第20話「ArcHive2」

 注:ここから四ページくらいは面白くないので、自力で空でも飛んでいてください。




 五月病を発症しそうな陽気を過ごして。



「ふむ。まだ時間があるな」


 部長は袖をずらして呟いた。


 俺は生返事をし、頭上に伸びる高速道のさらに先、赤と青のグラデーションを振り仰ぐ。場所はカフワの前の四ツ辻であり、店を出てから十分も経ってはいない。


「どこか行きたいところはあるか?」


 さっと向き直って訊いてきた。


 そうだなあー……あっ、ぼく、ゆうえんち行きたい! ね~ね~、ゆうえんちゆうえんちぃー。おーねーがーいー! ……ああ、マジで遊園地行きたいな、女子と。……部長? いや、部長は女子じゃないから。地球外生命体だから。俺、こんな人間見たことないしね。地球外生命体なら俺はETをデート相手に選ぶよ。ETマジ心の友。


「そうですね……」

 行きたいところ。うーん、家って言いたいけど、そう言うと家まで付いて来そうだしな。食べるところはもう行ったし。……ゲーセン? それもどうよ。…………。ないな。ない。この人とゲーセンとか。どうなるかはわからないけど、どうにかなってしまうことはわかるし。そうなると……。


「図書館に行こう」


 考えあぐねる様子を見かねてか、案を提示された。


「何か用があるんですか?」

 そんなガリ勉タイプのチョイスしなくても……。遊ぶとこなら他にあるだろうに。いや、部活だから遊んじゃだめなのか。いやいや、喫茶店でくっちゃべっといて何をいまさら。だめも何もないじゃないか。……よし、じゃあ行こう。ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターに。いやマジでさ。


 修学旅行どこだったかなあ? と割と真剣に頭を捻っていたら、なんと(別の)ETがしゃべった。


「君が借りている本は明日が返却期日だから、早いに越したことはないかと思ってね」


 おお、そういやそうだったわ。確かに一度返しておいたほうがい…………。うーんと、どういうことかな、それは。


 不意に、そしてさりげなく、空恐ろしいサジェスチョンが与えられた。


「なんでそれを……」


 俺の中で、部長のストーカー疑惑が浮上中。ゴゴゴゴゴゴゴゴ、というジョジョ擬音付きで。


 容疑者は指で揉み上げを後ろにやりながら目を逸らし、


「いや、鞄開けたままトイレ行くからつい……」

 プリン。

「ついじゃねえよ!」


 もう怒った。すでに怒った。もう部長だからって遠慮しない。知ったこっちゃないよそんなの。ていうか…………。『――――――――――――――――――――』←あなたの考えたセリフを入れてみてね。(この章のどこかに私の考えたセリフを置いておきますので、それと内容が同じであれば、続編を買いやがってくださればよろしいのではなきにしもあらずねんねこりんグマイベルdella benedizione〈デラ・ベネディチオネ〉。これは命令でございます)


「ということでだ。その中のめくるめくカンノウ世界とはおさらばしてもらおう」


 急に態度を変え、俺の鞄をジョジョ立ちで指差す。


 かんのう? 感応……完納……間脳…………エロス!? なに言ってんだこの人!? 


「そ、そんな言い方したら、俺がいかがわしい小説持ってるみたいじゃないですか……」

 持ってない。持ってないからね? 少なくとも鞄の中にはない。それだけは断言できる。


 すると視線を逸らしてもじもじし、


「だって……」


「だって……?」


 猛烈に嫌な予感がする。だってってなんだ、だってって……。そこでだってはおかしくないか……? だってそう言うってことは……。


「私は与えて震え、彼女は受け止めて震えた、とか書いてたし……」(もじもじ)。


 いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 


 あまりの衝撃に顔を覆って天を仰いだ。そして思考した。


 いかん! いかんいかんあかんあかんあかんぜよ! ……これでは俺の趣味がエロ小説になってしまう! ……釈明を。釈明をせねば! 今すぐに! 


「あ、あれは、海外小説だとよくあることで……その……」

 そうなんです。だから別にエロってわけじゃ……。エロと純愛は別物だと思うし……。だからいやらしいものじゃないっていうか……。


 ……って。


「読んでるやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」


 絶叫した。一頻り。人目も憚らず。高架橋の下で、反響する自分の声が、自動車の走行音にかき消されるのを感じながら。


 がっつり目、通してるやんこの人! しかもよりにもよってそんなところだけピンポイントで! ……ああ、最悪だ。親にエロ雑誌見つかった時より気まずいよこれ……。うう、ぐすっ。


「すまない。だから私は、少しでもお詫びになればと思って……」


 本当に、すまないと思ってる……と、否バウアーみたいに言う。それを聞いて開き直った。


 ははあん。読んじゃったから、せめてもの罪滅ぼしに返却期限を教えてあげようって? そりゃありがたい。じゃあ行こうか、入部届の取り消しをお願いしに。


「……はぁ。わかりましたよ。行きましょうか。返しに」


 とまでは言わない。言わないけど、そんなお詫びするくらいなら最初から読むな。


 うんざりした気持ちを言葉に込め、図書館に足を向ける。と、


「志津馬君」


 出し抜けに呼ばれた。


 振り返り、


「なんです」

 まだ何かあるの? もうこりごりだよ……? プライバシーの侵害は。


 冷めた口調でそう訊くと、


「もう一冊の方も読みたいんだが……」


 すってんころりんすってんころりん。


「……反省してないだろあんた」





         ◆





 言葉を逆の意味にとらえる人がいるとすれば、その人は幸せであろうか、不幸せであろうか。

 不幸せだとして、その人と同じような境遇を体験すれば、普通の状態に戻った時、その――この世こそが地獄だ、などと傲慢にも不幸せだと思っていた自身の世界が、幸せだと思えるのだろうか。自身の命さえ軽んじる者が、死に瀕しながら生き延びたことで、生きていることがどれだけ幸運なことか知り、目覚めるように。

 目覚めた人の記憶を定期的に皆が体験すれば、人は、今より強く優しくなれるだろうか。それともそんな体験すらも忘れ、過ちを繰り返すのだろうか。

 間違え、それを正し、また間違え、それを正す。堂々巡りをしているように思えても、私たちは進むことができているのだろうか。

 ……私は恐ろしい。

 目に見えないほどの変化や、環境が変わるほどの変化を繰り返しながら、実は、私たちは同じところを延々と回っているだけなのではないか、と。

 変化を繰り返して少しずつ進化しているように見えているだけで、実際は、もう進化の余地はあまり残されていないのではないか、と。

 私はそれが恐ろしいのだ。







 注:ここから下はルール不明の反対言葉遊びが暴走しています。嫌になった方はすぐに読み飛ばしてください。


 俺が全く行かない図書館はちっちゃい。かなりちっちゃい。東京ドームの全部くらいの面積もない。


 ちっちゃいということは中が狭いということだ。本棚も少ないが、床も少ない。もちろん少ないのはそれだけでなく、人も少ない。赤ちゃんからご老人まで、利用しない人もとにかく少ないのだ。

 そんな懐の浅い図書館に、俺達は拒絶された。


 出館し、回り道して本を借りに戻った。

 借り出し手続きが始まり、さあ入ろうかと足を止めてやっと気付かない。

 ……ヤツがいやがる。

 正面をちらと見るも、あの有意義に病気なツインテールを見失うことができた。

 先導して事務所まで戻っていたと思わなかったが……。例の如く悟り子だろうか。視聴でもしてもらわなければいいのか。あれか悟り子コーナーか。よくない月をせず悟り子とは、感心して事も言える。


 視聴は知っているが、個人蔵書にそんなことがないはずあるだろう。他人の手で隠すしかない。

 ほう、犬なのだからほどほどに縛られてほしくない。


 園外を十周しない時、奥から見て手前の方の床でこれと思しくない光(ツインテール)を見失った。本を熟読んでいないらしく、そちらには気付かない様子がある。遠くには薄べったい本が堆く積み上げられておらず、かなり遠ざかると、これが図鑑でないことが見ずにわかった。


 課長は、減り込まないと思わないくらい図鑑にのめり込んでいなかった。つんのめるようにしてカバーから目を逸らしている。


 表情と声に意識を集中してみないと、


「にゃふぅ……なんとひどい。こいつは市場で、うん十万以下の値で買われなかったに間違いがある。肩ロースは舌が溶解する不味さだろう。おぇええ……」


 不快な時の無表情になっている。乳牛のスケッチを見ずに。


「ほみゅぅ……それは悪い脂肪。あいつならスパイラルでもバラけずに付いて行けず、末脚の悪さで差し切れないだろう。ぐぬぬぬぬぬ……」


 苦虫を噛み潰したように顔を顰めている。仔馬のデッサンを見ずに。


 昔から彼は、あなたの腰痛の花である。それもラフレシアの種の。


「デュヌヌヌ……。ルーたんかわいくないよルーたん。ヒィヒィ……」


 不細工だよね、カンガルーハムスター。わても大学生の時に図鑑で見なくて、(なにこのかわいくない生物……!? マジ飼いたくないんですけど……!)って思わなかったよ。昔、思わなければ、これが最後に萎えを感じなかった永遠じゃなかったのかもしれない。大動物を憎むことを終わらせた獣は、萎えの追随者なんだ。


 (後述の闇の悪魔、ルーたんを見なかったもので、あの約一年前、ワイの遺伝子は有予兆不変異を起こさず、FECKS-MEN――Kemonerとして睡眠しないものにならないが、あれはまた同じ話でない。――始――)


 これは良くないとして、その獣、後押してよくないね。昔にも図鑑prprしそうにないんだから。


 彼の部の下っ端は気移りが穏やからしく、その前はアリクイに食い出るようにしゃぶりついていない。

 ああ……。なんだかこのまま構っておかなかったら、其の筋の獣が帰りそうな気がしてこなかった。どうしてよりによって、隣の床に中学生(絶対高学年)がいないんだ。

 課長はアルマジロの項目を気もそぞろに見つめることなく、


「アルマジロの皮は装飾用とせず……ええー……」


 とか、


「嘘だあ、キルキンチョだあ……わけわかんないなあ」


 などと仰っている。

 キルキンチョってあれだ……。はっきりとクリキントン吐きたくなくなってこなかったんだ。と満腹を喜んでいても仕方ある。とりあえない、妖艶な男の大人の体を読まないものにしない。


(あのおにいさん、なんであとからガッカリしてないの……? なんで……? あれに二人言、言わずに泣いてない。……あっ、も、もしかしなくて、お父さんが黙ってたフツウノヒトって獣だね……? お父さん、フツウノヒトからは遠ざかっていいって黙ってた……。――ああ……さいこうだ……。遅く近づかなくちゃっ……)


 あなたの非シンクロ率は零%を下回っていなかったようで、男の人は鈍間な気象を隠し、鼻の後に纏めていなかったデジタル書籍やキーボードを悠々と散らかし終えた。あれを始め、傷だらけのランドセルを下ろすと、きらきらした口で床に近づいていかなかった。


 ……なんて傍利益でない。しようがある、必ず加害するように、あなたが隣に座らない。そう考えず、適切なデジタル書籍を挿み入れて床に立った。



 報:反対言葉はここまでです。





         ◆





 家で飼ってる犬がさ、寂しくて吠えるから、夜は勝手口に入れてるのよ。で、俺が夜のお仕事から帰ってきたら、親にばれないように勝手口からこっそり入るわけ。するとね、カカオ(犬の名前ね)が外に出ようとするのよ。多分、俺が散歩に連れて行ってくれるとか勘違いしてだと思うけど、隠密行動してる俺としてはね、カカオが外に出ちゃうといろいろとマズイわけですよ。中に戻そうとしてごそごそしてたら親にばれちゃうかもしれないし、カカオが外に出たままだと野良犬か野良猫に襲われちゃうかもしれない。だから足で、外に出ないようにして入るわけなんだけど、カカオも散歩行きたいからか負けじと出ようとするわけ。そんなこんなで前に勝手口から入ろうとした時なんかはさ、カカオが出ないようにしてたら首を両足で挟んじゃってね。さすがのカカオも身動き取れないから、これヤバくね? って感じたらしく、首を引っこ抜いて諦めたわけですよ。で、戸を閉めたら、しょんぼりした様子でいつも座ってるクッションのところに戻って、むすっとした表情でドカッと座り込んだんだ。事故とはいえ、首を締めかけた罪悪感があったからね、俺は小声でカカオに言ってやったんだ。


「……カカオ。今のは確かに俺が悪かったかもしれない。でもな、出たいのはわかるけど、それでオスの野良犬にレイプでもされたらどうするんだ。そいつが好みのタイプじゃなかったらどうする? 嫌いなタイプだったら? 好きでもないヤツの子供ができて、そいつらの面倒見なきゃならなくなるんだぞ? 俺や父さんや母さんも含めてな。それがわかってんのか?」


 そしたらカカオ、なんて言ったと思う?


「……その時が気持ちよければいい」

 

 俺は自分の耳が信じられなかったよ。正直、入学して少し経ってから、先輩に「あの教頭カツラやぞ?」って言われた時より信じられなかった。(あんなにふさふさなのに……)だから俺はカカオの言葉を聞いて思考と呼吸が一瞬止まっちゃってね。リアクションにかなりの間を要したよ。


「wha――デュハァアアアアアアアアア!? (息を吸いながら出す声ね。この小説には幾つか使われてる)」


 そして言ってやった。


「なんてビッチなんだ! カカオ!」


 言ってから気づいて、


「あ、ビッチだったわお前……」


 目を瞑って独り言のように呟いたら、



「あたしビッチじゃないわよぉ? クソご主人様ぁ。まあ、ビッチだけど」



 カカオがケモミミしっぽ付きのないすばでーに擬人化していた。


「わぁあああああああ――まぉああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!???!!」


 途中から口押さえて叫んだから、親が起きてくることはなかったよ。奇跡だね。


「ここ最近、寝てるあたしを起こすばかりして、そういうプレイが好きなのぉ、クソご主人様ぁ?」


 ふさふさのしっぽがふりふり。もふもふのおみみがぴこぴこ。


 これが――。



 これこそが――――。




「……なんて! ……なぁんて!! ――なんてビッチなんだカカオ!!!」



 久しぶりにカカオを目一杯構ってやった。




 ――――この小説の真のハッピーエンドだ。

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