第10話「閑話3」

「志津馬さん! 改装ですよ! 改装ですよ!?」

 わくぅわくぅっ!


 理科室の教壇前の机で寝ていた志津馬は、突然、間近で声がして目を開けた。


「え。……誰? 清純派ヒロイン? それとも清純派ヴィッチ……? 俺的には後者のほうが……でも王道も捨てがた……ねみ……」


 こんな白いワンピース着てる子、知らないんだけど。


「部長だよ! この作品のヒロインの部長だよ!!」


 さきほどまではお淑やかな美少女――丈の長い白のワンピースと、鍔が円状になっている帽子をかぶり、それらを抑えながら夏風と太陽を浴びて向日葵畑で心地良さそうに咲っているような――感じであったが、まるで変身したように、今はロングツインテールに鋭い目つきと、四コマ漫画にいそうなちんまい天才科学者の部長のようになっている。


「部長? ……部長って、あの……?」


 いや、どう考えてもこの人……。


「そうだよ部長だよ! お前がドぐされニブチンのおかげで一生幸せになれそうにない部長だよ!!」


「上埜〈うえの〉部長ですか?」


「そう! ――違う!」


 それなら怖ションするもう一人のロリがいるはずだ。彼女はどこに……。


「山し――」


「だまれ! たな――カレ――んがほ――うさ――み――ント・ア――ーノルド・シュ……――しゅわっしゅわのたぁん酸☆ ――シューベル――とぐ――サノ――スヴァルトアルヴヘイムでダークエルフの女の子たちとあんなことやこんなこと――――志津馬!!!」


「部長、最後のは誰の願望ですか?」

 褐色好きのおまいらですか? 


「――私だ!」


「それはそうと、キャラ変わってますね」


 yum-yum clum s(y)howder!!! (ウマウマクラムジャウダー)


「志津馬さん! 改装ですよ! 改装なんですよ!?」


 白ワンピとロングヘアーに戻った。


「リニューアルでもすればましになるとでも思ったんですか?」

 回送で始発駅まで運ばれてしまえ。


「志津馬君はなぜ、あの時、私の胸肉を鷲掴みにしたのかな」


 いつの間にかアンダーリムのメガネが装着されている。


「他に掴むものがなかったんで」

 然もありなん。然もあらばあれ。


「私と君は廊下の曲がり角でぶつかりそうになってしまった。いや、胸肉を介してぶつかったとも言えるかもしれないが、まあ、それは置いておこう。つまり君は、それを避けるため、仕方なく胸肉を掴んだというわけだな」


「そうです。あんまり胸肉胸肉言われると鶏肉〈チケィン〉! かと思いますが」


 部長は至極冷静であり、そこに怒りなど微塵も感じられない。志津馬にも感情の揺らぎなどはないようだ。


「そうか。なら仕方ないな」


 腕を胸の下で組んで深く頷いた。志津馬は強調された何かに視線を止めながら、


「身を護るために無意識に掴んだのは事実ですけど、掴む瞬間に……ラキスケや! これ絶好の言い訳ができる絶好の羅喜助や!! おっしゃやったるでぇえええええ!!! と思ったのは事実です」


 そこで部長の姿が消えた。


『――確信デッドエンド――』


「は? ――ヴァッ!?」


 尋問室〈楽屋〉に落雷のような必殺技が轟いた。

 ひんやりとした黒机で寝ていた志津馬は、口内にブラックテイルもんを突っ込まれ、ネコパンチによって即死した。命令を下したのは部長である。



 ――シヅマはしんでしまった! ――



 画面暗転。



 ………………。



 ――新しいキャラクターでゲームを始めますか? ――

 はい。


 ――名前を入力してください――

 志津馬。


 ――他の名前を入力してください――

 志津馬。


 ――他の名前を入力してください――

 志熊。


 ――他の名前を入力してください――

 シグマ。


 ――新しい名前を確認しました――

 ――ゲームを続きから始めますか? ――

 はい。



 ――ゲームスタート! ――


 ……。

 …………。

 ………………。


 後ろ首の中心付近に穴の空いた志津馬の死体を見下ろしていた部長の前に、突如として人影が現れた。

 シグマである。志津馬と全く同じ容姿だが、彼はエックスとゼロの宿敵、シグマである。(実は志熊理科だよ)


「一体どうなっている? 君は志津馬君の双子の兄か弟か?」


「俺はシグマです。志津馬の記憶を受け継いでいて……というか共有していて、志津馬禎生〈しづまていせい〉本人とも言えますし、そうでないとも言えます。個体名がシグマです」


 どこからともなく現れたシグマは、死亡した志津馬に近付いてしゃがみ、その体に触れ、


「シグマ? なぜ志津馬君ではないんだ? それにこれはいったいわぁああああああああああああああああああああああああ!?」


 すると死亡した志津馬の体や血液が尽く消え失せた。血の海となっていたところまで跡形もない。シグマの手や体に吸い込まれたように見えたが……。


「詳しいことは話せませんけど、シグマが嫌なら前のまま志津馬でいいですよ。というかそうしてもらったほうが俺もややこしくなくて助かります」


「なぜ話せない!? それに! それに! 志津馬君の死体はどこへ行った!?」


 さしもの部長も困惑している。と見せかけて、実はフリをして楽しんでいるだけなのかもしれない。そうだとすれば、彼女は(ぶっ)とんだ殺人者だ。


「禁則事項です(はーと)。前の志津馬は吸収しました」

 てへ、舌を出し頭をこつんと叩く。


「君に聞いても謎は解けないということか」


 そうだよ。メガネを取るとぶったまげるほど美人な、有り勝ちボーリング三七三ヒロインちゃん。


「すみません」


「君が謝ることではないと思うが……」


「確かに。部長が謝るべきかもしれません。俺をアルクみたいに一瞬で殺してくれたので」


 アルクというのは猫ではない。ウェブの辞書サービスか何かだ。志津馬のような疑問を一瞬で解決してくれる良いサービスらしい。


「それは……すまなかったと思っているが、君にだって非はあるだろうに」


 ぷんすかぷん! と部長は言った。


「すみませんでした。不埒な気持ちで胸肉を掴んでしまって……。お詫びと言っては難ですが、今度、竜田揚げがおいしいと評判のお店に行きませんか? もちろん俺の奢りです」

 唐揚げか、竜田揚げか。それが問題にゃ。by アルク(辞書サービスか何か)。


「それでは不埒な気持ちでないなら掴んでもいいと思っていることになるが?」


 アイアンクローの構え。しかしその実態はスネークバイトである。


「すみませんすみません。今のは言葉のあややです」

 アニメキャラがやるように手を前に突き出し、バイバイするように動かす。


 すると部長は悔しげに「ぐぬぬ……」と漏らした。


「なんだそれはちょっとかわいいじゃないかくそう」


「万人受けするキャラを狙っているので」

 えっへんと胸を張る。


「それなら少しは下品なネタを控えるべきだろう……」


「ふむ。やはり多かったですか。自重せねば……。てれりん☆」

 目に重なる形で横向きのピース。状態を反らしながら。


「それで? 君がアンドロイドみたいに舞い戻ってくる展開となったわけだが、それをどう扱うつもりなのかな?」


「えー……つと。どうやら思いつきで書いた展開らしいので、今のところ先のことは考えてないらしいです」

 マカヴォイみたいに額の横に二本の指を当てながら説明した。


「なんて衝動的な犯行なんだ! まったく!」

 ブルシット! 部長の口から出た言葉である。どこかの誰かはこの言葉をずっとブーシット(boo shit)だと勘違いしていた。


「今思いついた案だと、俺が変異体になって、相手側の味方になり、敵だった組織のリーダーを助けて、とりあえず大団円? みたいな感じになるそうです」


「それは最近やったゲームと同じだろう! まったく……これだからすぐに影響されるフラフラびっちは!」


 I'm BITCH……?


「とりあえず指示通り、回想でもやりますか」


「仕方ないな。では手短に済まそう」


 そう言って、シロクマファイルを開いた。


「えーっと。俺が部活見学をしながら談話部の部室――今は使われてない第二会議室に向かおうとして、上級生に目をつけられないために教室を避けようとした結果、部長と衝突、胸肉を掴んで唐揚げ――じゃなかった竜田揚げにしてしまって、部長にコークスクリューパンチで殴られて錐揉み回転して気絶。その俺を部長が誰にも気づかれず第二会議室まで運んで、ってここから部長が説明します?」


「いいだろう。第二会議室まで志津馬君を運んだ私は、少々猫をかぶっていて、気がついた志津馬君の前で普通の人を演じた。そして談話部の話をし、志津馬君を勧誘し、君は入部を決めた。私は入部届を君から受け取り、下校の時間なので帰宅しなければならない旨を君に告げる。はい、志津馬きゅん」


「キモイっす。俺は先生に入部の報告をしなければいけなかったので、部長と別れて第二会議室を出た後、三枝先生のいる職員室に向かった、と、こんなとこですかね」


「そんなところだ。ノースカロライナはな」


 What is North Caroli……Caroline? It is the Ingalls's family……?


「そういえば、部長との会話と入部のところまで一気にやってしまいましたけど、よかったんですかね?」


「いいんだよ。続けて私と君の回では、飽きが来てしまうだろうからな」


 ふむ、と言って、


「そんなもんですか」


「そんなもんだよ。この作品はな」


 えぐざくと……。エグ……ザク……エグ……ザク……。エグザスと物愛〈モノアイ〉ファクトリー? ザクッ! ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 俺の高機動型ゲルググがぁああああああああああああああああああああ!!!


「ところで部長、お願いがあるんですけど」


「なんだ? 運が良ければ聞いてやらないこともないぞ」


 噛み付くような猛烈なKissをしてくれ、と志津馬は言った。


「もう一回最初の、改装ですよ! っていうのやってもらえません? 一回でいいんで」

 少しの沈黙もなく、

「ええで」

「軽っ! まじですか!?」

「うん」

 そう聞くと、志津馬は小躍りし始めた。


「わーい! 部長の変なところが見られるぞー! みんなも目かっぽじってよく読むといいよー! うほほほーい! うほほーい! とぽぽぽーい!」



「――確定デッドエンド――」


「えヴァッ!?」


 志津馬は百八回死亡した。

 シグマになった。



 レミントン♪ レミントン♪

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