第21話美春と文化祭
文化祭二日目。
僕は校内を歩きつつ、肩をほぐす。もう昼の2時。昨日は丸一日働いていたので、今日は非番と言うことになって、そして朝から適当にぶらぶらして、今さっき体育館で行われていた軽音部と吹奏楽部のみにコンサートに参加していたのが、なんか飽きて、また校内に戻ってきた。
だりいな。なんかまた戻ってきたけど、別になにもやるつもりはないし、どうしようかな。
そうぶらぶらしながら僕は2階の廊下(ろうか)を歩いていた。ほんと、なにやろうか?
お?ホットドック店発見。もう昼だし、買うか。やっぱりお祭りはこういう軽食に限るな。そうしよう。
そう思い、ホットドックの屋台のある2ーCに向かおうとしたときに、その時視界が闇の手でふさがれた。
「だ〜れだ☆」
いつも彼女の巣の声を聞くたびに僕はタンポポを連想してしまう。それはリスや狸(たぬき)のような愛嬌(あいきょう)のある仕草をすることが多々あるが、しかし、彼女という存在は芯(しん)の所はタンポポの存在だろう。
どこにでもいる様な、そんな存在が身近な人なつっこさと、人を自然に笑顔にできるその温かさ。それはタンポポのあの庶民の明るさが彼女にぴったり来る。
僕は覆いを外して、その名を呼んだ。
「美春だろ?よくこんないたずらやるよな」
僕が振り向くと美春は両手を後ろにして、あの黄色いタンポポの笑顔をしていった。
「正解!だって、友達が一人でぶらぶらしてたらまずこれをやるっしょ!ところで、一樹。今、暇(ひま)?暇(ひま)なら付き合ってよ。私さ、昨日から食べ歩きしていたけどさ、その半分がまだ制覇(せいは)できていないんだよね!今日これから校内を全制覇(せいは)するんだ!だから、一樹は私と一緒に食べるべきだね!拒否権はありません。それは私が一樹の拒否権を犬にやったから、みじんに噛み(かみ)つくされてぼろぼろになったのです!だから、私と一緒に屋台をまわろ!」
「ああ、回る、回るから、引っ張るな!どうしてお前はそんなに人の言うことを聞かずに突っ走るんだ!ちょっと落ち着いて歩こう。そうやってじっくり文化祭を楽しむもんだ!」
美春はニコニコ笑いながら僕の腕をぐいぐい引っ張りながら先に行こうとしたので僕はそれを抑えようとした。
今日のタンポポはいつにましてお気楽の黄色い色彩が全面に現れているようだった。しょっぱなからこれだとは今日はさんざんな目にあわされるような気がする。とほほ。
しかし、いや、想定通りと言うべきか、美春はあんぐり口を開けて、茶色の言語のじんばいを僕の体にもろに当たるようにまき散らした。
「私さ、今日はタコスも食べたいし、フライドポテトも食べなきゃ。そして!やっぱり、文化祭は食べるだけじゃなくて、楽しまなきゃ!お化け屋敷にも行きたいし、ダーツもしたいよね!一樹も、当然行きたいよね!?わかったもちろん一樹も一緒にするよ!やだな〜、仲間はずれなんてしないよ〜。一樹は疑い深いな〜。そして!ダーツで負けた方がジュースをおごりね!私は屋台で売られてるLパックのコーラが欲しい!それ、絶対。あ! ホットドッグ発見!まずこれからた〜べよっと!」
「あ、美春………………」
僕が一言も言う前に美春は自分で話して、勝手に進めて、ホットドッグめがけて飛び出した。
「はい、一樹。ホットドッグ。もうケチャップとマスタードつけてもらったから、美味しく食べれるよ」
「早!しかも、このマスタードの量はなんだ!なんか3列にも連なっているんですけど!これを食べるのか!」
僕がそう、大袈裟(おおげさ)に驚いたら、美春は束縛が軽くダンスの練習するようにクスクス笑った。
「やだな〜。それは私があまりにもかわいすぎるからおまけしてもらったんだよ〜。すごいでしょ?その量。私も真っ青なほどの量だよね?だから、これを一樹にあげるよ。店員さんの愛情たっぷりのホットドッグを召し上がれ」
「いや!この量はどう考えても嫌がらせだろ!なんだよ!この量!あり得ん量だし、それに美春へのプレゼントなら美春が食べるべきじゃないのか!?僕にはこれを受け取れない!」
そう、僕が言ったら、美春はおかしそうにケラケラ笑った。
「いや、私はこの普通のやつを食べるよ。一樹はそれを食べなよ〜。だって男はそういうビック!なものを食べた方が男らしくてもてるよ」
「こんなのを食べて惚れる女性もどうかと思う。それに僕はもてなくてもこんなの食べたくないし、これは美春に対しての贈り物だから、美春が食べて感謝に報いるべきだろ!」
美春は笑いの渦を強弱をつけながらさざ波のように振動させた。
「いや、いや!一樹が食べなよ。私は食べたくないよ、それ」
「!ついに本音が出たな!やはり、お前はこれをいやじゃないか!人にいやな物を押しつけて、良心が痛まないのか!お前は!」
ついに美春はトンボが小刻みに飛ぶように強い小さな渦を作って器用に片手をホットドッグを押さないように笑っていた。
ちなみに美春が持っていたホットドッグは事前に僕がとった。
僕は花で大きく落下するように息を吐き出したあと、笑うことをやめた美春に普通のホットドッグを渡して言った。
「まあ、良いか。じゃあ、このマスタードホットドッグは僕が食べよう。こんなことで時間を使うのもばからしいしな」
「おおー!一樹男らしー!やっぱり、こういういやなことを率先してすることは男として必要なことだよ!株を上げたね!一樹!」
「こんなんで株が上がる男らしさってなんだ?」
そんなバカなことを言いつつ、ホットドッグを食べた。一口目は普通だった。マスタードがそんなにかかっていないから、しかし三口目を食べると舌に黄色い激流がほとばしった。
「!…!…!!」
僕が辛みの暴れ馬にもだえ苦しんでいると、美春はこらえられないように笑いのガスが隙間から漏れ(もれ)だしていた。
「お前、そんなに僕が苦しんでいるのを見て楽しいのか?美春はサドなのか?そんなに楽しいか?」
それに美春はよけるように否定する。
「いやいや、そんなことはないよ。私は健全な女子高校生だよ。全く、サドもマゾも有馬戦士!サドなんかじゃないよ」
「普通ならこんなものを食べさせないと思うがな」
そうやって談笑をしながら僕ら葉歩き出そうとした。少なくとも僕はそう思っていた。だが………………。
「あ…………………」
美春は春の黄色い笑顔で自由に野原を駆けていたが、一点を見つめたかと思うとその顔が納戸色の青さでさっと走った。
そして、美春は僕の所へ誰かに見つからないようにぴたっと僕に張り付いた。
「美春?」
僕は何事かと思って、美春が見た視線の先へ見るために背後へ振り返った。そうするとそこに佐藤さんがいた。
あの美春の恋人だった佐藤さんだ。佐藤さんは友人の男子達とフライドポテトを食べながら談笑している。こちらに気づいた素振りが見えない。
「美春?」
僕は美春に顔を後に動かして話しかけた。
「…………………」
しかし、美春は僕の言葉が全く聞こえてみないように僕の背中にぴたっと張り付き、人形のように全く身動きせずに隠れていた。
佐藤さんはいくらか談笑をしたあと友人達と一緒に階段を上っていった。そして佐藤さんが完全に視界から消えたとき、おそるおそる美春は僕の体から離れた。
「美春」
「うん、なに?」
美春はすぐに滑らかな初蜜の笑みを見せる。それは飾り気のない美春らしい笑みと見えるだろう。美春と少ししか付き合っていない人ならそう見えるはずだ。
「…………………ああ、そういえば、無性にコーラが飲みたくなってきたな。あんなマスタードホットドック食べたから舌がひりひり指摘ぞ。お、あそこに飲み物の売店みっけ。よかったら美春も飲まないか?」
それに美春は滑らかな蜂蜜(はちみつ)の表情に金の粉砂糖が古い駆けられ、その砂糖がきらきら燦めいた(きらめいた)表情になった。
失恋がこれほどまでに人の心を傷つける物だと知らなかった。おそらくこっぴどいわかれ方をしたんだろう。相手のことさえ顔を見たくないなんてそこまでひどい物だとは異性と交際した経験がない僕には想像が付かなかった。
ともかく、祭りは始まったばかりだ。それなりに美春を楽しませて、つらい過去が癒される手助けをしなければな。
「ダーツ会場だ!さあ、私と勝負だぜ〜、一樹。そして、私にかき氷をおごらすのよ!」
「ああ、そうだな。勝てたらな」
適当に返しつつ僕は今見た教室を見た。今、机は全部撤去され、そして黒板の上に的が置かれてあり、その60センチメートル後方に仕切りがある机とダーツが置かれてあった。
それで、今僕達はその黒板に向かっている訳なのだ。カラフルな的を凝視(ぎょうし)しながら。
僕らがそうやって突く側に立っていると一人の眼鏡をかけた、高校生が来てくれて説明をくれた。
「はい。今渡すダーツは3本。それで合計で5点以上得点をだしたら商品を差し上げます」
「なるほど、5点以上か」
的のなかで1のエリアが40パーセントで2のエリアは30パーセントあって、20パーセントぐらいのスペースで橙色の塗っている場所に3という数字が見えるが。しかし、その内側に10パーセントぐらいの量で4と書かれているのはマジで感心したな。
じゃ、あとは美春と相談してどっちが先に投げるかを決め……………………
「とりゃ!」
しかし、美春が放った渾身の一撃は的を越え、黒板を越え、天上にぶち当たって落下した。
それにペシと美春は頭を叩いて残念そうに言う。
「あちゃ〜、失敗しちゃったか。4点を狙っていたんだけどな〜、だめだったか」
「いや、だめだっとかそうじゃなくて!普通最初に4点を狙うか?しかも、なんだその壮絶なはずれっぷりは!そうとうできることじゃないし、ここで普通4点を取りに行くか?普通」
それに美春はぶすっとした表情を作って、サビがその表面に現れるような声で言った。
「何もそんなに言うことは無いじゃない。人がさ、気持ちよく投げたのにそんなことを言ったら、こっちがむかついてしまうよ。そういうことを言うのは嫌いだな、私は」
「………………」
僕達の間に銀の鈍い臭いが横たえた。
……………どうしようか?こんなつもりではなかった。ただ、場の空気を盛り上げるために言っただけなのにこんな結果になるとは。
錆びた(さびた)湿った靄のなかで僕は視線を上下左右に動かして、親指を無造作に抜け殻(から)のように動かした。美春は不機嫌(ふきげん)の平板な空気を横たえた。
その何とも言えない、気まずい空気に僕が声を上げる。
「すまなかった、美春。そんなつもりはなかったんだ。ただ、場を盛り上げようとして悪のりをしてしまったんだ。すまん!許してくれ」
僕が頭を下げて真摯な気持ちで頭を下げる。そのしばしの時間が置いたあと白い薄い鳥が舞い降りて、鼻から一つの空気を出した音が聞こえた。
「わかったよ。良いよ、許すよ。私もちょっと大人げなかったし、いや、大人げなかったというか、一樹が善意のつもりで言った言葉にかちんとしてしまったことを悪いって思ってる。だから、良いよ。許すよ、一樹」
僕はすっと頭を上げた。そこには気まずさと自責の勘定を混ぜた、オレンジ色の表情を出している美春がいた。
「わかった。なら、仲直りの握手をしよう。それでこれを水に流そう」
「うん。わかった」
それで僕達は握手をしてごたごたを水に流した。後にはレモンが残されていた。
そのあと、美春が腕まくりをして言う。
「よ〜し!なら、あとは3点連打で私が勝っちゃうよ!一樹はそこで見ていてね!」
「がんばれ、美春」
「ほ〜。ほっ!」
美春はかかしが真剣に構えるようにしつつ、端から見てどこか実直なおかしさを出して、そして投げた。
そのダーツはぶすりと2点のスコアに突き刺さった。
「やったー!2点ゲットー!」
そして、何故か美春はガッツポーズをとって喜んだ。あれ?3点を取るんじゃなかったけ?
だが、それを言うとまた話しがぶり返すというのは目に見えていたので、言葉を止めておいた。
「おめでとー。美春。まずは2点取ったね。あと3点取れば景品がもらえるな」
僕のカラー紙に、美春は機嫌良くしたようにニコニコと明るい水を吸い上げた。
「うん、ありがと〜!一樹!じゃあ、3点狙ってもういっちょ、投げるか!ほ〜、ほっ!」
そして、美春の最後の一球が投げられた。それは優雅(ゆうが)な弧を描いて、3点のエリアに直撃した。
「やった!やったー!一樹!見てくれた!?3点。3点の所に当たったよー!」
「ああ!わかったから、そんなに甲高い声を出すな。うれしいのはわかるけどさ!」
美春は黄色い声で発情した猿のようにひたすらわめいていた。
ああ、美春がうれしいのはわかる、わかるけど!みんなが見ているから、そんなにくっつくな。
それはともかく、美春はわめくだけわめいたら離れていった。そしてタンポポのような柔らかい暖色の笑みをして自分の得点をうれしがっていた。
「じゃ、今度は一樹の番だよ。頑張ってね、一樹」
「おう」
僕は美春の声に応えた。よ〜し、じゃあがんばろうかな。
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