第31話 復讐の意味

 アーヤム、シエロ、そしてその手下たちが去った後。Qとイーグルは小屋の中でうなだれていた。拘束がきつく、どんなに暴れても縄は解けそうになかった。

「困ったな」

 イーグルが呟いた。彼と少し離れた場所で柱にくくられたQも、最初はどうにか縄を解こうと躍起になっていたが、今はただぼーっと足元を見つめていた。

 目の前でレイが攫われた。何もできず、その様を見ていることしかできなかった。    

 無力感が、二人を支配していた。広大な農地の真ん中にぽつんと建つ小屋の中で、いつ助けが来るかもわからなかった。

「こういう時は、焦っても仕方ない。だれかが来るのを待とう」

 イーグルはそう言って目を閉じた。余計なエネルギーはなるべく消費しないようにしたかった。

「……来るといいですけどね」

 Qは口を尖らせた。




 レイは目隠しをされて運ばれた。どうやら馬車に乗せられたようだった。度々、しなる鞭の音が聞こえてきた。聴覚だけが、今の彼の頼りだった。

 やがて馬車が停車し、レイは体を持ち上げられた。どこかの建物に入ったみたいだった。鉄の板を踏みしめる音がして、かびの臭いが鼻をつくようになった。地下に降りているのだろうか?色々考えを巡らせるが、はっきりした現在地はわからなかった。

 不意に、体が地面に投げ出された。鍵が閉まる音がして、足音が遠のいていった。閉じ込められたのだ。周囲の空気はひんやりとして、床は冷たかった。

 何も見えない。物音もしない。閉ざされた空間で、レイは孤独を感じた。




「Q。暇つぶしに付き合え」

 イーグルが目を閉じたまま言った。Qはだらりと床に向けていた顔を上げた。小屋の中で、どのくらい時間が過ぎたのだろう。体が縄に締め付けられて、頭がぼーっとしていた。十分経ったのか。一時間か。それ以上か。定かではなかった。

「いいですよ」

 Qはなげやりな調子で答えた。何かで気を紛らわせたかった。

「お前、復讐したい奴がいるから殺し屋になったって言ってたな」

 それを聞いて、Qの頭は一気に冴えた。手汗が滲んできた。

 一体、何を聞こうとしている?復讐の相手か。それとも、なぜレイに弟子入りしたか、とか……。

 こわかった。何を聞かれたとしても、上手く答えられる自信がない。レイと親しい関係のはずのこの男に、正面切って打ち明けられる秘密など、一つもなかった。

「お前が復讐したい、つまり殺してしまいたい相手のことだが――」

 彼の言葉に、心臓が跳ね上がった。胸がぎゅっと苦しくなる。それ以上訊くな。息が荒くなる。落ち着こうとすると、余計に呼吸が乱れる始末。

「……まあ、それはどうでもいい」

 Qの心臓が一瞬止まった。止まってから――深く長い息を吐いた。彼女を、束の間の安堵感が包んだ。

「瀬名の娘も言っていたが、復讐を終わらせたらお前はどうするつもりだ?」

「……わかりません」

 イーグルは、歯切れの悪い物言いをするQを見た。

「悪いことは言わない。復讐なんてやめておけ」

 彼の、無責任とも取れる発言に、Qはいらついた。

「なんですかそれ。事情も知らないで、適当なこと言わないでください」

「じゃあ事情を話してくれ」

「それは出来ません」

「Q。人に話せないような動機を抱えて、いつまで生きていくつもりだ」

 そう言われて――Qにはわからなかった。つい先日、レイとの実力の差を思い知らされたばかりだったのだ。彼を打ちのめし、その命を奪えるようになるのがいつなのか、見当もつかなかった。

「お前、復讐に囚われた生き方をしていて楽しいか?生きててよかったって感じるか?」

 そんなわけなかった。汚い場所に寝泊まりして、自分を狙う敵の影に怯えて、殺し合いで命をすり減らして――こんな生活の、何が楽しい?生きるか死ぬか、常にそれが後ろをつきまとう人生で、何を喜べばいい?

「復讐を考える気持ちは……よくわかる」

 イーグルはしみじみと言った。

「暗い感情の渦に、強く心を突き動かされているんだろう。憎しみや怒りは、大きな原動力になるからな。そうやって、憎悪の炎が燃え上がっているうちはいい。だが、復讐を果たせば、その炎もやがて消える。そうして、今まで生きてきた目的を失った時、自分の大切な人が戻ってこないことを、改めて気づかされるんだ」

 彼は、自分のことのように――彼の思い出を語るように話した。

「そして……今度は、自分が追われる番になる。お前が殺した相手にも、お前と同じように友人が、家族がいる。そいつらは、お前のことを殺したいほど憎むはずだ」

 Qは、

 イーグルの顔を見ることが出来なかった。

「燃え尽きたお前は、その憎悪を受け止め切ることができるか?相手を跳ね除けるだけの力が、その時の自分に残っていると思うか?」

 イーグルは――必死だった。

「Q。お前はまだ若い。足を洗え。まだ間に合う」

 彼はそう言って、Qの顔をじっと見つめた。

 Qは、

「……やめようと思ってやめられるような仕事じゃないんでしょ」

 彼女は珍しく、子どものように屁理屈を言って、口を尖らせた。

「それを言うな」

 イーグルは、困ったような顔をして笑った。


 ……おーい!

 小屋の外から、誰かの声が聞こえた。二人は開け放たれた扉から外を見た。

「おーいマルタ、大丈夫か?小屋が大変なことになって――て、おまえら誰だ?」

 鍬を担いだ作業着姿の男が、二人を怪しむように覗いていた。

「マルタなら誘拐されたよ」

 と、イーグルはにやりと笑って言った。

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