第17話「Franz Qahwah 3」

 予想だにする再会と勧誘の後、しばらく客の出入りがあった。その間、俺と部長にさしたる会話はなく、ただ、ただひたすらに甘味と苦味とを喫するという、これまた予想内なの様相を呈することとなった。部長は静かで、何か悪いものでも食べたかな? と疑いそうになるくらいは普通の人然としていた。

 今まで続いていたものが、ある時を境にひたと止んでしまう。そういう事態に直面すると、人は違和感を覚えるものだ。俺自身も、そういったマジョリティの例に違わず、それに思考を揺さぶられてしまい、いつもは間を置かず出てくる話題なんてものを探すはめになってしまって、そんなことに没頭していたら、あることにはたと気が付いたので、それに縋ることにした。詰まるところ、学校で痴態を見られた件のメイドを呼んで、名前を訊いたのだ。名前は「七鳥ことり」といって、同学年だった。俺は自己紹介をしたが、部長は「自分の名前は部長です」、と言って聞かなかった。まあ、予想通りといえば予想通りだ。





         ◆





 カフェインの作用かどうかはわからないが、客がいなくなったときに志津馬は席を立った。



 小綺麗にしてあるウォシュレットに据え付けられた二つのうちの奥に立ち、花畑の中でそれらを気持ちよく摘んでいると……。


「手を上げろ。そのあと掌を見せ、頭の後ろに回せ」


 後頭部にサプレッサーが突き付けられた。

 すぐに口を開き、


「あー……。今、ちょっと手が離せないから、これが全部終わってからでいい?」


 そう答えると、サプレッサーで頭を強く押される。


「わかった、わかった。手を上げる。だから撃たないでくれ」

 言いながら徐に両手を上げていく。そして掌を見せ、後頭部に手を持っていった。


 声からして男だろう、背後の彼が後頭部に回される両手から銃を引く瞬間――。


「――そこで後頭部に手を回させたらダメでしょうが!!」


 片手でサプレッサーごと拳銃を逸らしながら即座に向き直り、両手で以ってハンドガンを捕まえ、銃口を上へ逸らした。


「くっ!」


 アイボリーのコートとレトロな帽子を着用した男も両手を使い、全力で得物の向きを戻そうとする。

 と、男の雰囲気が自身の優位性に染まった。


「考えてみろ。なぜいつもは盛況の店が今はこんなにも静かになっている?」


 それに対し口角を上げる。


「さあ~、なんでかな? 初めて来る店だからわからないね。それよりもあんたは考えてみなかったのか? 俺にどれだけの味方がいるのか? とか、外の通行人に敵がどれだけ紛れているのか? とかさ」


 どうなんだ? と下卑たような笑みを浮かべる敵を見て、男は無表情になった。


「ハッタリだな。お前はただの学生だろう。一学生にそこまでのことができるとは思えん」


 言うやいなや、男はハンドガンから左手を離し、即座に懐から小銃を取り出すと志津馬の頭側に突き付けた。


「はあ!? なんで二つも拳銃持ってんの!? そんな今時ありえないエージェントの格好して、拳銃二丁とか反則でしょ!? あんた空気読めない人!?」


 力を込めていた拳銃から手を離して距離を取り、「ジミーだってそんなことしなかったのに! 知らんけど!! 知らんけど!!!」と、ハリウッド映画でヒステリーを起こした主婦のリアクションを取る。


「人間は変化し続ける。良きにつけ悪しきにつけ、な。それに私が一概にエージェントとも言い切れないだろう」


 無感情に言ってのけ、男は手を上げろ、と再度命令した。


 手を上げながら、「あんたは良き伝統ってものを全くわかってねえ。クソ食らえ、トイレだけに」と罵倒が返された。


 しかし、言いながら男の相貌に目を凝らした瞬間、我が目を疑った。


「ちょっと待て……。あんた……もしかして…………」


「それ以上近づいたら撃つぞ」


 近づいて顔をよく見ようとする志津馬に対し、警告する。


「え……。うそ……。うそでしょ…………こんなところにいるわけが…………」


 ありえないものを見ている、と動揺する。それを見て男は表情を変えぬまま、


「俺を生き別れの兄とでも言うつもりか? 笑えない冗談だな。そんな言葉で動揺するとでも思ったか?」


 左手の小銃を下ろし、右手のハンドガンを突き付けたまますげなく切って捨てた。


 対するは、


「――父さん!」

 須臾の間にひしと抱きついた。


「離れろ! この気狂いが! 撃たれたいのかお前は!」


 志津馬の頭をグイグイ押してタコを己から離そうとする。

 すると急にしおらしくなり抱きつくのをやめ、後退して、


「オーケー。わかった。今のは俺が間違ってた。もう一度やり直そう」


 インド人がナマステと言うように手を合わせて頭を下げた。


「お前は何を言っている」


 男は内心、困惑を隠せない様子。


「父さんじゃなくてどっちかと言えばおじさんだった。だからもう一度……」


「俺はお前と血縁関係などな――」


「――マスター!」

 しゅきしゅきハグをした。


「お前は何をやっている! 撃つぞ! 本当に撃つぞ!」


 大王イカの頭をゴイゴイ押して己から離そうとする。


 唐突に思ったんだけどさ……タテの対義語って何だったっけ? いや、もちろんキャプテン・アメリカが持ってるすげえアレの話じゃないし、優秀な成績を収めた人がもらうトロフィーとかのアレの話でもない、ガン=カタの元になったかどうか忘れたけど、そのアレの話でもないんだ。……というか言ってて思ったんだどさ、『キャプテン・アメリカが持っているすげえアレ』……って、なんだかいやらしく聞こえない? こう、なんていうか「すごく、……です」的な。……え? そんなことない? 普通だって? ほほーう。そう思った人は、ピュアかムッツリなんだってさ。ウププ(ドラえもん声)。



 その時、風切り音が木霊した。



 ……。

 …………。

 ………………。



「これはマスター・ケノービですか?」

「いいえ、それは魔法少女です」


「これはフィリップですか?」

「いいえ、それは同性愛者です」


「これはアイランドから抜け出した人ですか?」

「いいえ、それはエイブラハムです」


「これはゴーストライターですか?」

「いいえ、それはシールドの陰謀です」


「これはジムの恋人ですか?」

「いいえ、それは愚問です」




「……俺のダークセイバーでヒイヒイ言わせてやんよ、フィリップス」




「…………」


 男は耳元で囁かれた言葉に耳朶を撃たれ、コートを翻して白いドアに入った。



 もうひとりの男は閉まったドアを見てから奥に入っていった。




 ……。

 …………。

 ………………。




「志津馬君、遅かったな。大丈夫か?」


 席に座ろうとするのを見て言った。


「ええ。大丈夫です。少なくとも腹痛とかにはなってません」


「そうか。いや、トイレからサイレンサー付きハンドガンの発射音のようなものが聞こえから、何かあったのかと思ってね」


「はは、何もありませんよ。ビデの音でも聞こえたんじゃないですか?」

 言い終わってから、不謹慎だと気付く。少し興奮しすぎかもしれない。


「いや、食事中に言うようなことじゃありませんでしたね。すみません」

 謝ると、注意がトイレの方へと向いた。


「む。あんな男性がいたかな? 私たちより先に入っていたなら、わかったと思うが……」


 トイレから出てきた男を見て言う。


「俺たちより先に入って、お腹壊してずっとトイレに入ってたとかじゃないですか? ほら、カフェインって刺激物ですし」


「ふーむ。ふむ。そうかもしれないな。私たちも飲み過ぎには注意するとしようか」


「ですね」


 勘定を済ませ、ぎこちない足取りでドアをくぐる男を見て言った。


 カップを持つ右手の甲には、周りより薄っすらと白い円形の肌が見えていた。しかし数秒後にはそれもわからなくなっていた。

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