第11話「閑話4」

 トキと星辰の部屋にて。


「同じこと続けてもマンネリで吸心力下がってしまうから、今回はちょっと変わったことしてみましょうかぁ」


 吸心力ってなに? 心を吸い込んじゃったら、吸い込まれた人は廃人にならない? おかしくない? これ。

 ……おかしい。この本は人の心を吸い込むことがあるおかしな本である。夢中にさせるという意味ではない。


「いや、さっきは俺がダラダラと思い出すだけで、先生がいる分、今回は同じことにはならない気がしますけど」


 三枝紫に対し志津馬が言った。


「回想に嘘を交えてもいいことにしましょ~♪」


 三枝は少々上気しているように見える。


「先生、酔ってます?」


「ええ、もちろんよ♪」


 若干引いて、


「そこは酔っててもシラフって答えるところじゃ……」


 いいや、もはやそんなお約束など存在しない。あなたもそう思うだろう? お約束は守るものであり、破るものであると。それならばお約束などあってないようなものではないか。


「シラフって答えても作者が顔が赤いとか、呂律が回ってないとか描写したら一発じゃない」


 描写しなければいい、ということになるが、そこは黙っておく。


「いいんですか? 教師が制服姿で飲んでも」


「学校じゃないからいいのよ、学校じゃないから」


 大事なことなの……、と、青髪ケモミミロリが言った。


「……はあ」


「さて」


 突然現れたちゃぶ台の前の座布団に腰を下ろしながら勢い込む。


「さて――って! なにお猪口と酒瓶用意してんですか!?」

「飲むからだけど?」

「いや飲むからじゃなくてですね!」

「ダメなの?」

「ダメっていうか、みっともないっていうか、なんて言ったらいいか……!」


「ダメなんですかー?」


 どこかに向かって尋ねた。


 …………。


『O・K』


 どこかから声が聞こえてきた。


「ほら、指立ててオーケーって言ってるじゃない」


 志津馬は頭痛をこらえるように、


「……あれは親指じゃないでしょう。もう……勝手にしてください。俺は知りませんから」


「もう! 志津馬君のいけずぅ! 一緒に飲むくらいしてくれたっていいじゃない!」


 誘惑されているような反駁。


「それこそダメでしょうが!」


 オレンジジュースやミルクならまだしも、未成年に飲酒を勧めるような描写をしてはいけない。その類の問題を扱うなど、特別な場合を除いて。これは法律で禁じられた行為という点と、実害があるからという点が大きな理由だろう。ではノンアルコールならよいのか、と言うと、よくはないだろう。読んでいて、見ていて良い(善い・好い)と思えるか? 蓋しそれも肝要なのだ。


「しょうが? じゃあ聞いてみましょ。志津馬君も飲んでいいですかー?」


「飲んでいいわけがない……」


『O・K』


 馬鹿な……。


「ほら! 飲んでいいって! 志津馬君のお猪口も用意しといたから――」


『Over Kill』


 ダメらしい。


「えー! ミジーの甲斐性なしぃ!」


 ミジーとはミジンコのことであろう。


「ほら、言ったじゃないですか。ラノベじゃなくても未成年の飲酒は法律違反ですよ」


「それはあっちの世界では法律違反でも、こっちの世界では関係ないじゃない」


 何を言ってんだこの人は……! 


「あーはいはい! そういう危ないラインの会話は後で編集してもらいます。今後、触れないようにお願いします」


「志津馬君の堅ブツぅ!」


「いいから始めますよ。嘘を交えながら回想するんでしょう」


「志津馬君の分からずやぁ!」


 そんな声を無視して言葉を続けた。


「えー、確か、部長と別れた後、部が決まったことを知らせに職員室に来たんでしてたね」


「志津馬君の朴念JIぃN!」


 お猪口を持った手を高く掲げて酒気を吐く。


「職員室には二人きりで誰もいなくて、まず先生が俺に顔の痣〈あざ〉のことを訊いてきた、と」


「志津馬君の高麗にんJIぃN!」


「俺はその事を避けて、先生の美貌を褒めて、談話部に決めたと報告した」


「志津馬君の葛根湯ぅっ!」


「すると先生はこう言った」


「志津馬君のイチ○ツぅ!」


 ……。


「『ふうん、やっぱりか……』と。つまり先生は俺が談話部に入部することを見越していた、ということですか?」


 見越し神輿の大神輿! 御神体はさっきも言ったアレだよ☆


「志津馬君の大正解ぃ!」


「そして次はこう訊いた」


「志津馬君のイン○ぉ!」


「『部長とは話した? どうだった?』――これは部長が本性を隠していることを言っていたわけだ。でもその時点で俺が接していたのは猫をかぶった普通の部長。だからなんのことかよくわからなかった。……まあ、すぐにわかりましたけどね。あのあと先生が、『見事に騙されたわね』なんて言ったから。それだけ言われば少しは見当がつきますよ」


「志津馬君の能無し! 能無し!」


 背黄青鸚哥〈セキセイインコ〉がけただましく鳴いている。


「そして先生は更に意味不明なことを言いましたね」


「志津馬君のベッドの下のおかず! ベッドの下のおかず!」


 そんな見つかりやすい所に隠すのは古い作品の主人公くらい、とのことで、志津馬はおかずというものを丸呑みにして体内に隠している。


「『多分、あなたは騙されたと思うでしょう。裏切られたと思って、怒りたくなるかもしれない。でも、途中で嫌にならないで。最後まで見届けてあげて』と。先生の真剣な言葉です。忘れられなくなりましたよ」


「志津馬君の甲斐性アリ! 志津馬君の甲斐性アリ!」


「そしてヒントとして、部長が変人であるということを教えてくれた。――いや、『言うなれば変人』でしたか……。しかし、これも意味がわからない」


「志津馬君のアンポンタン! アンパンマン!」


 アンパンマンは高潔な精神を持つ紛うことなき正義の味方であり、尊敬すべき隣人だ。その在り方はスパイダーマンと似ている気がする。


「さらに部長をサルバドール・ダリに例えた。それによって部長の本性が予想できるようになりましたよ」


「志津馬君天才! 志津馬君天才!」


 インコじゃなくてオウムだった。間違えてたw


「そうなると疑問が湧きますよね。どうして部長は猫を被っていたのだろう、とか、先生は何を知っていて、目的は何なのだろう、とか。部長の場合は新入部員を獲得するため、変人であることを知られないため、などと推測することができますが、なにか引っかかるものがあります。先生の場合は談話部、もしくは部長を贔屓、ないしは助けようとしている、と考えられますが、確証的なものは未だなし。なにより自分から話してくれませんし、できるだけ秘密裏に事を進めたいようですからね」


「志津馬君の浮気調査探偵! 浮気調査探偵!」


「俺が変人の定義を考えていると、先生は『ほとんどの人が、何かしら変人の部分を持っていると思わない?』と訊いてきた。俺はおおよそ賛成を示し、それが個性と呼ばれる規模であるなら構わないが、変人の域まで行くと周りに迷惑がかるのでは? と質問を返した」


 性質が個性という枠を超え、何らかの害を振りまき始めた時、その人は変人や奇人なんて呼ばれだすのだろう。そういった人は、往々にして周りから忌避され疎外されるものである。


「志津馬君話長い! 鼻毛長い!」


 切れや鼻毛。エチケットカッターとか使うとすっきりやぞ。


「すると先生は、『そういう意味でも、彼女は変人に近い』と。部屋の外の人にさえ聞こえないよう、この話をしている間は声を低くしていましたね。体裁が悪いから、というのもあるでしょうが、それだけじゃないでしょう」


「志津馬君のえっち! 志津馬くんとえっち!」


 これいつまで続くねん、と思っている方。もう少しで志津馬と先生が濃厚な目合いを始めますので今しばらくお待ちくださいませ。


「俺がもう少しわかるように説明してほしいと言っても、先生は言及を避け、『このことは秘密よ』と言って帰宅するよう勧めました。なぜ秘密なんですか? 生徒ならまだしも、他の先生方にも知られてはまずいことなんですか? どういう理由で?」


「シャラップ・シヅマ! シャラップ・ナウ・シヅマ!」


「先生は、俺の先生への気持ちを利用したんじゃないんですか? 先生の頼みなら、悪事でないなら俺は喜んで力になるでしょう。自分のことなのでよくわかります。自分は、先生に頼まれたら断ることは難しいと。でも、そうまでして先生が叶えたいことってなんなんですか? 部活を存続させることですか? 部長に悟られず部員を入部させることですか? はっきり言ってくれないとわかりませんよ、先生」


「ならはっきり言うわね。私はね……ただ自己満足のために罪を償いたいだけなのよ」


 三枝の表情と言葉は自分を貶める自虐だった。彼女をそこまでさせるのはおそらく過去であろう。


「自己満足……?」


「察しろや志津馬! それくらい読者でも察してんぞ志津馬!」


「…………」


「だんまりかこら! だんどりかこら!」


「…………」


 腕を組んで瞑目している。私も話すネタがない。


「スピーク! シヅマ! ファッ○ング・スピーク・シヅマ!」


「……はぁ」


「溜息多いんだよこの主人公! ちゃんと息吸えやオマエラ! 他のニンゲンの分なんて考えずまず自分を生かせやコラ!」


 息の詰まるご時世ですが、呼吸はちゃんとしましょう。酸欠になって倒れた方がましと思うことも多々あるでしょうが、窒息死する方がちょっとだけ苦しいかもしれません。窒息しかけてみて、そちらの方が苦しいと思ったら、息を吸うことを選ぶようにしましょう。


「……わかりました」


 開眼。


「ah?」


「……わかりましたよ。自分で調べますから、先生にはあまり期待しないことにします」


 どうやら割り切って吹っ切れたようだ。


「Oh~! Did you understand?? Finally?」


「――で、そのあとは……。先生の誤魔化し、というより赤裸々な実生活の話があって俺は職員室を後にしたと」


 あれだけ罵倒や意味不明な言葉を飛ばされて無視し続けられるとは。私ならハリセンボンをハリセンのように振るっているところだ。


「具体的に言うと、小テストの採点してから学校出て、買い出しに行って、お風呂入って、お料理してご飯食べたら芋焼酎片手にドラマと映画の消化ってことね」


 お料理とは体のいい言葉である。=range・chinと言われる作業なのだ。


「その時、『志津馬君も一杯どう?』とか言われましたっけ」


「そんなこと教師が言うわけないわ。健全な思春期の発育を促すべき立場の教師がね」


「いやいや。さっきまで俺のこと意味不明な罵倒で邪魔してたのはどこのナチスドイツですか……」


 三枝は数泊沈黙してから、


「面白くないわ志津馬君」


 と鎌鼬を発生させて斬り捨てた。


 またため息を吐いてから、跳ね飛んだ首を元の位置に戻し、


「わかってますよ。俺は先生の前だと面白いことが言えなくなる病気なんですから」


 あら、かわいいことは言えるのね、と言って続けた。

「じゃあ最後に読者様に一つ、ヒントよ」


「いきなりですか」


 一つ間を置いて、


「彼女は実は、二重人格ですっ☆」


「……」


 ただ沈黙した。


「またあからさまな……。いいんですか、そんなこと言っちゃって……」


「いいのいいの! その方が推理ゲームとしてちびっとだけ面白くなるかも知れないし」


「いいんですか、監督?」


「…………」


『O・K』


 それはどっちのO・Kなんだ……。


「はい、オッケーもらいましたー!」


「え……でも今、親指じゃない方の指立ててませんでした? 笑顔でしたけど」


「気にしない気にしない。気にしすぎると胃や頭(頭髪)に穴が空いたり、セロトニンが足りなくなったりするわよ」


 セロトニンが足りないとうつ病になるらしい。


「はあ……。わかりました」


「みんなも気をつけてね☆」


 てれりん☆


「なんかキャラ変わってません……?」


 てれりん☆ 





 数十分後。


「ふと思ったんですけど、俺と先生のとか、他の回想の時系列ってどうなってるんですかね? どこらへんで海藻が入ってきてるんでしょうか」


「それはもちろん味噌汁に具入れるときじゃないの?」


「やっぱそうですよね。うーん……」


 ……。


「確か誰かの話では、志津馬君と部長さんが喫茶店に行く前にメンバー全員がホワイトホールに吸い込まれたとかでこうなったって聞いたわね」

 え?

「吸い込まれた? ホワイトホールに? ホワイトホールは放出する方では?」


「あ、じゃあホワイロドールで」


「ホワイロドール!? ご加護ですか!? 文明初期化ですか!?」

 蝶ですよ蝶! お嬢様、蝶です!


「え、じゃあ織田裕二さんのホワイトアウトで」


「ホワイトアウト!? そのネタ大丈夫ですか!? さっきのもブラックホールインするネタだった気がするんですが!?」


「う、じゃあちょっと弄ってホワイトラブドールで」


「ホワイトラブドール!? な、名前はなんていうんですか!? ……よしかわあいり!? いくらです!? ……二十五万八千円!? 買います!! 今は手持ちがないので留め置きしてもらってもいいですか!? はい! はい! すぐに下ろしてきますので!!」


「お買い上げありがとうございます。……こちら、当店利用の際、必要なメンバーズカードになっております。裏面に記載されておりますID等はウェブサイトでのご利用にも必要ですので、紛失された場合はウェブ・電話でのお問い合わせをいただくか、当店にお越しいただき、その旨を店員にお伝えください。新しいIDを発行いたします。それでは、今後ともお引き立てのほど、よろしくお願いいたします。ありがとうございました」(礼)


 ああ、今日はなんて幸運な日なんだ。こんな素晴らしい人(形)に出逢えるなんて……!


「ちなみに、教師としても個人的にも志津馬様への好感度が著しく低下しましたので、一応、報告させていただきます」


「ち、ちが! これは変なことに使うわけではなくて蒐集目的で!」


 ……この後、何や彼や、やり取りが続いたが、しばらくして落ち着いた。





「なんなんですかそのグダグダな情報は……」


「だって急に白い光に包まれたって聞いたから。それに後藤先生じゃないんだからブラックとホワイトの違いなんてキットカットじゃあるまいし知らないわよ ねえ?」


 誰に言うこともあり、言った。


「ねえ? じゃなくて。どこ向いて言ってるんですかそれ。あと後藤先生は化学担当でしょう。知ってるかもしれませんけど間違ってますよ」


「そんなことどうでもいいじゃな~い。ほら、志津馬君の大好きな脚よ。ほらほら」


 差し出された三枝のしなやかな脚に、黒いストッキングに包まれたそれに、志津馬は釘付けになった。


「…………」


「どうしたのー? あ、もしかして欲情しちゃった? ねえねえ、見せて見せて~。前屈みになっちゃうとこ見せて~」


 おそらく先生は俺をからかっているのだろう。


「先生って、酔うといつもこんな感じなんですか?」


 きょとんとして、


「え? うん、そうだけど? なに? 幻滅しちゃった? ははは! いいよ別に! 慣れっこだから~!」


 芋焼酎片手にドラマや映画を見ていることを鑑みれば、そういうところもがさつなのか、となんとなく予想はつくものの、


「いえ、ただ……」


「ん? ただ? ただなに?」


「……そんな、そんな先生も素敵だなって思いました」


 それでも先生がちゅきということは変わらないのであった。今、鳥肌が立つほどキモいと思った人は六十三パーセント。


「……」


「……」


 俺たちは互いの目を見つめ続け、吹き出さないことを確認してか、


「……やっちゃう?」


「え……?」


 えへ、っといたずらっぽく頬を染めながら訊いてくる。


「読者の面前で、公衆の面前でやっちゃう?」


 席を立った先生が、妖艶な動きで俺に近づいてきて、


「……え……でも、それは……」

 と言いつつも抗えず、遠ざけようともできず……。気づいたときには、整った顔の妙齢の女性が目の前にいて、


「やりたいんでしょ? ほら ちゅーしよ? ね?」


 年上のおねえさんが導くように囁いてくる。


「……で、でも……」

 ……これはリユニオンなんだ……ここでユニオンしちゃうとバッドエンド確定なんだ……だからここでの選択肢は……。


「ほら、ちゅう、ちゅー」


 ――もう心房玉乱〈しんぼうたまらん〉!!!


「……俺……俺、前から先生のことが…………――先生っ!」


 そう叫んで華奢な体を抱き寄せた。


 が。


『――なにやってんだてめえらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』


「え、あ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 こっぴどく怒られました。



 先生曰く、「本気ではありませんでした、深く、海より深く反省しています」とのことです。

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