第19話文化祭

4章 恋の終わり




 ザッザッザッザッザッザッザッザッザ。

  ジャージャージャージャージャー。

  さっさ、カタカタ。

  機械のウサギたちが日向のように明るく、パイプのように閉ざされた世界で無機質にキリギリスの時計達が気質に勤勉に働いていく。

 僕自身も完全にキリギリスになって働いていた。課せられた肉をだいたい切り終えた所で、手の甲で汗をぬぐってちらりと教室の外を見る。

 この事の顛末を思い返しながら。




 2学期が始まった直後、ホームルームですぐに文化祭の出し物の議論が始まった。

 いや、議論が始まったと言うより、無理矢理委員長がそれをしたと言うべきか。クラスの人たちはまるで文化祭なんかに興味を持つ素振りが見えなかった。

 そんな、しらけたクラスを委員長はこれまたやる気なさそうに、演劇とか、合唱とかの出し物を上げて適当に進めようとしていたら、光を纏った天使が地上に勢いよく着地した。

「私は軽食店をやりたい。ねえ、みんな焼きそばとか作ってみない?これが最後の学園の文化祭なんだから、みんなで楽しめるような物をしよう!」

 その東堂院さんの力強い言葉に、クラスのみんなは何となく流されるように肯き、そして決まった。

 そして、東堂院さんを中心にまとまりながらここまでこぎ着けたのだ。




 スト、スト、スト、スト。

 一心に僕は切り続けていた。いたのだが見覚えのある影がひょこひょこと僕に近寄ってきた。

「よ!」

「ああ、こんちは、光。そのウェイター姿はぱりっと決まっているね」

 そう僕が言ったら、光は平凡な馬を軽く乗りこなした一流の馬主のような上機嫌な顔をした。

「ああ、そうだろ?かっこよく決まってるだろ?俺自身もかなり気に入ってるさ」

 それに僕は肯いてまた切り始めた。

 スト、スト、スト、スト。

 肉を切るのは初めてだったが、肉は切りやすく思うとおりに、なめらかに切れた。

 肉の断面がしっとりと従順に横たえていた。

「ああ、そうだな。ここまでやる気がないクラスをよく東堂院さんはまとめてくれたよな。個人的には文化祭とか盛り上がれないけど、東堂院さんがいなければ、どんなずさんな物がでるかわからなかったよな。適当に鉱石なんか集めて、鉱石の展示会とか、そんな物しかでない気がする」

 僕は肉を切りながら、光に商店でさらっと客に品物を渡すように言った。

 光はポンと太鼓を一つ叩くように言う。

「ああ、確かにそうだな。彼女がいなかったらまとまらなかったな。彼女がリーダーシップを発揮してくれてうれしいか?一樹」

 光は一瞬(いっしゅん)光りをする目で僕の目を見つめた。それに僕はやはり気力がでないように言う。

「別にどちらでも良い。正直言って、文化祭とかが本当にやる気がでない。彼女が主導をしていてもなんかやる気がでないんだよな」

 それに光が納得したように肯いた。

「なるほど、それは大変だな。彼女になったら彼女だけやる気があるのに、本人はでないというのはカップルの危機だ」

「ははは、確かに。それは言えてるな!でも、僕は団体行動がとにかくいやだから文化祭はだめだけど、彼女と二人ならたいていのことなら大丈夫だと、思う」

 そう僕達がふざけ合ったときに、その時教室の扉が開いた。

「!」

 それは天使だった。光りの砂を身に纏い、一歩ずつ歩くたびに、その優美さのミントの香りが蒸していた。

 その天使が皆を見渡して言う。

「みんな!文化祭が始まるわ!今日一日頑張りましょう!」

 それにういー、と言う甘みがないパンパン菓子のやる気のない声が上がった。クラスの人たちは本当にやる気がなかった。

 東堂院さんはクラスのみんなにいったあと、くるっとこっちを向い手、赤子のように無邪気でこちらを無条件に信頼していて、少女のように可憐(かれん)な笑みを僕に向けた。

「笹原君も頑張ってね。私、笹原君のがんばりに期待しているから!一緒に文化祭を盛り上げよ!」

 そう言った後、東堂院さんはクラスの人たちにいろんな指示を出していく。ポンと光が僕の肩を叩く。

「よかったじゃないか。彼女のことは一樹を悪く思っていないみたいだ。これからアタックをすれば、もしかしたら好感触をえられるかも知れんぞ」

「よせよ」

 僕はさらっと光の手を払った。彼女とは。

 彼女とはこれからも何ともない。彼女が僕に確実に好意があるとはわからないし、だからこそ、僕は動かない。彼女になにもアタックをする気がない。

 赤い肉をすさすさっと切り分けてトレイに盛っていった。赤い肉がもたれつつ、赤い汁をじわりと出していた。




 タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ。

 ジャージャー!ジャージャー!

 たっ、たっ、たっ。

「いらっしゃいませー!チェリスにようこそ!焼きそばしかありませんけどなんになさいますか!」

 文化祭が始まって昼になった。この軽食喫茶店チェリスにたくさんの人たちがやってきて、店内は全てのテーブルが混み、外で長蛇の列が連なっている。

 しかし、それはなぜかと言えば3人の美少女目当てに来たのだろう……………。

「はい、焼きそばお待ち!ん?君たち見たところ、カップルのようだね。それならば!ここ、不肖の美春がお祝いとして祝福の印を差し上げましょう」

 メイド服を着ている黒髪のロングストレートの眼がぱっちりとした眼をした少女が男女のペアのお客さんにたいして何やらごにょごにょとした動作をする。

 そう、それは美春は言って男女のカップルの客の女性の方の焼きそばをひょこひょこいじりだした。それがすむこと10分…………………。

「完成!美春特性の愛のラブリーハートだよ!これを食べるともう二人の相性は抜群で結婚までエクスプレ車でレッツゴー!できること間違いなし!月刊『運命の全て』で絶対赤い糸良好、安全になること間違い無しのお呪いんだから!これで大丈夫だよね!お二人の発展を私は祝福していますからー!」

 ドデンと分かれてある焼きそばの中央に紅ショウガをハート型になっており、その焼きそばに女性の方は顔を俯け(うつむけ)、男性の方は困った顔をしながら頭をポリポリ掻いていた。

 そう言って、美春は食器を持ってこちらに帰ってこようとしたら、はたとその体を止めて、ゴキブリががさこそと動く一瞬(いっしゅん)の速度で先ほどのカップルの方に行った。

「いやいや、待てよ。女性だけにおまじないかけてどうすんの?男性の方にもかけなきゃ魔法は成立しないもんね、早速かけようと、ぐえ」

 その人の恋沙汰に首つっこまなきゃ気が済まないばばあの首むんずと捕まえる。

 美春はぐるりと首を回して不満たらたらな表情で言う。

「ちょっと!なにすんの!一樹!私は二人の交際を祝福して!こうやって二人が末永く仲良くいられますようにって、おまじないをかけようとしたんだから、邪魔しないでよ!」

 美春がぱっぱとつばを吐きながら、赤ん坊の甘えた怒りを発散していた。

 それに僕がじと目で言う。

「仕事をしろ」

「う!」

 美春は痛い所に矢が刺さったように胸を押さえたが、すぐにポーションで回復したように胸をはって言い放った。

「いや、いや違うよ!一樹!私たちはお客様を幸せにする接客を心がけるべきよ!だから、こうやって真心を尽くして、お客様を家族のように接するのが私たちのやるべきことよ。だから!こうやって二人の前途を祝福してね、特別なことを行うことが重要なの!今のサービス業はそうでもしなければ生き残れないんだから、これこそ時代を先取りしたサービスなの!」

 そう、鼻をぷくーと膨らませながら美春は握り拳を振った。

「は〜、バカな事言ってないで、早く戻れ………………今は混んでいるんだから、お前が…………………」

「あの〜」

そう僕が美春に説教をしようとしていたら、ためらいがちな声が割って入った。

 みるとカップルの男子がためらいがちに手をあげていた。

「あの〜、ちょっと誤解を与えているようですけど、実は僕達をカップルではないんです。僕達兄妹なんですけど……………………」

 ひゅー。

 その時確かに木枯らし(こがらし)が僕達を線だけにさせて通りすぎた。よく見ると妹の方は恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいてるように見える。

 そのあまりにシュールな光景に、まず美春がパンと手を叩いて言う。

「さ、仕事場に戻らなきゃ、こうしている間にお客さんがどんどん入ってくるしね」

「さあ、肉切るか。客もたくさん来たし、こんなことしてる場合じゃないな」

 二人の兄妹を残して僕達はさっさと仕事場を戻った。

 さて、話しがかなり脱線してしまったが、容姿は良いが性格が残念すぎる美少女美春。他にこれのように冷たい凍った瞳をしている少女。

「いらっしゃいませー!お客様は2名ですか?テーブルにご案内しますね」

 だが、その少女は今その流れる金髪のような心が明るくなるカボチャの花の黄色い笑顔を浮かべて、鼻の下を伸ばしている男子生徒を案内していた。

 誰もが振り向くようなきらびやかなブロンド色の髪と、いつもは人を凍えさせる冷たい瞳を移しながら無愛想に人と接しているが、今はメイド服を着て雨のあとの青空のように、どこか嘘くささを感じれるほど明るく接客していた。

 こいつはちょっと極端だが、だが別に仕事の時はテンションを変えるのは普通なことだ。男子達が影であいつは腹黒いと陰口を言ってることがおかしい。

 しかし、それでも彼女の本省を知っているとあまり喜べないのが残念な部分だ。

 素は全ての物を冷え込ますツンドラ少女だからな。正直言って彼女にしたら彼女の冷たい言葉にげんなりすると思うし、その前に、付き合おうとしているときにあいつはどんな言葉を吐くかわかったものじゃない。

 どこまでいっても他人に配慮しない冷たい女だからなあいつは。

 やっぱ、最後は優しさが重要だよ。優しい人格を持っていない人は結局人間関係を気づけないし、何よりこういう場面で幻滅するからな。

 最後は優しさが勝つんだよ、うんうん。

 とにかく、そういう金髪の美少女と黒髪ロングヘアの美少女がいるから内の店は繁盛しているのだ。まったく、人は外見しか見ていないことがよくわかる事例だ。

 だが。

「いらっしゃいませー!ここには焼きそばしかありませんけど良いですか?」

 そんな、外観しかよくない美少女とは一線画す、美少女がいる。それは美春によく外観が似た美少女だ。

 背中まで伸ばしたウェーブヘアとぱっちりとした眼、すっとした眉毛、小さな鼻がある美少女、それが東堂院さんだ。

 美春と違う所があると言えば、美春が頬(ほほ)がふっくらとしていて、どこかのんびりとした印象を与えるのに、彼女は頬(ほほ)があまりふっくらとしておらず、柳(やなぎ)のようにすっきりとした印象を与えるのが違いと言えば違い。

 しかし、彼女と美春に大きな段違いの断裂がある。

 美春は美少女で、高校生だが、発想は完全におばさんなのに、彼女は花を恥じらう乙女。性格までも完璧な美少女なのだ!

 これほどの奇跡を僕達は知っているだろうか?外見は完璧で、しかも性格もシャイな美少女という男子生徒が夢にまで見た、エンジェル!いや、ファンタジー世界の姫にまで匹敵するような貴重価値!こんな優しさが全くない冷たい女とか、発想が完全におばさんな異性として全くみれない女とかが、そんな男の幻想を覆す数々の最果ての地で、あなたはそこまで輝いておる!

 ハレルヤ!ここまでの完璧な天からの贈り物に私は神に感謝します!そして、彼女がいつまでも汚れ無きように!オム・マニ・ペテ・フム!

 そういう心が真っ白さが押さえても押さえきれない力であふれている彼女の笑顔に、人は自然に引かれてこっちに来るのだろう。全く、どうして心が真っ黒な女性にそこまで鼻の下を伸ばすのかが僕は全く理解できない。みんなよくだまされているな〜。

 ともかく、その3美少女がいるから内の店は盛り上がっているのだろう。これで、どんどん盛り上がっていく………………。

「香澄(かすみ)ちゃん!時間が来たからうちらは上がるね。どうもありがとう!」

「東堂院さん、ご苦労様。私たちは上がるけど頑張ってね」

「はい。お二人さん、お疲れ様。また、明日も頑張ってください」

「うん、ありがとうね。じゃあ、どこ行くリンちゃん?やっぱり最初はクレープを食べたいな」

「ええ、着替え終わったあと行きましょ」

 それで二人の稼ぎ頭は去っていった。まあ、2時過ぎたし、一番の稼ぎ時は過ぎたから構わないけど。しかし、主力がぬけたな。

 あとは東堂院さんと光が主役か。光はこれからも続投だから、これからでてくるが、それで売れるかな?

 僕は一抹の不安を感じながら肉を切っていった。売れなくても全く構わないが、しかしやるからにはソルドアウトを出したいな。

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