第38話「TalK」

 七緒さんはしばらく目を見開いていたが、突然、何かに気付いたように後ろを向いた。それから、うつむき加減で手を持って行き、顔を拭う。

 それをひとしきり繰り返し、おもむろに、


「そ、そうですね……。部長、ですしね」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。そして拭うのを止め、近くを自動車が通リ過ぎるまで沈黙し、やにわに動きを見せたかと思うと――、


「では問題です! ここはどこでしょう!」


 バッと向き直ってそんなことを抜かした。


「……え?」

 俺は間の抜けた返事しかできない。ど、どこって言われても……。この辺普段歩かないからなあ……。


「では言い換えよう。次の目的地は、どこだ?」


 仁王立ちし、腕を組んでふんぞり返る。

 顎に指を当てて考え始めると、彼女はすっと近付いてきて、


「はーい! 目を閉じてくださいねー! 薄目を開けるのも禁止ですよー!」


 と言いながら背後に回り、目隠しをしてきた。


「え、ちょっ……」


「目は閉じたかな? 閉じるまで目隠しは止めないぞ?」


 慌てる俺をよそに、目隠しを続行する。

 大人しく目を閉じることにした。


「と、閉じましたよ」

 と言うとさっと手が離された感じがして、温かさが逃げていった。


「それじゃあ改めまして問題です! 次の目的地はどこでしょう!」


 少し離れた背後から、元気な声が聞こえる。


「え、えーっと……。どこって言われても……」

 お家にごしょうたーい! とか? いやいきなりそれはないか。


「早く答えないと不正解になるぞ? その場合は即刻ここで解散だ」


「そ、そんな横暴な……! なにかヒントとかないんですか!? ヒントとか!?」

 相変わらずの無茶振りと言うか。テンポが戻って来たというか。まったくこの人は。


「そうですねー。うーん……。そうだ! 私達が最後に行き着く場所! とかどうですか!?」


 ちょっとわかりやす過ぎましたかね……? なんて続ける七緒さん。だが俺は煩悩と戦う羽目になっていた。

 ……ま、ま、まさか。あの場所なのか……? 特に親しい男女二人が夜に行き着く場所……。Oh My god damn HOTEL!!!???


「まだなのか? あと十秒で時間切れだが、それでもいいのか?」


 いやいやいやいや! ホテェル! なわけがない! そう、初期の頃は慎ましく、あそこしかないはずだ!


「三! 二! 一! z――」


「――七緒さんの家ですか!?」

 ぎりぎりのところでそう叫んだ。


 すると、暗闇の中で背後の足音が徐々に大きくなり、それが突如止んで、気配が最大になった時――



「――正解だにゃ!!!」



 

 ――俺の体は、異物に貫かれた。





         ◆





「がっ、はっ……!」

 背中から心臓と胸を穿つ鈍色を見る。


「はい! じゃあ、抜きますにゃ?」


「がっ!」


 いきなり得物を抜かれ、血が逆流してきた。さらに胸からは大量の血液が噴き出す。


「わあー! いい感じにぶっしゃーしてますにゃあ!? タイリョウタイリョウ!」


 まもなく膝を付き、前のめりに人形のごとく倒れる。


「あれ? もうオワリ? もっとパフォーマンスしてくれニャいのかにゃ?」


 つまんにゃーい! とかすかな意識を保ったまま聞き取り、激しい眠気に任せて目を閉じた。


 七緒は頭部を脚で踏み躙りながら、



「……終点だよお客さん。……いい夢見れたか? 人殺し〈クソ野郎〉」



 憎々しげにそう言って、唾を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る