わり、彼らは恐怖と負け組の民族カラーを表象することになり民族の言葉になっている、それが公共の価値だ。

 所々わからない場所もあるが、だいたいこういう風かな?これはどうだ、一樹合ってるか?」

「ああ、だいたい合ってる。さすがだな、光」

「いや、それほどでも」

 ちらりとキャサリンが時計を見た。もう8時になっている。かなりしゃべりまくったようだ。

「じゃあ、もう解散にしましょう。かなり遅くなってしまったから、帰りましょう。それで良いわよね?」

 それに僕達は肯く。

「ああ、じゃあ、そうするか。それじゃあみんなお疲れさん。また月曜に学校でな」

「うん!さよなら!一樹!」

 それで僕達は解散して、光と美春が一緒に帰っていった。

 かなり学習は不安な面が大きいけれどしかし、とにかく頑張ろう(がんばろう)。

 まあ、頑張らない選択肢はないが……………。

 英語も基本的な英単語を理解できてると思う。あとは長文を読めレルようにしてするか。

 現代文は全く不安がない。問題は古文だな。古文はとにかく単語を覚えよう。

 世界史も基本は、中国以外は大丈夫なはず。中国は漢字がわからん。とにかくあれが難しいな。

 そうやっていろんな思案にぐるぐるにされながら僕は自転車のロックを外して静寂(せいじゃく)の夜を歩いた。

 大丈夫さ。きっと何とかなるさ。

 そんな脳天気な僕を三日月が静かに笑っていた。

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