第12話「Inte"r"lude」
部活初日に部室に行くと、中には誰もいなかった。辺りを探してみると、近くの校舎の影から微かに声が聞こえてきた。一通りでない気配を感じ、足音を立てずそっと近づき、壁から頭半分出すようにして覗き見ると……。自身の目を疑った。男子の先輩部員と女子部員が、知り合っていたのだ。拍の付いた切れ切れの声から、脳が自動予測し、なんとはなしに思考の片隅に芽生えてはいたが、それと見るまで信じられなかった。いや、今でも信じ難いが、視覚と聴覚はそれを許してはくれないらしい。覆い被さり、近付いては離れを繰り返し、互いに息を切らし、低い呻きのような声と、意思とは半分関係なく上げられる、ごく短い悲鳴のような耳に付く呼吸と懇願、そしてそれに混ざったり、単体で強調されたりして、声と行動と興奮の一起爆剤となっている肉同士が打つかり弾ける音。……まるで獣が貪り合っているかのよう。交わす言葉はなく、漏れる痛楽と重なりが蜜液の混じり合う鳴き声を響かせる。何度も。何度も。果てを目指してただ只管に。次第にそれらは凶暴さを増していき、視界に映る何もかもが見えなくなっているかのように刹那的欲求を強めていく。鼓動は既に意識の外に飛び出し、逸る一縷の感情と本能は肉体すらも凌駕しようと息急き切る。……あとは到達するのみ……それ以外何も考えられない……それ以外何も考えなくていい……それ以外何も考えてはいけない…………それだけが自身が今生きている理由…………。――――――最果だ。
……。
…………。
………………。
勘違い。独りよがり。本当の最後。その願望。
本当の最後は最終。綺麗事。その願望。最後は選択。
………………。
――――――!
終わった途端、女子生徒と目が合った。一瞬で壁に隠れ、息を潜める。
また事が始まったのを耳で聴いて、音を立てないようその場を離れた。
数カ月後。僕は全校朝会で驚愕の事実を知る。
件の女子生徒が、同じ部活の男子生徒に暴行を受け、それが理由で自殺したのだ。
それを聞いた直後、僕は呼吸困難に陥り、意識が朦朧として倒れかけたため、保健室に連れて行かれそうになった。大事には至らなかった。
……僕には彼女を助けることはできなかった。……そうだ。僕が彼女らを見つけたのは既に行為が始まった後だったのだ。だから僕があの時、介入して止められていても……いや、違う。見つけた時点で止めていれば、もしかしたら最悪の状況は避けられていたかもしれない。彼女が妊娠して、自殺に及ぶこともなかったかも……。それができなかったとしても、目が合ったあの時に助けていれば……。――でも、わからなかったんだ……! 僕には彼女が暴行されているように見えなかった……! 嫌がっているように見えなかったし、助けだって呼んでなかった……! そんなふうにはとても……!
………………。
……本当にそうか? 僕は……、僕は心のどこかでわかっていたんじゃないのか……。あの行為には愛がないって……。そうだ……僕は思っていたじゃないか……独りよがりだって……。勘違いだって……。
――まさか。
……ぼくは。……ボクハコウキシントヨクボウデ、ソレヲミノガシテイタ? ……ムイシキニ? ソレトモ…………。
――違う!!! 僕は気付いていなかったんだ……だから僕には彼女を助けることはできなかった……僕には無理だったんだ!!
……でも。ならなんで……、あの時、助けなかった……? 目が合ったあの時に……!
あ、あの時だって気付くことなんてできなかった……! そんな時間はなかったし、僕は覗き見してるのが悪いと思ったからすぐに隠れたし……!
……え?
……な……んで……僕は、覗き見……なんて…………。
………………。
ミタカッタ、から……? 彼女が……あんなことをされているところを……見たかった、から……?
……僕は……考えなければいけないことも考えずに……ただ……ミテイタカッタカラ、ミテイタ……?
罪悪感で自分を責め、色々な情報や噂が錯綜する中で、亡くなった女子生徒の友人が元の情報を伝え聞いた。
なんでも、女子生徒には意中の男子がおり、亡くなる少し前に、友人に、告白することを話していたそうだ。
それと、女子生徒は遺書を残しており、それが自殺の理由や原因の証拠となったらしい。遺書には、
『私は彼に暴行を受け、妊娠しました。
どうか私を赦してください。』
と書かれていたそうだ。
……僕は彼女を助けなかったんだ。助けられたのに、助けなかった。何もしなかったんだ。できたはずなのに……。剰え自分の欲望を満たしていた! 傍観に徹することで……!
僕は彼女を見殺しにしたも同然だ。……いや、見殺しにしたんだ。その時は見捨てたに過ぎなかったとしても、結果的に彼女を見殺しにした。
……彼女は処女だった。そして誰かを想っていた。
思春期の女の子が当たり前に持つ夢のような感情を、彼女は大切に育てていたのかもしれない。
そんな感情を持っていた彼女は、無残にも犯された。
一人の人間の想いや願いが踏み躙られ、壊され、二度と叶えることができなくされた。
彼女は体だけでなく心の奥底まで陵辱され、希望を抉り取られ、絶望させられた。
痴がましいことに、僕は彼女のそれらをほんの少しだけ想像し、実感した気になった。
なぜなら僕は見ていたから。彼女が犯されている瞬間を。
極端かもしれないが、僕は失望した。彼女と同じ絶望とまではいかないまでも、様々なことに失望した。
詰まるところ、僕はそれまで、世間や常識、みんなが『当たり前』として知っていることや感じていること、暗黙の了解とか社会のルールとか、理不尽や不条理といったものを識〈し〉らなかったんだ。
だから人より失望も大きかった。
人間とは、ここまで醜く救いようがない生き物なのかと。
どうして同じ人間の夢や希望を破壊し、蹂躙などすることができるのか、してしまうのかと。
僕にも罪があるのなら、ここでのうのうと生きていていいのかと。
これらが社会の――この世界の真理の欠片なのかと。
僕たちはこんなに厳しい世界(上には上がいるように、もちろん……)に生きてきて、そしてこれからも生きなければならないのかと。
それを知ってしまった自分は果たして生きていけるのかと。
――人の心が踏み躙られることが当たり前の世界で。
それは、「紛れもなく自分自身もその内の一人」という事実をナイフや拳銃のように突き付けてきて、ほんの少しでも力が込められれば……一本の指が軽々に折り曲げられれば……自分も彼女と同じように、いとも容易く蹂躙されてしまうのだという恐怖に戦慄した。
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