第48話 ライヴ開演

如月と神楽が数秒抱き合ったところで神楽が切り出す。

『上官が囮になって行ってしまったの、あなたたちの作戦で

なんとかなるかしら!』


『囮?なんで一緒にこなかったっすか?』


『追われていたから一緒に入るとあなたたちを危険に晒すって』


『私たちはライヴやってゾンキー集めて吹き飛ばすだけだよ』


『う・・・うん・・・何か上官を救うきっかけになるかも

・・・直ぐ始めましょう!』


『いあ、あの、スピーカーを外に向けたりとか・・・

そういうのわかる人が来るとか思ってたんだけど・・・。』


『大丈夫ですわよ、私の端末に全部入ってますわ、

準備してミントちゃん、あとお2人も!お願い!』


『パイです、パイ・ロンです』


『羽鐘っす』


『私は端末でスピーカーの準備しますので、ミントちゃん、

パイさん、羽鐘さん、お願いします!』


神楽はスタジアムの壁に向かって走り、以前連絡を取り合った

ヘッドレストのある場所へと走った。

辿り着くとポケットからスマホサイズのタブレットを出し、

ヘッドレスト用のモニターから引き出したコードで繋いだ。

『さすが超防水!問題なさそうね』

指が30本あるかのようなもの凄い勢いでタブレット操作を行い、

モニターの上にあるスイッチを押すと小型のキーボードが出てきた。

身体を小さく丸めて神楽はキーボードをツツツと叩き出す。

ここで指が300本に見えた。


『あ、あのう、忙しいところすまん、虎徹と申す。』


神楽はキーボードを叩きながら軽く横を向くと、虎徹に目を合わせて

『神楽です・・・よろしくお願いします』と挨拶をした。

続けて『上官の元上司としての楽しい話をお聞きしたいのですが、

今は早くライヴを開始して上官を救うチャンスを作りたいのです。』

と言ってモニターに視線を戻した。

『わかっておるよ、無事だと良いな』


『ここに来るまでに・・・3人失いました・・・

虎徹さん・・・助けてください・・・』


『年寄りにまだ働かせようってのか?ほっほっほ』


『ふふふ・・・』


---------------------


『みんな!準備して!神楽さんがスピーカーの準備できたら、

大音量でライヴ開始よ!』


『オッケーっす!なんかワクワクしてきたー!』


『スティールちゃん、真剣にね、ここからは命がけで・・・

申し訳ございません・・・・。』


『パイロン、緊張しないで、スラックススラックス!』


『ジュボンだそりゃ!』


『ジュボンってなんすか?』

『パイロンが噛んだ!あはははは』

『うるさい!緊張してて申し訳ございません!』

『ジュボンってなんすか?』

『大丈夫だから、パイロン、落ち着いて・・・・

あ、そうだ、落ち着くってのはさ、落ちて着くって事だよね?

どれくらいの高さから落ちるわけ?高さによっては死んで到着じゃん?

死んで到着って意味なくない?』

『そうね、ジュボンとはかけ離れたけど確かにそうね』

『ジュボンってなんすけ?』


『なんすけー』『なんすけー』『なんすけー』『なんすけー』

『なんすけー』『なんすけー』『なんすけー』『なんすけー』

『なんすけー』『なんすけー』『なんすけー』『なんすけー』


『しつこっ!2人ともめっちゃしつこいっすよ、

噛みました噛みましたハイハイ。』


『ま、いっか!それぞれ楽器の調整とかしてね、水とか食料とか、

長く歌う事になるかもだからね』


『いいんかい!』『いいんかい!』


---------------------


『これで全部のスピーカーを動かせるはずだけれど・・・』


神楽は画面に映った角度の調整に数字を入れてエンターキーを

弾くようにパァン!と叩いてキメポーズとした。

キーボードを早く打てない人間が見て一番ムカつくアレだ。

通常はスタジアムの中に向けて音を発するスピーカーだが、

外を向けることも可能だった。

もちろんスタジアム内部にもコンソールボックスや操作パネルは

あるはずなのだが、あったところで如月たちが分かるはずもない。

そういう理由で操作できる人間を待っていたわけだ。


『準備オッケーでーす!』


『はーい!』如月たち3人が返事をし、周囲の機器のスイッチを入れ、

最終的な準備に取り掛かる。


その間に虎徹が神楽を軽四で迎えに行き、そのまま車用の出入り口を

開けるために扉へ向かう。

『虎徹さん、ここは私が・・・・』


『うぬ、開けたらなだれ込んでくるわけではないが気を付けろ。』


車を降りた神楽が観音開きする車用の大きなドアを開けた。

周囲にゾンキーは見当たらなかったが、急いで車に乗りこんだ。


『よし、神楽とやら、これからはあの子らが歌ってゾンキーを引き入れる。

たまりにたまった時点で、不思議な声の力で吹き飛ばす。

夢のような話だが本当の作戦だ、これしかない。』


『ゾンキーとは感染者のことですね、なぜ彼女らはここまで?』


『生存者を救いたいのじゃろ、あの子ら全員親を亡くしてしまったんじゃ、

同じ思いをする人を少しでも減らしたいのじゃろうて。

・・・その感染者であるゾンキーが集まることで力が増し、

あの子らのステージが壊される可能性がある、

我々は2人でステージの上からやれる奴をやる。』


『わかりましたわ』


『上手くいくかはワシもわからん、ゾンキーの死体が積み上がることで、

次に集めた時にはステージに上がって来るやもしれん』


『は・・・はい・・・』


『出たとこ勝負じゃ、逃げるなら引き止めん、どうする』


『上官はあの子らが希望だと言っていました、私も信じます』


『よし、ステージへ行くぞ』


---------------------


『神楽さんオッケーですか?』

車から降りて歩いてきた神楽に如月が確認した。


『オッケーですわよ、少し音出してみてくれます?』


『はい、じゃぁみんないい?』


『うん』『いいっす!』


『ワン!ツー!ワンツースリーフォー!』


ズズタタズズタタ・・・小気味よくパイロンのスネアドラムから

ゆっくりとスタートした。

スピーカーからは側に設置したマイクを通して、しっかりと音を

外に向けて奏でていた。『いいわね・・・じゃ、ボリューム上げるから、

いい?思いっきり聞かせてちょうだい!』

そう言うと神楽はボリュームをMAXに設定した。


ここでマイクに向かって如月がスネアドラムをバックに話し始めた。


『ゼウスで今、生存している皆さんにお伝えします!

私たちは今、大音量でライヴをして、ゾンキーを誘い出します。

誘い出したらスタジアムに集めて頭バーンします。

隠れている方はどうかそのままで!戦っている方はもう少しの辛抱です!

周囲からゾンキーが消えたら安全な場所へ避難してください!

ゼウスのみんなーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

がんばろーーーーーーぜ!!!!!!!

それでは私たちオキシダイズが歌います!

FLY Me to the MOO---------------N

いくよっ!ワン!ツー!スリー!フォォオ!』


ズッズッターンツタツッターーーン!

Fly me to the moon

Let me play among the stars

Let me see what spring is like

On a-Jupiter and Mars

In other words, hold my hand

In other words, baby, kiss me


Fill my heart with song

And let me sing for ever more

You are all I long for

All I worship and adore

In other words, please be true

In other words, I love you


Fill my heart with song

Let me sing for ever more

You are all I long for

All I worship and adore

In other words, please be true

In other words, in other words

I love you


軽快なドラムと三味線のリズムに乗せて、

一曲歌いきる頃には2~30体のゾンキーがスタジアムに

入ってきていた。これくらいの人数ならと、虎徹が前に出て

数体のゾンキーの首を自慢の刀で跳ねて行った。


2回目に入る前に演奏で時間を繋ぎ、如月が水を一口飲んだ。

Fly me to the moon

Let me play among the stars

Let me see what spring is like

On a-Jupiter and Mars

In other words, hold my hand

In other words, baby, kiss me


オキシダイズの初ライヴは一曲しかないが、繰り返し繰り返し

大音量で行われた。ゾンキーも次々に集まってきたようだ。

開けてある大きな入口から、濁流が流れ込むように入ってくる。

『かなりの数じゃ!ワシは引くぞ!』


『虎徹さん急いで!』

神楽が声をかけ、ステージ上から手を伸ばす。

その手に飛びつき神楽は堪え、虎徹はなるべく負担をかけないよう、

スタスタと上ってきた。


Fill my heart with song

Let me sing for ever more

You are all I long for

All I worship and adore

In other words, please be true

In other words, in other words

I love you


依然としてライヴが続行される。

集まったゾンキーはざっと300体程だろうか、

思っていたより集まり方が弱いものの、

実際300体ものゾンキーの集団を目の前にすると、

恐怖を感じずにはいられない。

そして悪臭が凄まじく、満員電車で味わう隣のおっさんの吐く息や、

洗ってない入れ歯を1週間したままのババァの息を

顔面に浴びるよりももっともっとドギツイ臭いで、

悪臭と言う一言では語りつくせない程だった。

300体でこの悪臭ならここをいっぱいにしたらどうなるんだ?

口にださずとも5人はそう感じていたのだった。


(行く?)

羽鐘が如月を見て口パクでそう言うと、自分を指さして見せた。

しかし如月は歌いながらも左手の手のひらを羽鐘に見せて、

【待て】の合図を取るのだった。

これからまだまだ集まるだろうゾンキー。

その時に喉が潰れていては皆を危険に晒す・・・

そういう考えあっての【待て】だった。


Fly me to the moon

Let me play among the stars

Let me see what spring is like

On a-Jupiter and Mars


ループボタンを押したかのように何度も繰り返し歌った。

スネアドラムを叩くパイロンにも疲れが見え始めた。

気づいた如月がリズムに乗ったまま歌うように

『パーイロンはーすこーしやっすみなーさーい♪

しーばらくーしゃみせんーぱーとにするー♪』


ベンベベベンベンッベベべンベベベンベベンベン♪


小気味のいい三味線ソロが始まった。

今仕事の無い羽鐘は、パイロンの休憩のために、

スポーツドリンクを用意して、タオルで汗を拭きとり、

食べ物を渡したりサポートに回った。

『ありがとうスティールちゃん、今はやることないけど、

焦ったり腐ったりしないでね、あなたは大事な武器だから、

その時が来るまでちゃんとして!いい?』


『ええ、少し・・・あの・・・やることなくて凹んでました』


『だと思った、信じなさい私たちを・・・・友達でしょ?』


『はい、そうっすね!』


ベンベベベンベンッベベべンベベベンベベンベン♪


ロックしか聴かないと言う人でも『いいなぁ』と

思わず言いそうな気持ちの良い三味線サウンドが鳴り響く。

弾いているのは【津軽じょんがら節】

即興で如月流にアレンジされており、ところどころ聞き覚えのある

フレーズが入り込んでいてとても面白い曲調となっていた。


ゾンキーにもそれがわかるかのように、スタジアムの客が

一気に増え、先に入り込んだゾンキーたちはステージに辿り着き、

ステージ下から手の伸ばして、応援するファンのように

アーアーと声を発していた。その姿は少し滑稽にも見えた。


Fly me to the moon

Let me play among the stars

Let me see what spring is like

On a-Jupiter and Mars

In other words, hold my hand

In other words, baby, kiss me


その時は突然に来た。

如月の左人刺し指がゾンキーの集団にビッシィ!!!とむけられた。

行けの合図だった。


羽鐘はそれを見逃さず一歩前に出て一気に放出した!!!

『フルアァアアアアイイィビーーーーー!!!!

トゥザブゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!ン』


ステージ前面に置かれた巨大なスピーカー4つ、

スタジアムに取り付けられたスピーカー数十個。

これらのスピーカーから飛び出すような

羽鐘の鍛え上げたデスボイスがゾンキー数百体に降り注ぐ!

ゾンキーの歩みが止まり、一斉に痙攣をおこし、眼球を破裂させて

次々と倒れていった、まさに地獄の光景・・・。

死の声の威力は破壊力抜群だった。

それは外のゾンキーにも効果があった。


驚いた顔で見ているのは神楽だ。

『なにこれ、これが作戦ってやつなの?』


『そうじゃ、すごかろ?連発はできんがな、

これが我々の希望じゃよ』


『・・・』

神楽は言葉を失った。

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