第18話失恋
カリカリカリカリカリカリカリカリカリ。
一人の勉強の修羅の裂帛(れっぱく)した気合いに僕と光は、どうなっているんだ?と言うシグナルを出した。
あれから一週間後、あれから僕達はあって勉強会をだいたいにおいてしていた。だいたいというのはメンバーのなかで参加しない時もあったのだ。
僕は全部参加していたのだが、しかし三日間参加しなくて急遽参加した人もいたのだ。
カリカリカリカリカリカリカリカリ。
それは居間勉強の鬼になっている美春だった。美春は一心不乱に教科書とノートに向かっていった。
カリカリカリカリカリカリカリカリ。
僕と光はまた不安そうに目を会わす。この光の家に上がる前にキャサリンが言ったことを思い出しながら。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリ。
美春は本当に顔をミリ単位も動かさずにべったり粘着が窓に張り付くように教科書に向かって張り付いていた。そのあまりの異常な集中力に僕は逆に暗い炎がちらちらと火花が発散されるのをみた。
キャサリンが言うには、美春はついに失恋をしたらしい。三日前二人は別れて、そして美春は勉強の鬼に化したわけだ。
失恋にしてはあまりに姿が異常というか、姿勢が異常のように見える。失恋をするとみんなこうなるのか?
しかし、美春の心配をするより、今は自分の心配をしなくてはならない。学力がぎりぎりなのだ。
勉強は英語の長文を読解しようと思ったが、文字の一語一語はわかる、文もだいたい理解できる。しかし、それをつなげてみるとどこか曖昧(あいまい)な、支離滅裂な文章になった。
あとで答え合わせをしてみると、合っていた所もあったがあってない場所も局所局所にみられた。
英語は難しい。一つ一つの意味がわかっても文全体をつなげるとちぐはぐになってしまうし、一つの単語の意味を間違うだけで誤った文が生まれる可能性がある。とにかく、英語は難産だった。
僕は一息ついてまた視線を上に上げた。そこに木を切り倒す熊がいた。
猛然(もうぜん)とまるでそれしか目が向いていないように木を切り倒し続けていた。それは見るものを一拍驚かせるような光景だった。
よくやるな。失恋というのはこんなにも何かにのめり込む体験なのか?
考えたが、それはちょっとわからなかった。だが、僕はやはりまた英語の単語暗記に向かった。勉強で特にいやだったのが暗記。やるのは憂鬱(ゆううつ)な限りだが、英単語を覚えないと英語はお手上げだ。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリ。
鉛筆のコオロギが4重奏を奏でる。そして、僕はそのコオロギが嫌いだった。
時は夕暮れ。朱色に染まった空がじめじめとして血の色を出していた。
「今日はありがとな、光。勉強場所を提供してくれて。かなりはかどったよ」
それに光は手を握ってこちらを引き込むように強引な笑顔を浮かべて。
「ああ、こっちこそ。一樹がいてくれて良かった!そのおかげでみんなもきりっと勉強したさ」
そう言って僕達はひとしきり握手をした。
僕らのその熱烈な歓待をしかし簡単にスルーとする人がいた。
「じゃあ、お先にね。今日はともに勉強ができて良かったわ。また、明日ね」
「ああ、お疲れさん」
一人のキツネが黄金のかすかなダイヤモンドダストを発しながら去っていった。
「それじゃあ、僕もそろそろ去るよ。ありがとな、光、美春」
「おお。また明日な」
「…………………」
キャサリンに続いて僕も真部家から去ろうとした。そうしたら、その時に美春も意図せずに同時にでた。
………………。
美春は目にどんよりとして重いくさびが突き立てられ、彼女自身くさびの影響を受けているようだった。
そんな美春と二人での足跡が溶けて深みのある夕闇に同化していく。美春は全く話さずにあるいていく。
「美春」
「…………………」
僕の話に答えずに歩いて行く。僕も自転車をまたがらず、歩き。そしてすぐに美春の家に達した。
そのままなにも考えずにはいろうとしている美春を僕は止めた。
「美春。今日はお疲れさん。一緒に勉強できて良かったよ」
こくりと美春は頭を動かす。今日は全く話すつもりがないのか無言のままだ。
僕は自転車のスタンドを建てて、美春のそばに行く。美春は目を丸くして、ただ何も感情を残さずに僕を見ている。
そんな美春に僕は一つの物を渡した。
「はい。美春」
「……………これは、コーヒー?」
そう、それはコーヒーだ。なんも特徴はない、なんの変哲もないコーヒーだ。
じっと、見ているガラスの瞳に僕はちょっと目をそらして白波を立てた。
「さっき、休憩の時に買ってきた。……………まあ、人生いろいろあるよ。失恋で落ち込むこともあるさ。だから、まあ落ち込むときは落ち込むと良いよ。落ち込んでいると誰かが手を差し伸べてくれると思うんだ。だから落ち込むときは思いっきり落ち込みなよ」
その僕の言葉に美春は乾いた土に雨が打たれた。それはすぐに水で湿り、土自体からひとつひとつ水がこぼれ落ちた。
う、うっう。うわぁぁぁん。
そのままこぼれて大河になっていく水に僕は驚き(おどろき)を感じずにはいられなかった。
「お、おいおい。泣くことはないだろ?そんなに好きだったのか?」
しかし、僕の答えにそれは涙でもって応じた。全く、ただ呆然(ぼうぜん)に幼児のような素直さで悲しみが開かれていた。
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