第13話東堂院さんとどうしたい?
ふ〜んふ〜ん、ふ〜ん。
僕は鼻歌を歌いながら鞄(かばん)に教科書を積んでいく。
今日はあの衝撃的だった体育の授業も終わり、連鎖するような感じで(実にあの体育の授業、他、という気がする)授業が終わって放課後になった。授業が終わって一息つくのが普通だが、僕の頭の中には一つの黄色い卵があった。
今日も音楽室に行こう。そして彼女に会おう。ここではちょっと気恥ずかしくて、話すのは勇気もいるが、僕は彼女がヴァイオリンを弾いてる姿が好きだし、それにばったりあったら話せるかも知れないからとにかく音楽室に行くことが楽しみだな。
ちらっと僕は東堂院さんを見る。東堂院さんは友達と楽しそうにおしゃべりをしていた。
「そんなに彼女のことが気になる?メロメロだね、一樹」
「うわあ!!」
いきなりどアップしてきた美春の顔に僕は飛びひいた。美春は僕の眼前までに顔をくっつけていたのを上体を起こし、菜の花のようにクスクス笑った。
そして、肘で突っつきながら猿のような好奇心をでろりと顔から漏れ(もれ)出していた。
「ねえねえ、それで、どうなの?彼女とは?うまくいってんの?ここだけの話し!教えて、教えて!」
誰がお前のような妖怪ばばあに言うか。お前にいったら最後。学園にこのことが知れ渡るだろう。
「別に、なにもないよ。お前が想像してることは何もねえよ」
そうプイッと顔を背けて、ぶっきらぼうに僕は言った。それで鞄(かばん)を持って立ち上がったときに陳腐(ちんぷ)なメロドラマの声が聞こえた。
「『私もヴァイオリンの音色が好きなの。笹原君も好き?』って言った仲なのに?」
隕石のような速さでぐいっと美春の方を見た。美春はあくまで菜の花のえがおをしていた。ただ、その花に下世話な好奇心の蜂(はち)がブーンブーンと霞んで見えてた気がした。
「お、お前!いったいどこまで知っている!」
そういったら美春は軟体動物のように体をくねくねさせた。
「ええ〜?私は何も知らないよ?だって一樹が香澄(かすみ)ちゃんの関係はなにも起きていないっていたじゃん。だから、私は一樹と香澄(かすみ)ちゃんがグリークの濃い曲で盛り上がっていたことや、昼食で香澄(かすみ)ちゃんの弁当を食べた所なんて、私な〜にも知らないよ」
「全部わかっているじゃないか!」
そう僕が激していったら、美春はさらにくねくねさせて好奇心のパンケーキが下世話の野卑の蜂蜜(はちみつ)にかけられてべたべたになった甘い色を出していた。
「ええ〜?それ全部真実だったの?意外だな〜。そんなことまであってなにも起きていないっていうなんて。それだけのことがあったら、私なら友達になった、と言うか、ちょっと彼女に狙える位置にいるぜ、とか言うね。全くなにも進展がない訳じゃないでしょ?」
それに顔をひょいっと背けていった。
「別に、それ以降なにも進展がないわけだし、全く仲がよくなるとっかかりがないわけだから、あまり彼女と進展がしようがないじゃないか。僕はそんなにクラシックが好きな訳じゃないし、他にどんなことで話せばいいのかわからない。女性が好きそうな話題がわからないから、どう仲を進展させていったらわからない」
そう僕が美春に顔を背けていった。まあ、こんな妖怪ばばあにこんなことを話してもからかわれるだけなのがオチだと思うが、は〜、なんでこんなことを話したのだろう。つい話してしまった。
僕は後悔と諦めな顔でちらりと美春の顔を見た。
しかし、予想を裏切る形で、青銅の像のような青いざらざらとした彫り(ほり)のある顔が美春の顔に現れた。
「当たり前だよ。そんなに簡単に人と人が親しくなれるわけがないよ。特に男女間では、どっちかが努力をしないと恋人同士になれない。私は一樹が何を望んでいるかわからないけど、もし一樹が香澄(かすみ)ちゃんを彼女にしたいならそうとう努力しないといけないよ。彼女の性格をいちいちリサーチして、そして彼女を落とすためにいろいろと努力をしないといけないと思うんだ。もちろん、一樹が彼女に直接聞くか、彼女の友達に聞くしかないと思うんだ。とにかく、まず、一樹が何をしたいかハッキリ決めること。一樹が彼女に告白何てしないなら音楽室に行くことなんてやめちゃえ。
もう、私たちは受験をしないといけないんだよ。彼女に告白何てしないならその分勉強をしていい大学に入って幸せになろう、一樹。私から言えることはそれだけだよ」
美春はあくまでシリアスな表情をして青銅の声で真剣に言った。
その時、僕は美春が、あ、友達なんだな、と思った。
僕は美春のことを友達だと思っていた。だが、それはどこか客観的なカテゴリーのなかでどちらかといえば友達と言える、そんなとらえ方で僕は消極的に美春のことを友達だと思っていた。
だが、その言葉を聞いて体の芯の部分で、美春のことを、あ、友達なんだ、と言う確信が現れた。こんなに真剣に僕のことを考える人は今までであったことがなかったから、いきなりのことでびっくりしたが、生姜(しょうが)湯のようにじわじわと体に効いてきて心を熱くする。
「……………………ちょっと、考えてみる。彼女をどのような距離をとるのか、考えてみる」
それに美春は電球のような、重荷が全くない軽さで笑っていった。
「うん。考えてみて。これは重要な問題だからね。早めに考えて、そして決断をしよう」
それに僕は肯いた。そうだ、考えてみるか彼女とのことを。
「おーい。寺島」
そう、僕達が話し終わったときに一人の男子生徒が現れた。彼は廊下(ろうか)の方を指さしながら美春にいう。
「佐藤が呼んでるぜ。向こうはえらい気むずかしい顔をしていたけど、けんかしているのか?」
美春はまたシリアスな顔で男子生徒に肯いた。そして僕に振り向いていった。
「ああ、ちょっとね。じゃあ、一樹ちゃんと考えるんだよ。それで幸せな方法を考えよう。それじゃあね」
「ああ。それじゃあ」
美春は整った顔立ちをしていてどこか整頓(せいとん)さを感じさせる少年、佐藤浩二の元に向かった。
霞(かすみ)の廊下(ろうか)で二人が立って何かを話していた。
それは霧のように霞(かすみ)んでいて風が吹けば消えてなくってしまうようなひどく現実味がないものだった。だが、その霞(かすみ)のなかでも背中からサビが表面に現れてきているように見える。
だが、2分ぐらい話したあとに二人は一緒に去っていき、そして美春はしばらく立ちすくんでいた。その後ろ姿は驚き(おどろき)でも、戸惑いでもなく、カギが錆びついたような茶色の後ろ姿だった。
まだ、そこに立っていたので、仕方なく僕は美春のそばに移動した。
「美春」
僕の言葉にぎょっ!とした動作で美春は振り返る。
「一緒に帰ろうか?ああ、そういえばなんか無性にケーキが食べたいな。帰りにアロイに行きたいんだけど、一緒に行くか?」
そう僕が言ったら、美春は生気がなかった頬(ほほ)が、どんどん水気を取り戻して微笑みの水をこぼれだした。
「うん!一緒に帰ろう!」
そして、僕らは一緒に帰った。空は曇りだったがしっとりとしたネズミの雲が静かに座っていた。
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