第16話いつものケンカ
「痛い!痛いよ!一樹!放してよ!」
屋上までどたばたと美春を引きずった僕に美春はきつい感じの黄色い声で言った。僕はぱっと美春を放す。
「ああ、痛かった。一樹って時々すごく乱暴にするよね。そういうのって女の子にもてないよ」
「お前しか乱暴に扱ってないよ。あと、もてないのは余計なお世話だ」
僕の言葉を聞くと美春はかなり本気で不機嫌(ふきげん)そうに頬(ほほ)を膨らまして、横に向いた。
「なによそれ。それじゃあ、私が一樹に好感度が上がらなくても良いってこと?一樹は私を女の子としてみてくれないってこと?」
「お前のどこに女の子としての要素がある?」
蟹(かに)が泡を吹くように、美春の頭上に不機嫌(ふきげん)の泡がぶくぶくと発生していた。
そんな地震が被害者ぶっている美春に僕は一言言わなければ気が済まなかった。美春の行動で僕がどれだけ驚いたか、そのことを示したい白い炎の怒りが僕の頭をくすぶっていたのだ。
「それより、今のはなんだ!あんなの全く僕は、いや誰もあんなことを望んでいない!それなのになんであんなことを言ったんだ!全く迷惑だ!」
そう僕が言ったら、美春は影がべったり床に張り付くように顔をうつむかせていた。
影は黒いその色を床にぬかるみじめじめとくすぶっていた。その影が聞こえない家ぐらいの小声でささやく。
「そんなことない。迷惑なんて思わない」
「うん?なんだって?」
そう僕が言ったら、きっ!と美春は顔を上げて目の奥に意志の強さを秘めた炎の光を見せた。
「そんなこと無いよ!だって、このままじゃあ、一樹達の中が進展しないじゃん!私はよかれと思って、二人の中を進展させようと思ったんだよ!香澄(かすみ)ちゃんが一樹のことを実は好きだった、と言うことがわかれば告白もしやすいでしょう!?」
その言葉に僕は動揺した。それは自分が思ってみてもなかった方向から急所にブズリと矢が刺さ去りその衝撃でふらついた。
「そんなのお前には関係がないことだろ!僕と東堂院さんがどうなろうが美春には関係がないよ!それより、お前はさ、自分の事はどうなんだ!ずいぶん佐藤君を困らせているようじゃないか?恋人同士、相手を思いやることも大事だぞ?ちゃんと、美春はしているのか?あんましわがままばかり言うなよ?」
それに美春はふつふつと内に燃え上がる貝の怒りのように口を閉ざした。
「そんなの………………」
「ん?」
そう僕が問い返したら、美春は大きく口を開いて叫んだ。
「そんなことこそ、関係がないよ!彼女もいないのにわかったことをいわないでよ!何よ、何よ!せっかく人が親切心でしたのに!もう、一樹とは絶交だ。私に金輪際話しかけないで!絶対、ぜえええええっっっっっっったい!私は一樹とおしゃべりしないんだからね!!!!!!」
そういって、ぴゅーっと木枯らし(こがらし)が吹くように瞬く間に美春の姿が屋上と校舎をつなぐ階段に消えていった。
「あ!待て!」
僕が言っても時すでに遅し、美春の気配が全く跡形も無くなくなっていった。
「なんだかな………………」
台風が過ぎ去った林のような、カーキ色の微風があたりを吹く。
いたらいたで迷惑だけど、いなくなったらいないでちょっとあるべき物がない空白感を感じるな。自分の発言はまるで後悔をしていないけど、でも、できるならまた美春としゃべってみたいな。
僕はちらりと校庭を見たあとで、屋上を去った。校庭はちらちらと貝の光があたりに散らばっているのが見えた。
キーンコーンカーンコーン。
「一樹」
丸く太った国語の中田先生が黒板を消す。中田先生の性格だが、退屈な授業が終わって放課後になったとき、金色の髪を蜂(はち)が僕のそばに来た。
「なんだ、キャサリン?何の用だ」
僕は蠅(はえ)が野菜の上に止まる自然さでいった。ただ、僕はキャサリンが何故話しかけてきたのかだいたいわかっていた。
キャサリンは片手で髪を触り、つとと青い瞳を横に滑り出しながらいう。
「一樹、また美春と何かあったの?私は別にどうでも良いけど、あなたたちほんとよくけんかするわね。よく、友達として持っているのが不思議なくらいだわ」
キャサリンを爪楊枝(つまようじ)でリンゴのわけた物を刺すように透明(とうめい)に貫通するように見て、外した。
「ああ、そうだな。また、けんかをしたよ。また、機を見たときに謝っておく。今はちょっと美春の方でも素直になれないと思うから」
そうして僕は美春のいる方をちらっと見た。美春も僕のほうを見ていたのか、偶然目がかち合うが、すぐにプイッと怒りな様で内心甘えている表情を伴って顔を背けた。
「な?ちょっと、今は無理だろ?もうちょっと時期を待ってみるよ。怒りが覚めてから話し合ってみる」
僕の言葉にキャサリンは降り積もる雪のようにじっと言葉を聞いていたが、聞き終わったあと、僕のほうへ肌をひんやり冷やす冷たいまっすぐな視線を僕を貫通させるような強い目をよこした。
「もうじき、夏休みになるわ。その時、光の家でみんなで勉強をしましょう。そこで謝ると良いわ」
それに僕は肯いた。
「ああ、そうするか。じゃあ、今日はこの辺で失礼するわ。美春がいないからどうせなにもなしだろ?それじゃあ先に帰るわ」
「ええ、お疲れ様。また、明日会いましょう」
「ああ、明日な」
それで僕達は手を振って、僕は教室を出た。
赤い蜂蜜(はちみつ)が濃厚に視界を染める世界。カーマインの結晶の中を人が閉ざされていると知らずに、しかし知らないが故に思考を自由に動いていた。その結晶のなかで僕は校舎を出ようとしたときに背中からある声がかかった。
「一樹!」
「ああ、光何の用だ?」
振り返ると光がすたすたとこちらに向かって歩いてくる。美男子の光がそばに来て言った。
「一緒に帰らないか?一樹」
「ああ、いいよ。そうするか。一緒に行こう」
光と一緒に歩いているとフィンガーチョコレートを思い出す。最初は硬い空気を出している風に見えるがやがてチョコレートの甘さと懐かしいビスケットの味がしみ出るのだ。
光はちょっと照れくさそうに鼻を掻き(かき)ながら言う。
「俺たちでこうやって歩きながら話すのは久しぶりな気がするな」
「確かにいつもはみんなで話しているからね。二人っきり話すのはそうないな」
それに光は爽やかな光の空気を出すように笑う。
僕達は自転車のロックを外して、自転車を地面に下ろして引きずりながら話した。
「もう、季節は夏だね。光。夏は好きか?」
「う〜ん。実は俺は冬が一番好きだな。夏は暑いから苦手だ。そういう笹原はどうだ?」
「僕、僕は夏は好きだよ。ゴキブリは大ッ嫌いだけど、夏は何故か好きだな。まあ、冬も好きだけどね。嫌いなのは春と秋だ」
それにぴくりと光は眉を上げる。
「ほう、意外だな。春と秋が嫌いな人を見たことがない。どうして嫌いなんだ?」
「あれ、すぐに終わるから嫌いなんだよ。ようやくなれてきたな、と思ったときになって終わるから、嫌いというかなじめないなんだ。そんなに終わるなら最初から無い方が良いつうの。いいものを出して置いて、十分味あう前に取り上げることが、ほんとふざけていると思う」
そう僕が吐き捨てるように言ったら、くっくっくと光が低く抑えた笑い方を、しかし、暗いじめじめした所のない、でこぼこする物がない平凡な笑い方をした。
「なるほど、そんな意見を言う人もいるとは驚き(おどろき)だな。身近にそんなことを言う人がいるとは思わなかったよ」
そう屈託無く光は笑っていた。そんなに僕は変なことを言ったか?当然なことをいったと思うけどな。
光が笑い終えたあと、議員色の紙吹雪の沈黙が舞い降りた。僕はそれを黙っておいた。そして紙吹雪の沈黙が舞い降りたあと、光がぽつりと意志を湖(みずうみ)に投げ入れた。
「美春のことだが、これからも仲良くしてくれるか?一樹」
光は目を振り絞って、槍の表情で僕を一直線に見てきた。
僕はお手玉をするような何気ない、しかし、そこに緊張感がある表情で肯いた。
「ああ、もちろん。これからも美春とは関わっていくよ。大学があるから何とも、どうなるかわからないけど、これからも関わり合おうと思ってる」
そういったら光は麺(めん)がほぐれるように笑った。
「ああ、それを聞いて安心した。俺は前にも行ったが笹原が美春にとって必要な存在だと思っているんだ」
空きの渋み(しぶみ)のある光を受け、存在をたなびかせるようなあまり湿気が多くないしなびた口調で光は言った。
「俺は美春は光にとって必要だと思っている。あいつはこれからも女友達を多く作ると思うが、何となく男の友達を作らないような気がしてさ。
やはり異性の友だちも少なくなくいた方が人生に対する視野が広がると思うんだ。だから、笹原が重要になってくると思うんだよ。
これが前にも言った美春と一樹が一緒にいないといけないわけだ。もう一つ、これは最近になって気づいたんだが、それ以前におまえ達は一緒にいないといけないような気がする。何となくおまえ達は一緒にいないとだめだ。違うな、その言い方だと一緒にいないとだめになるという言い方になるが、そうではなくて、何となくおまえ達は自然に一緒にいる気がする。
何となく自然にぴったり合わさるような気がするんだ。だから、おまえ達は一緒にいなければだめだろ」
そう卵の殻(から)を確実に割れると思う様な確信さで光は言った。それに僕は実際そう思っているが人から言われると表層があやふやになるクラゲの肯き肩をした。
「あ、ああ。そうかも知れない。まあ、そうだと思うよ。でも、そんな関係を続けるにはまず謝らないといけないな。一歩、一歩関係を構築しないと、例え光の言っていたぴったり合う人でも関係が壊れることになると思うから」
それに光はにやりと笑って僕の背中をぽんぽん叩いた。
「さすが、わかっているな。一樹。お前にもうなにも教えることはない!あとは一人で己の道を極めのじゃ!」
それに僕はあきれ気味にしかし、その背後の影が楽しそうに肩をすくめた。
「別になにも教えてもらってないけどね。わかりましたよ、師匠!この真部流をさらに発展する所存です!お?ここら辺で分かれ道か。じゃあ、また明日な、光」
それに光は肯いた。
「ああ、また明日な一樹。美春とこれからも仲良くしてくれ」
「わかってる」
それから僕達は東西に別れた分かれ道をそれぞれ逆方向に向かって進み出した。なにも振り向くことはない。僕の道はすでに決まっている。
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