第15話美春のお節介

 がやがや。

 夏の熱い蒸気が差し込む中、蟻(あり)達のタービンは回っていた。

 がやがや。

 タービンは止まらない。ビリーヤードの最初のブレイクショットのように無秩序にのびのびとその会話の勢いが止まることがなかった。

 がやがや。

 その中で僕はいつもならそのタービンにひたすらだるくなるはずだった。しかし、今はちょっと心に糸で引っ張られた。

 がやがや。

「何か、気になることでもあるの?一樹。悩んでみる見たいけど、どうしたの?」

 僕の真正面で席をはっていたキャサリンが聞いてくる。今は僕とキャサリンと光で群れて昼食を食べているのだ。いるのだが、

 がやがや。

「いや、なんでもない」

 僕はキャサリンの言葉を斜めで切っていった。

 僕はだいたいにおいていつものみんなのグループに入って食事をしている。だいたいキャサリン達と食事をとっている、そして、いつものグループというといつもキャサリンに金魚の糞のごとくくっついてる美春がいるのだが、今はいない。

 がやがや。

 どこかに行ってしまったのだ。美春は友達が多いから別の友達と一緒に食べているかも知れない。知れないのだが………………。

 がやがや。

 僕は焼きそばパンを持ちながら思考を空中ループさせていった。今は違うかも知れない。何となく違う気がする。例え、友達と一緒に昼食を食べているとしても。

 がやがや。

 何となくだが、僕を避けている気がする。朝の出来事から、あれ以来彼女に話しかけようとしても、その時にするりと僕の所から離れて、授業のチャイムが鳴るということがいつも起きていた。

 彼女は僕のことを…………………。

 がやがや。

 僕は頭を振って考えをリセットした。

 いやいや、待て。彼女に嫌われてもそれがどうした?自分がしたいと思ったことをいったまでだし、僕にとって彼女はなんだ?ただの友達ではないか。しかも、重要度は低い、妖怪ばばあではないか。それがどうしたのだ?

 がやがや。

 僕は焼きそばパンを乱暴に咀嚼(そしゃく)しながら胃に流し込んだ。今日は美春のことを考えていると心に小さなノイズが灰色のブラウン管に流れるように心が乱された。

 もう、考えることはよそう。これは考えても線のないことだ。また、あったときに話せばいい。それかほとぼりが冷めるまで待つか。そうだな、今年は受験だし、ほとぼりが冷めるまで待つか。それがいい。

 がやがやと夢中に話しているネズミたちの群れのなかでちらっと僕は東堂院さんの方へ目を向ける。

 東堂院さんは今日は二人の友達と楽しそうにおしゃべりをしながら話していた。いつもの弁当を食べながらオレンジのガーベラの花が咲いていた。

 それに僕はほっと息をつく。

 なんか、恋をしてから彼女の無事な姿を見るだけで安堵(あんど)をするよな。何事もなくてほんとによかったと思う。そんな彼女の姿を僕は父がちっちゃな自分の子どもを見るような凪いだ視線でじっと眺めた。そんな華やいだ花たちを眺めていると…………………。

「こんにちは〜!香澄(かすみ)ちゃん!そこ、空いてる!?一緒に食べて良い!?」

 ズドン!

 僕は席をずっこけながら東堂院さんの方を見た。そこに何故か知らないが妖怪化け狸(だぬき)が厚かましく東堂院さんの方向を見ながら大根の笑顔を見せていた。

「あ、どうぞ。良いですよ」

 こら!東堂院さん、その化け狸(たぬき)に気を許してはいけない!気を許したら最後、根掘り葉掘り聞きまくって、それをあることないこと全部学園中にばらしてしまう。恐ろしい相手なんだぞ!そんな相手に気を許していいことなんて無いんだ!

 だが、天使のように無邪気な東堂院さんは妖怪化け狸(たぬき)さえも、その慈愛(じあい)の瞳で許容(きょよう)しているようだった。

 だめなんだ!そんな目で見てはいけない!骨までむしゃぶりつくされるぞ!

 しかし、東堂院さんは僕の声を聞いていないし、美春はちゃっかり無造作に座って、弁当箱を開けていた。

 僕は彼女たちを食い入るように凝視(ぎょうし)した。ああ、美春が変なことをいわないでくれよ。ここで変なことをいったら全てぶちこわしになるじゃないか。

 美春はスポーツの話し、日本がワールドベースボールクラシックに出場することを話して、それでその選手が好きなのか、と言う話題で盛り上がった。ボリジのように簡素なすっきりとした空気を出しながら、整理をするように東堂院達は盛り上がっていた。

 ふ〜。何とかセーフだな。そりゃ、そうかいきなり知り合ったばかりなのにつっこんだことはいわないか。

 そう僕は安堵(あんど)の吐息をして美春の顔を見た。美春は目覚まし時計のような明るい、からりとした笑い方をしたあと、ぽつんと言った。

「それでさ、クラスのなかで好みな男子っている?」

 ドズン!

 僕が席をずり落ちたのを全く東堂院さんは気づかず、蠅(はえ)がぐるぐる同じ場所を飛ぶように悩んだ。

「誰だろう?やっぱり長谷川君とかかっこいいよね」

「あ、わかる!なんかちょっとしたワルって感じがして男らしくて良いよね!私はやっぱり真部君とかが良いかな」

 そう東堂院さんの二人の友達がきゃっきゃっと言い合った。

 その話に参加しない東堂院さんに美春はまっすぐ視線を投げかけていった。

「香澄(かすみ)ちゃんは、クラスで好きな人いる?」

「え?私?」

 東堂院さんは庭に一つひっそり咲いているハープの空気を出しながら戸惑った様子を見せた。

「私、私は、別に」

 そう視線をそらして東堂院さんが言ったが、それに美春が相手の懐に飛び込む侍のようにさらに追撃の一太刀を振った。

「それで実は香澄(かすみ)ちゃんてさ、気になる人はいないの?例えば、かず………………」

 がし!どたどたどた!

 僕は全速力で美春の首根っこを掴み(つかみ)、そして一気に美春を引きずって教室から飛び出した。




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