第12話バスケットボール


3章 恋の羽ばたき




 サウナの中のポルトネーフが熱気に押されて、ばらばらに散らばるようで、しかしある種の目的のために秩序だって蜂(はち)たちは動いていた。

 クラスの人達も良く動く。体育はそんなに好きなのか?

 今、僕は、体育館で体育の授業を受けている。 この学校の体育館は岡山のさらに地方の部類に入る学校なので体育館が狭い。

 なので2クラスが合同で授業をするとすぐに体育館が埋まってしまうのだ。

 全く、だから僕達は男女が交互で時間と空間を使うしかなかったのだ。

 そんな狭い場所で準備体操をしてから、まず男子達でバスケをしているのだが、男子は目を輝かせながら生き生きと動き出していた。

 冬眠から目覚めたカエルのように生き生きと動いているのだ。そして、そんななかで僕は……………。

「ガンバ!一樹!ほら、枝野くんにボールがいったよ。今こそ、追撃だ!」

 自分のチームの枝野くんにボールが渡ったとき、美春が僕を応援した。

 しかし………………。

「…………………」

 枝野くんを形で追うが、枝野くん達はこちらを全く見ず、神田くんと中心になって敵陣を攻めていた。

 まあ、来られてもどうしようもできないから来なくて良いのだが、問題は。

「あ!来てる、来てる!一樹!右に相手が集まってるから左に行くのよ!あ、あ!敵にボールが渡った!ダッシュよ!一樹!守らなきゃ、点が入っちゃう!」

 確かに相手のチームにボールが渡って、味方はそれの防衛をするために自陣に急いで引き返している。しかし…………僕は引き返さず、むしろ美春の下へダッシュに向かった。

「なにしてんの?あ、ああ!ボールが入る!……………ああ〜、何とか無事だったね。一樹も早く守らなきゃ!こんな所でつってる場合じゃないよ!」

 確かにここに来るべきではなかった。本来なら防衛戦に参加をすべきかも知れない。だが、今美春に言っておかなければならないことがある。

「美春。応援禁止。とにかく僕の応援をするな」

 僕の言葉に美春は目を点にする。そして、先住民の踊りの儀式を見た開拓民なのような全く不可思議な目で僕を見た。

「はぁ?なにいってんの?友達がプレイしたら応援するのは当たり前なことだよ。それに私やることがないし。なにするって言うのよ」

 そう、全く理科不能な蠅(はえ)を美春は眉をひそめて遠ざけた。確かに、美春の言うこともわかる。わかるが……………。

「だめだ!とにかく絶対だめだ!応援は絶対に禁止だ!」

 そういったら、美春は頬(ほほ)を餅のようにぷっくり膨らませたが、僕は美春と会話をせずにその場を離れた。

 とんでもない。美春が僕を応援するたびに、周りの男子から放たれるあの茶色の矢は場違いなペイントを掛けられた絵のような嫌な気持ちになる。

 自分は全く活躍していないのに、女子から応援されていること自体が、全く他の男子にとって居心地が良くなく、そのたびに微妙な気分になってはこっちがたまらない。

 僕の言葉が、納得できないにしても何とか理解できたのが、その以後美春からの応援はなく、僕は適当にバスケのプレイをした。

 ボールを追いかけてる最中、ちらりと女子達の方を向いたら、美春はプレイをしている男子達に向かって背を向けていた。




「はい、じゃあ。ジャンパーはこれで良いかな?」

「構いません」

 バスケットボールを持った先生が二人の女子生徒を見る。一人金色の長い髪を、今は束ねている長身の女子。もう一人は…………………。

「私も構いません」

 やはり長い髪を後ろに束ねている、凛(りん)とした姿勢を持つ女子生徒。だが、その女子達は似ている部分もある。長身、長い髪、ある種の男子達にとって魅力的な体型。しかし、対面をすると全く別印象を与えるのも事実だった。

「それでは試合を始めます」

「…………………」

「…………………」

 二人の女子が朝霜(あさしも)のように透明(とうめい)感のある視線でにらみ合う。

 しかし、似ていない所もある。金髪の女子の方はどこか硝酸のような毒々しいまでの白さを有しているのにたいして、黒髪の少女は力強さはある種の、林に朝生えるタケノコのような形の良い凜とした白さがある。

 もちろん前者がキャサリンで、後者は東堂院さんだ。

「1,2,それ!」

 ばっ!

 先生が高く投げたボールを追って、白の天使が空高く待った。

 どちらも同じような高さに見えたが、しかし金髪の天使の方がわずかに黒髪の天使より指が先に触れた。

 ち。

 キャサリンと同じ組の白色のチームの女子にボールが渡る。そして、白の攻撃が始まった。

 始まったな。白の千軍万馬が進撃する。この白の猛攻に赤のチームは耐えきれるか?とにかく目が離せないプレイにになるな。女子達もどこか緊張感が張り付いているように見えるし…………………。

「一樹ー!見てみて!この私がバッチシ活躍するんだから!刮目(かつもく)してみると良いわ!しっかり応援してね!」

 前言撤回。一人緊張感を纏わずにぴょんぴょん跳ねている白色のひよこがいた。ほんと緊張感がないな、美春は。そんなんで大丈夫か?

「おおー!応援するする。がんばれよ!美春!」

 それに美春は僕のほうに顔を向けてぶんぶん手を振った。

 ここで説明しておくと、男子達のバスケの終了タイムがなくなって、今度は女子達がバスケをする番になったのだ。

 それで今は女子の側が試合を開始している。男子達はやることもなく友達を応援するか、雑談をするか、気になる人を見るかぐらいなものだ。

 しかし、何となく男子達は東堂院さんかフレイジャーの膨らみ(ふくらみ)を熱心に見てる気がするな。美春も同じくらいあるのに女子としてみられていない気がする。

 それはともかく、話を戻すと、その女子のなかで紅組と白組に別れて対決しているのだ。

 紅組には東堂院さんが、白組には美春とフレイジャーが。そしてある重要なプレイヤーも白組に属している。

 まあ、ただの練習試合なのでなにも注意するものがないだろう。

 その僕の予感は序盤は的中した。白のボールを奪った紅組のチームの東堂院さんが鷹(たか)のような速さで白組のゴールに迫っていく。

「行ったわよ!美春!」

 そのキャサリンの言葉に美春は両手を挙げ、棒立ちの体勢で臨戦態勢に入る。

「まかっせて!りンちゃん!この瀬野の流川と呼ばれた寺島美春が相手よ!カスミン!


 思えば、私たは戦いが避けぬ事ができない関係だったかも知れないわね。一目見た瞬間から私に匹敵する、できる女だってわかったわよ、だから…………………

 あ!ちょっと!カスミン!人の話は最後まで聞こうよ!これから良いとこだったのに!無視して過ぎ去るのはひどいよ!これじゃあ私がバカみたいじゃない!」

 バカみたいじゃなくて正真正銘(しょうしんしょうめい)のバカだった。

「バカ!なにやってんの!あんな守りをしていたら突破されるのは目に見えているでしょ!」

 一気に自陣に戻ってきたキャサリンが通りすぎざわ美春に言葉をたたきつけた。

 さっさと去っていくキャサリンに、しかし美春は名残惜しそうに唇をとがらす。

「ええ〜?ひどいよ〜リンちゃん!私はね、ちゃんと守ろうとしたんだよ?こうかっこよく、カスミンのボールをばしっ!と奪おうとしたんだよ?それなのに非難するなんてひどいじゃない。……………………せめて最後まで聞いて〜」

 そんなのは当たり前だ。あのキャサリンが非難しないわけはないだろう。

 流川と言うより、桜木のような美春のかすかすのガードを通り抜けた東堂院さんはそのまま、白のゴールを守る、センター、柏木さんのそばにまで詰め寄る。

 センターで周りにいろんな指示を与えている少女、柏木さんは背は高くなく、ショートヘアをした一見地味な感じを与える女子だが、東堂院さんが彼女の前に来ると普段のたおやかな彼女からはわからないほどの張り詰めたプレッシャーを掛けてきた。

「!!」

「みんな!東堂院さんを囲んで!一気にボールを奪うのよ!」

しかし、周りに囲まれる前に東堂院さんはさっさとパスを出した。

 この東堂院さんをつぶし、白組の守備のリーダーこそが、彼女こそがさっき言った重要なプレイヤーなのだ。本格的なバスケ部の部員で、レギュラーでポイントガードのポジションに着いていると聞いている。そんな彼女は当然普通の生徒よりも格段に強い、さすがに東堂院さんも彼女では太刀打ちできないと思う。

 いったんボールを持った三河さんは白組のガードを突破しようと身動きをする。

 そして、その時は細枝が折れるようにあっけなく訪れた。

 三河さんがあまり、知らない女子のガードをすり抜けたとき、しかし白組のガーディアンがするりと彼女の前にやってきた。

「!!」

 バシ!

 よどみなく、瞬速の早さで三河さんがシュートもできず、守れずにボールがコートの中央に転がった。

 そして、それを誰よりも早く東堂院さんが拾う。

「みんな!…………いや、良いわ」

 東堂院さんはゆっくりドライブをしながら、相手に奪われる(うばわれる)可能背の高い、高いドライブで柏木さんの前に来た。

「……………………」

「……………………」

 ダムダム……………。

 今度も周りから囲まれるかも知れないのに、気にした素振りを見せずドライブをしていた。

 そして、誰も東堂院さんを囲おうともしない。

 ダムダム…………。

「………………」

「………………」

 ドリブルをしながら柏木さんの前にやってきた東堂院さんは今度はボールを持ち、腰を低くし構えた。

 誰も二人の戦いに誰も邪魔立てしようとしなかった。

 誰だって、見てみたいのだ。素人が、学園のアイドルがバスケ部員を越えることができるのか。

それは完全に夢物語だった。素人がバスケ部員を越えれるわけがない。しかし、勝利の目は完全にないわけではない。

 それは身長だ。柏木さんはポイントガードなため151㎝で、東堂院さんは167㎝であり、諭して10センチ以上の身長差がある。

 この身長差は東堂院さんがせめるときにかなり有意に働く。最もそれがバスケ部員である柏木さんにどれだけ通用するのかわからない所だが……………。

「動いた!」

 僕の横にいた、小泉くんが叫んだ。

 僕が解説をしている間に東堂院さんが仕掛けたようで、東堂院さんから見て左側の方向に彼女は切り込んでいった。

「……………」

 だが、その突然の動きにも完全に歩調を合わせるような柏木さんの俊敏(しゅんびん)なガード。

 あれだけぴったり動かれると全く何もできない!

 僕はそう思った。周りのみんなも誰もがそう思った。やはり素人は学園のアイドルといえどバスケ部にかなわないのだと、だが、ここで信じられないことが起きた。

「あ!」

 いきなり、柏木さんが東堂院さんの前にジャンプしたかと思うと東堂院さんは誰もが驚くほどの自然さで柏木さんの横を通り抜けてレイアップシュートを決めた。あまりにも一瞬(いっしゅん)のことなのでそれに誰もが目を見張り、彼女を見るしかなかった。

 そして、そのあまりにあっけない幕切れにギャラリーもばらばらに興奮(こうふん)した。

「何だ、何だ!どうなってるんだ!」

「なんで、ジャンプしたんだろう?あんなことしなければぬけられることはなかったのに」

「………………」

 僕はハイタッチで迎えられている東堂院さんと、何か納得できない表情でボールを拾っている柏木さんを見ながらこう思った。

 もしかしたら、東堂院さんはフェイクを使ったかも知れない。

 二人にはかなり身長差がある。同時に飛んだら絶対にシュートが入れられる。

 だからこそ、柏木さんは早くジャンプをして弾こうとしたのではなかったのか?それを東堂院さんはわかっていた。そのため切り込んだあと、ジャンプのフェイクをするだけで引っかかると思ったのだ。

 これは練習試合だ。柏木さんのもちょっと派手なことをしてみんなを満足させようと思っていたのだろう。そして、そのチャンスはすぐに来た。

 きたと思われた。まさか素人が巧妙なフェイクをできると思わずにすぐに引っかかってしまったのだ。

 東堂院さんはそんなに力を入れずにフェイクをしたと思われる。遠くから見ても全くわからなかったし、ちょっと腰を落としたぐらいで、勘の良い柏木さんが引っかかると思ったのだろう。

 まさにバスケ部員の経験の差を利用した東堂院さんの勝ちだった。

 男子達はひとしきり興奮(こうふん)したあと、気ままな評論という睡眠剤を飲んで、あとは安心して安眠しながら夢で勝手に思い出を作っていた。

「さすがだな〜、東堂院さん。センスが良い」

「全くいい女だよな〜。きれいだし、かっこいいしなにも言うことはないよな」

「それにいいもの持ってるし。ほんと彼女にしたい女ナンバーワンだよな〜」

 本能性のある猿のような笑い声が男子の間に響いた。

 ほんとにかっこいいな、東堂院さんは。それに男子からも人気はあるし。すごい人だよな。

 僕は縦横無尽(じゅうおうむじん)に活躍している、鶴(つる)の姿に静かに夢中になっていた。鶴(つる)はかなり体を酷使していたが、口端がちょっと曲がっていた。




 一人の少女がもう一人の少女と対面をする。ただの対面ではない、鋼糸が張られるような緊迫感に縛られながら、バスケットボールを持ち、一気に貫通しようとするが、しかし対面する少女が許さない。

 対面する少女が腰を落として、突破をかけないようにする。少女も抜くための道をいくつか試みるために体を動かしていたが、勇気がでないのか、相手の守りが堅いた目なのか、ボールを持ったまま奇妙なダンスをし続けていた。

 それが少し立ったあと、ボールが飛行した。

「フレイジャーさん!」

 バシ!

 少女、細田さんからボールを渡されたフレイジャーがボールを渡されるとすぐに相手の少女を追い抜き一気にゴールを掛けようとしたが、その前にさっき攻撃を仕掛けた少女を跳ね返した天使がフレイジャーの前に立つふざかった。

「……………………」

 その相手の少女、東堂院さんは完璧に腰を落として、全くキャサリンの視線を完璧に跳ね返した。

「……………………」

 ダンダン。

 キャサリンも腰を落としたまま、肩慣らしのように後ろでドリブルをして、ボールを右脇へ抱える。

 そして、そのまま石になった。

「これはえらいことになってきたぞ」

 小泉くんの言葉にクラスの男子が肯く。全く、こんな事になろうとは誰もが想像できなかった。




 これは簡単なままごとのような試合になるはずだった。東堂院さんがいかに強かろうと、バスケ部員のがいる白組に勝てるわけがなかった。柏木さんの本来のポジションはポイントガードだが、素人には隙のない守りで完全に防げるはずだった。しかし………………。

 東堂院さんが予想以上に強かった。柏木さんの守りを崩し、6点を入れたという獅子奮迅の活躍で紅組の得点12点の半分にまで達する得点へ貢献した。

 ちなみに4点ぐらいは美春があっさり抜かれての失点だった。

 ともかく、今白組が14点。そして紅組が12点を取っている。この予想外の展開にクラスの男子達も鑑賞の質が確実に変わったし、それにプレイしている女子達の方にこそ、最初はゴムのようにのびのびとプレイするつもりだったが、それは固まり、裂帛(れっぱく)の気合いで熱を奮発しつづけた。

 そして、そのまま本当の試合さながらの、強烈な熱気を帯びた鋼の刃の空気で固まっていた。




 ダムダム。

 佐藤さんが腰を下ろしたまま、ドリブルをする。だが。

「細田さん!」

 また、細田さんの下にボールをパスした。もう、あれから白組はパスを回し続けている。

「……………ここが重要な所になるぞ」

 小泉くんの意見はもっともだ。もう、授業が終わるまでの時間が残り3分を切った。

 今は白組の攻撃で、ここを点を入れたら、もはや白組の勝利だ。だからここは一番重要な時間になる。紅組が負けないためにはここはなんとしても守りきって、得点を入れないといけない。

 それがわかっているから白組も攻めあぐねて、パスばかりしているのだ。そして……………。

「フレイジャーさん!」

 そして、またキャサリンにボールが戻った。

「……………………」

「……………………」

 キャサリンは力が圧縮されたバネのように固まるが、しかし、相手の天女の近衛兵も気合いでやっているのか、全く守備が崩せなかった。そのまま数秒が過ぎた。

 これは硬直状態が続くな。さすがにフレイジャーも東堂院さんの守備を崩せないのか。まさか、ここまで試合がおもしろくなるとは思わなかった。

 ここが重要になる。

 ここで決めれば白組の勝利、試合は終わる。ここで紅組がボールを奪えば紅組は負けないかも知れない。

 そういう点でこの場面が重要なのだ。そして、それを僕以上に理解しているのアルテミスが誰もが予想できない行動を取った。

「柏木さん!」

『!!!』

 そこまで固まっていたキャサリンが右後方に一直線にパスを送る。そして、その先へ、守っていたはずの柏木さんがいた。

 当然のことながら、これは公式の試合でなく、20人ぐらいの女子が一斉にプレイしているものだから、もうすでに攻撃班と守備班に分かれていた。

 その中で攻撃にも守備にも行かせる人はキャサリンや東堂院さんぐらいにセンスのある人しか両方につかなかった。

 その中で当然柏木さんは能力にたいして十分すぎるほど持っていたが、しかしバスケをやっている身なので、じっと守備の範囲を超えることはなかった。

 だが、柏木さんは、こんな練習試合に彼女心の闘争心を刺激されたのか、敵陣にまで来て、ちょうどスリーポイントの所まで到達していた。

「あ!」

 紅組の須原さんが声を出す。それは柏木さんがスリーポイントシュートをするからではない。キャサリンのパスにみんなが柏木さんの行動に注視したとき、キャサリン自身がすでに須原さんを突破してゴール下にリバウンドするのに良いポジションをキープしていたからだ。

 そして放たれる柏木さんのシュート。そのシュートは入らず縁をはじいたが、その時170センチの長身が天に向かって跳ねた。

 ダン!

「入った!」

 歓声の声を上げる男子達、そして肩を落とす紅組のチーム。キャサリンが誰もが追随できない高さでボールが縁をはじいたとき、ダンクを決めたのだ。

 そのダンクを決めた瞬間、白組はこれまではられていた闘争心の糸が緩み、紅組は完全に心がくじいた。

 そして、そのまま試合が決まった。これで終わったのだ。

 それは誰もがそう思った。紅組の越さんがよろよろと全く生気がない仕草でボールを回収する。もうすでに柏木さんは自陣のセンターにまで戻っている。越さんも相手を速攻で攻めるつもりがなく、ドリブルをしなが白組の陣地に向かっていく。越さんは生気のない仕草でドリブルをしていた物の、奇跡が起こせる唯一の人にボールをパスした。

「東堂院さん」

 バシ!

 それは変わらなかった。いくら、あの東堂院さんでもこの点差をひっくり返せれるとは誰もが信じなかった。

 もはや時間は2分を切っており、白組も、紅組でさえも、あの東堂院さんといえど柏木さんを振り切って4点を決めることは不可能だと思ったのだ。

 東堂院さんはその空気を知らないように、落ち着いた優雅(ゆうが)な女神のようにゆっくりドリブルをしていたが、しかし、どこか鉄の蜘蛛の糸のように、不要心に糸に触れたら小さな切り傷になってしまいそうだった。

「美春ー!腰を落とせよ!ボールは見ずに自分がマークする人を見るんだ!」

 しかし、僕の言うことがわかっているのか、どこか不格好であるが、鉱石のような熱意で美春は自分のマークの相手白井さんの前に構えた。

 今、ボールを持っているのは東堂院さんだ。東堂院さんはどうするか。前に楠(くすのき)木さんがいるけど、彼女はそんなに運動神経は良くない。それを抜くのはそんなにたいしたことではない。

 だが、その後ろに強力なガーゴイルがいる。

 柏木早百合(さゆり)。バスケ部所属の少女。うちの部はそんなに強いわけではないが、スタメンであり、当然素人からしたら太刀打ちできない相手。

 そんな相手に東堂院さんは点を奪ってきた。東堂院さんが抜群に運動神経がよいから得点を取れたわけではなく。ただ、二人の間に身長差が10センチぐらい開いているから、高さで倒すことができたに過ぎない。

 もう2分を切っている。ここはこれまでのことと同じように切り込んで無理矢理得点をするしかないだろう。

 そう僕が想像をしているときに、東堂院さんは腰を落としてドライブしたまま、ちょっと予想外の行動を取った。

「白井さん!」

 そして右翼にいる白井さんにパスをした。

「!美春!落ち着けよ!」

「ほ!」

白井さんのマークは美春。白井さんはそんなに運動神経は良くないが、しかし、度がつく音痴の美春に比べれば優秀な部類だった。それで白組の失点は美春が抜かれて、東堂院さんにパスをして決めるというのがだいたいの流れだ。だから、これは正常な方法かも知れないが、ちょっと物足りないような気もする。

「美春!腰を落とせよ!抜かれないことを最優先考えるんだ!」

「…………………」

 美春は僕の言葉に少しも体のノイズを発しなかった。うん、集中している証だ。これで良い。

 だが、白井さんも本気で集中していた。おそらく言い感じの時間で試合をしてきて、集中力が完全に達していたのだろう。全く動きに雑念が入っていない。

 ……………………。

 白井さんの体が右の方向に意識を飛ばす。

 美春は完全に集中していたが、それがいけなかった。わずかな静電気にサンショウウオが目の前に来た小魚に飛びつくようにそれに飛びついた。

「!あ!」

 一気に美春の左をぬけた白井さんは、今日は体の調子が切れていたのか、そのまま東堂院さんの方を見ずに速い矢風のようにシュートをした。

 だが……………。

「!」

 白井さんがシュートするためのジャンプをしたときに、それが頂点に達する前、かまいたちの影がふっと現れた。

 バシ!

「拾って!」

 白井さんがシュートに達する前に、俊敏(しゅんびん)に柏木さんが前に出て、シュートをはじいて、はじいた瞬間声を上げた。もう、時間がない。ここで白組が拾ったら勝ったも同然だった。

 だが、白組の佐々木さんが追うが、その前に疾風のごとき早さでボールを拾った人がいた。東堂院さんだった。

 ボールは予想以上に転がって東堂院さんの少し前方に来たのを疾風の速さで東堂院さんが拾ったのだ。

 白組の選手はもはやほとんどやる気を見いだせず、もう意識は次の休み時間に向かっていた。そんななかで東堂院さんはハーフコートの中央に自然な形でやってきた。

 選手の数がかなり多いが、もはや白組でやる気のある人は5人ほどしかなかったので、中央まできた東堂院さんにプレッシャーを掛けようとする女子選手は当然いなかったのでここまで大胆なことができたのだ。

 最も試合の中盤でも本気でプレッシャーを掛けようとす女子なんていないし、何となく流れていく熱意でプレイしているのだ。

 白組でさえ勝利を確信していたので、紅組のチームは全く勝負を諦めて(あきらめて)いた。しかし、東堂院さんは意外な言葉を天上の琴のような澄んだ言葉を漏らした。

「みんな、落ち着いて。一本確実に取ろう」

 ここに来ても東堂院さんは冷静に小鳥のさえずりのように柔らかい口調で言った。

 だが、その言葉を全く僕達、選手も観客も信じてなかった。もう時間がない。この点数差で追いつくというのは不可能だ。だから、これはもう無理だと言うことは誰にもわかることだ。

 そう思っていたが、しかしそう思っていない人がいた。鶴(つる)はみんなを見渡して、孤高のなかで屹然とした表情をした。

「大丈夫。ちゃんと追いつけるから。みんなが集中したら必ず、勝てるから。まず一本取ろう。三河さん」

 東堂院さんは腰を低くして、ドリブルをしていたが、それを止めて左方にいた三河を見たままボールを構えた。

 それに三河さんも東堂院さんの言葉を理解して、また集中し直した顔つきになって肯く。

「オーケー。まず、一本取ろう」

 シュ。

 それは誰もが予想できなかった。観客と選手が当然東堂院さんがパスをするだろうと思って、終わったゲームを見ていた。そうしたら、予想外に敵の、見方の虚を突く形でそのままシュートをした。

「リバウンド!」

 その虚の動きに、シュートを打った直後に誰よりも早く頭を切り換えみんなに指示を与え、柏木さんはすぐにリバウンドのポジションを取った。

 確かに全くの素人が中距離からシュートを打っても入るはずがない。それは確信を持った予想だが、しかし現実は稀(まれ)にその予想を超える。

 がごっ……………どんどん。

「!」

 まさか、まさか。素人が放ったシュートが入った。確かにきれいではなく縁に当たったが、それでも入ったことが脅威だった。

 ダーン、ダンダン…………………。

 その慄然とも言える奇跡に周りの誰もが言葉を無くす。

 そして、それに最も理解できない人が、柏木さんが、それを表情に出しつつ、ボールを拾いしばらくうつむいていたが、すぐ切り替え佐々木さんにパスを出した。

「佐々木さん」

 バシ!

「!」

 また、予想という進路が脱線して、隠された線路を現実が爆走していった。

 あろう事か、柏木さんが出したパスを東堂院さんがスティールをしたのだ。もう鐘が鳴るまで10秒を切っている。柏木さんも含めて誰もがもう終わりだと思った。それを守備に向かわずまだ紅組の陣地にいた東堂院さんが取り、そして瞬速の速さでゴール前で飛び上がった!

「ハアッ!」

 それにイフリートのような人をやけどさせるような熱意で立ち塞がる(ふざ)柏木さん。僕達は素人とは思えない、センスの良さに観客も選手も意識が脱帽して、帽子が戻らなかった。

 シュ!

 柏木さんが早く意識が戻ってもこの身長差ではいかんともしがたく、ジャンプをしたタイミングが同じで、だからこそ柏木さんはボールをはじけなかった。

 がごっ。

 そして、放たれたボールは円を描いて、ゴールの縁をはじく。

 誰もが呆然(ぼうぜん)とそのボールの行方を見た。そして、そのボールは……………。

 …………………だんだん………………。

 ピーッ!

「はい。試合終了だ。みんな集まれー!」

 女子の面々が先生に言われ集まっていく。誰もが試合の熱気に冷めないのか、まだ興奮(こうふん)の渦を纏い風として発生し続けていた。

「じゃあ、礼をしろ」

『ありがとうございました!』

 そのまま礼をしたあと、女子達は一つの固まりを残してばらばらな小集団を作った。

 紅組のみんなは東堂院さんの下へ集まっていた。何を話したかは良く聞き取れなかったが、ただ、東堂院さんは許すかのように牡丹の花を咲かせていた。


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