第14話「閑話6」
Jour de printemps.
天気は授業中に寝落ちしそうなくらい麗らかだ。春疾風のまにまに鴇色が踊るのを見ていると、こちらまで宙に浮き、ステップを踏み出しそうで自制心が忙しない。
今はSHR前の登校時間。周りはがやがやと騒がしいが、自分も騒がしくしている一人(のようなもの)なので気にならない。
無事部活を決めることができたが、部長が変人ということに拘泥してダリを調べてみた。すると、ウィキペディアに掲載されている若かりし頃の写真が予想外にハンサムで驚いた。
カタルーニャ語の長ったらしいフルネームには「ジャシン」と書かれていて、厨二病心をくすぐられたのだが、這い寄るほてっぷーとダリは関係ないか、と思い直すこととなった。
閑話休題、ダリの奇行のエピソードとしては、自分が描いた絵がスペイン内戦を予言したと言ったり、象に乗って凱旋門に行ったり、講演会で潜水服を着て登壇したが窒息死しそうになったりと、極めて妙ちきりんな逸話が挙げられていた。さらに妙ちきりんなのは、リーゼントヘアと称して、頭にフランスパンを括りつけた格好で取材陣の前に現れたことだ。もう、なんと言ったらいいか、いろいろぶっ飛んでいる人だということはよくわかった。その時代の殆どの者が、キ○ガイ、異常者、ク○イジー、と言っていてもおかしくはない奇行ぶりである。アメリカで、フランスパンを頭に括りつけて歩いてみるといい。街行く人に、「(Is that) seriously!?」と言われてしまうかもしれない。
ダリと言えば、上にピンとはねたカイゼル髭らしい。ピカソら、同時代の画家の反感を買っていた彼だが、カイゼル髭と目を見開いた顔は、アートとして人気らしい。髭の形をどうやって維持しているのか訊かれた時、ダリはこう答えたそうだ。「これは水あめで固めているのだよ」。訊いた人はどう反応しただろうか。「あ、ああ。水あめですか……」と言いながら、内心では(アリ集らねえのかな……)と思っていたやも。
様々な奇行や逸話があるダリだが、実は常識人だったようだ。彼の奇行、つまりアートは、彼が世間と対峙するときの仮面(ペルソナ)であり、奇人の面はダリ本人ではないとのこと。親しい友人の前では繊細で機微のわかる人物だったらしい。本質は変人ではなかったということだ。
ダリと似ているという部長は彼と同じような人物なのだろうか。彼と同じように奇行を仮面としているなら、似ていると言えるが、それは『似ている』とは言わないのではないだろうか。
自分は大抵のことでは動じないつもりだが、フランスパンを頭に括りつけた人を見れば、そういうわけにもいかない。もし、部長がフランスパンを頭に括りつけていたら、進退を考えよう。先生にお願いされた手前、なるべく忽せにしたくはないのだが。
「志津馬の奇を衒ったような気持ち悪いモノローグの後、何があったんだっけ?」
悠が何とはなしに言った。
「はーん。お前そんなふうに思ってたわけか。このこの! 俺のバーガーで窒息しろ!]
「わああああ! やめてよ! それ禎生がさっきまで食べてたやつじゃん!」
志津馬は悠のく……そんなこと一々説明しなくてもちょっと考えたら――いや考えなくても想像つくよね。で? それを利用した展開があるって? ないよ、そんなもの。……またまた~? とか言われてもないものはない。……落としておいて上げるんでしょ? なんて言われても、特に下げたつもりはないし、上げるつもりも毛頭ない。……わかってよ。人生期待しない方がやる側もやられる側も気が楽だってさ。はい、溜息吐〈つ〉いて。
「あん? 男同士なのにそんなこと気にしてんのか? 変なやつだなお前」
「だって! 禎生の唾液がべっとり付いてるんだよ!? そんなの無理に決まってるじゃん!」
「ああ? 俺の唾液が汚いだと? 急所握りつぶすぞショタコン受けが」
「ショタじゃないですけど!」
わたちゃん一筋で進めたつもりが、途中から乱入してくる銀髪赤眼ロリにどうしても飛びついちゃうどうしようもない僕を許して、わたちゃん……。
「俺が部長のこと調べてくれってお前に頼んだんだよ 軽い感じでな」
「え、ああ。そう言えばそうだったね。で、そのあと僕が禎生の顎について訊いたんだった」
顎のこととはもちろん、部長にコークスクリューブローで殴られた時にできた痣のことである。今は湿布を貼って上からガーゼで覆っている。
「おいコラ、それ俺が残してた骨付き肉だろうが何しれっと食べようとしてんだやめろよバカショタ童顔お姉さんイーター」
「ここぞとばかりに貶しまくるね!?」
「ああん? そんなにお前がショタって話が続けたいのか? 仕方ねえな、それじゃあこれから三時間くらいかけてお前のショタぶりを話し合うとするか」
「僕はショタじゃないですけど! そうじゃなくて、僕がショタじゃないって話でしょ! なんで僕がショタって前提の話になってんのさ!」
論点の相違。一応ね。皮肉ってるわけじゃないから悪しからず。
「で、女子に打たれてできた傷――というか痣ってことがバレて、お前が俺をセクハラ野郎って言い出したんだったな」
「そうそう! 禎生が女子にセクハラ紛いのことをしたことをごまかして、僕がそれを見破ったんだよね! さすがジャーナリストなだけはあるよね!」
「……ああ、自称だけどな」
「なに? なにか言った?」
「なんでもねえよ」
Kiss my ass!
悠の見た目ってどんなのなの? と聞きたい淑女の皆様方、申し訳ありません。悠は想像上の架空の人物でありまして、いわゆるよくある――よくいるショタの容姿としかお答えしようがないのです。つまりはあなた様の想像にお任せするということであり、あなた様だけの悠くんなわけであります。ご理解いただけたでしょうか? そうでありましたら、ご幸甚であります。……俺もきれいなおねえさんたちにいろんなお世話されたい。
「ていうか今思ったんだけど、禎生って僕の前でだけキャラ変わるよね。なんていうか……ちょっと不良っぽい感じにさ」
「そうか?」
「うん。僕以外にはそんな態度と喋り方してないことない?」
志津馬は佇まいを正して口を開いた。
「実は俺も今それを思ってたところだったんだよ。俺ってこんなキャラだったっけ……? ってな。もしかしてクソ野郎がキャラ設定を忘れてキャラブレ起こしてんじゃねえかってな」
「監督のこと? たしかにあの人は気まぐれっていうか、飽きっぽいっていうか、なんか衝動的なとこあるかもね」
「でも杞憂だったよ。答えはすぐそこにあった」
まるで推理モノのドラマか映画のクライマックスみたいなセリフ。現実で言うとちょっと恥ずかしいかも。かもと言うと、えり~なさんの『かもね』を思い出したけど、あの観客の調教され具合はすごいよね(誉め言葉)。知らない人は『ドキッ! こういうのが恋なの?』でググってみるといいよ。
「へえ。どういうこと?」
「それはお前の胸の内に訊いてみろ」
「え? なんで僕なわけ? 僕、なんか悪いことした? 心当たりとかないんだけど……」
胸に手を当てて自身の記憶を呼び覚ます。そんな仕草するわけがない。ファンタジーRPGじゃあるまいし。
「そうだろうな。でも大丈夫だ。これを見てる人は大方わかってるはずだから」
「教えてくれないの? 気になるじゃん」
「それはお前自身が気づくべきことなのかもしれない……。まあ頑張れ」
「ええー。すごく気になるなあ……! ヒントは?」
「さっきも言っただろ。ヒントはお前自身だよ」
「うーん。…………。わかんないや」
一頻り考えてから唸りだす。
「ただ一つ言っておくと、お前はそれに気付いちゃダメだ。それに俺が気付いてほしくないし、多分読者も気づかない方がいいと思ってる。大半はな」
「うぅー……。わかったよ。――じゃあ今は気にしないことにする! 一人の時に考えることにするよ」
現実で「うぅー」なんて言う人いる? 実はいるんだなあこれが。知らない人は探してみるといいよ。案外簡単に見つかるから。
「それがいい。……それが夜のお姉さま方のためでもある」
二言目は呟いた。
「で、えーっと? どこまで話したっけ? お前が俺のごまかしを看破したとこまでだったか」
「ああ、そうだったね。で、その後は……」
「お前が話を戻して、なんで調べてほしいか訊いてきたはずだ」
二カメ、悠の笑顔にズームしてー。
「それで禎生が気になるからって言って、僕が調査代金を請求したんだったね」
「俺はお前の制服の内側に、懐から出した茶封筒入りの現ナマを気づかれないよう差し入れたんだったな……」
「そんなあからさまな違法取引やってないってば! 三枝先生の好物を教えてくれたんでしょ!?」
「そうか。あれは別の男との取引か。取引が多すぎてこんがらがってた。芋焼酎のことを教えたんだったな」
「別の取引って何!? その人誰!? 校内のどこかにいるっていう大鋸屑〈おがくず〉仙人なんてオチじゃないよね!? なんかちょっと怖いんだけど!」
かわいく取り乱す悠を観て、お姉さま方は「あらまあ」と微笑んだ。……かもしれない。ううっ! 急に寒気が!
「いや、そういう取引もある」
「あるの!?」
「ああ。ちなみに仙人じゃなくて『我既に魔法使い』って奴な」
大鋸屑仙人は通り名であり、取引をする大体の人たちは『具』を抜いた名が真名だと知っている。ジャーナリストを自称しながら、悠はこのことを知らない。
「へ、へえ……」
漫画なら悠の顔に汗が描かれた(漫画の汗の役割ってメタメタ多いにゃぷ)。
「また話がそれたな。ミジンコのせいで。あとでプロデューサーに文句言っとこう。監督に掘られたから解任してくださいって」
……。
「その口実はいくらなんでも無理があるんじゃない……?」
お前、その知識はあるのか。それともわかってないのか……? だとしたらあざとい……いやあざとく……どうでもいいか。
「それにしても、お前にも知らないことがあるとはな」
「先生の好物のこと? もちろんだよ。三枝先生の情報はなかなか手に入らないからね」
「ほふーん」
かわいくねえ。悠がやれよ悠が。で、そのあと照れた様子で「なんてね☆」って言うんだ。ああ。悠かわいいよ悠。イザナギノオオカミにコンセントレイト後のジオダインで打たれたい……! 味覇に世話焼かれるのもいいな……。ああ……。
「とにかく、その情報と引き換えに僕は調査を受諾したってわけだね」
「うむ。しかし部長の名前を俺が聞きそびれてたのに、よく目処がついたな」
「そこはジャーナリストの腕の見せ所ってやつだね」
「はいはい。……自称自称」
マイセルフユアセルフ……? ユアセルフマイセルフ……? あれ……? マルセイユデルマイユ……? え……?
「そういや、あの日はクラス委員がなんかのプリント集めてたな」
ふと思い出した。
「そういえばそんなことあったかも。……でも。……いきなりだね?」
「監督が『その方が面白いかも』ってカンペ見せてるから、仕方なくだよ」
「あ、ホントだ」
ぴょこぴょこはねながら見て見てアピールしている。
「で、話を戻すと……」
「そのあとは僕が顎の怪我のことを蒸し返したんだっけ?」
きよひーの炎で蒸し焼きにされて焼売になりたい……。黒焦げでもいい……。
「あー……。その話はオフレコにしよう。……すいませーん! カメラとマイクオフでお願いしまーす」
カメラとマイク担当から手が上がり、監督が頭上で両手を使って丸を作った。
「あの禎生は気持ち悪かったなー。ま、ちょっと面白かったけど♪」
「人のこと気持ち悪いなんて言うもんじゃありません」
「禎生が女子に抱きついちゃったんだよね。で、僕が『どうなったの?』って訊いたのに、禎生は『どうだったの?』って聞き間違えて……! それじゃ、その後は本人から事情を聞きましょう」
「ぐぬぬぬ……。後で覚えてやがれよ」
「早く早く!」
「抱きついた拍子に……その……『マシュマロみたいな感触を味わった』って言っちまったんだよ。聞き間違えてたからな……。――クソ! 仕方ねえだろ、聞き間違えたんだから!」
「それで僕が『いや、どうだったじゃなくてどうなったって訊いたんだけど』って。――あはははは! 『や、や、柔らかかった……』って! 顔赤くして! 禎生ウブすぎでしょ! かっわいー!!」
「ぬぅ……! 一生の不覚……! かくなる上は……!」
志津馬禎生って名前、ビミョーやな。語呂わる。誰か名前考えてくれない?
「そのあとビミョーな空気になってさ! 禎生がしどろもどろになって! あー! 今思い出しても笑っちゃうなあ!」
「切腹する……! いや、それでも足りない……! 消えてなくなりたい……! 穴に入って忘れるまで出てきたくない……! ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
顔を覆い隠して机に突っ伏した。
「そして最後に僕の一言! 『禎生って変態だったんだね……僕、信じてたのに……』」
「やめてぇぇええええええええええええ! 違うんだぁぁぁあああああああああああ!」
悠は艷やかな笑顔で言った。
「すっきりすっきり♪」
カメラが回っていたことでからかわれた志津馬が気持ち悪く恥ずかしがった数十分後。
「お前も食べる? クリームソーダ。アイスんとこやろうか?」
志津馬は悠に優しくなっていた。スプーンに乗った、メロンソーダが掛かったアイスを差し出している。
「え、えーっと……う、うん……じゃあ、もらっちゃおうかな……」
「ほらよ」
ずい、と突き出す。
「…………」
しかし悠はそれを凝視して固まっている。
「どうした? ほら、あーんしろベイビー」
「……じゃあ」
「ほい」
「あ……」
悠の口にアイスの乗ったスプーンを気をつけながら運んだ。
「……」
「うまい?」
「……う、うん……」
薄い本が……! 薄いブックッが……! あはぁあああああああああああああああ!
「なあ?」
「え? な、なに……?」
少し驚いた様子で返す。
「なんでお前、顔赤くなってんの?」
「え!? か、顔……赤い……かな……?」
「赤いよ。りんご病と見間違うくらい赤いよ」
りんご病知らない人いるかな。だいたい小さな子がかかる病気なんだけど、頬が赤くなるのが特徴なんだよね。詳しくは知らないから知ってる人いたら教えてください。
「は、はは……なんでだろ……赤ちゃんみたいで恥ずかしかったから、かな……?」
「そうか。よかったよ」
「え? 何が……?」
今度は慌て気味にきょとんとする。
「俺はてっきりお前がゲイなんじゃないかと疑っちまったよ」
言うと取り乱した様子で、
「そ、そんなわけないよ! ただ、こういう事したことなかったから恥ずかしかったっていうか……その……」
メロクリソーダを口に運びながら悠を見て、
「ふーん。俺はお前が心配だよ」
「な、なんで?」
「お前に彼女ができるかが心配」
と言った。
「なっ……よ、余計なお世話だよ! 禎生のバカ!!」
スプーンを咥えたままで、
「俺は思う」
「……え」
「こんなかわいい子が女の子のワケがない」
「っ!」
悠の反応を見てか見ずか、
「そうか。やはりお前はショタだったのか……」
「ぼ、ぼ、僕は…………」
「それでも僕はショタじゃないですけど!」
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