第30話 再会

「おい、どこに行ってたんだ二人とも」

 Qとイーグルがアパートに戻ると、部屋で治療の準備をしていた白髪の髭男――ルーカスが二人を睨んだ。

「武器の調達だ」

 イーグルはそう真顔で言い放ち、Qをベッドの上に寝かせた。「どうせ何か食いに行ってたんだろ」と、ルーカスは口を尖らせた。

「ルーカスさん、無事だったんですね」

 横になったQはルーカスを見て言った。「何とかね」と笑う彼はQの腹部を確認すると、銃弾の痕が残る部分を消毒し、新しい包帯を巻いた。

「そうだ。あいつから連絡がきたぞ」

 ルーカスはポケットから封筒を取り出して見せた。イーグルはそれを手に取り、中を開けた。中には地図が入っていて、余白に暗号めいた記号が羅列されていた。

「どうやら、あいつは街の外れの畑に身を潜めているらしい」

 イーグルは地図をテーブルの上に広げて、暗号が示している場所を指差した。

「明日出発だな」

「ルーカス、お前はここにQと残れ」

「私も行く」

 Qがベッドから起き上がってイーグルを見た。

「その身体で行くつもりか」

 イーグルは低い声で、彼女を威嚇した。

「そうよ」

「明日は抱っこしていくつもりはないぞ」

「その方がうれしいわ」

 二人はお互いをじっと見つめた。退く素振りのないQを見て、イーグルは「好きにしろ」と言い放ち、ソファに身を投げ出した。

 夕焼けのおだやかな光が、部屋に差し込んでいた。




 港の近くにある高級ホテルの一室。ベッドの上で、男が目をつぶり、じっとしたまま動かないでいた。廊下の方から物音がして、部屋の扉が開く。赤毛の少女が笑顔を振りまきながら入ってきた。

「ただいまお兄ちゃん」

 入り口に背を向けた短い黒髪の男は、ゆっくり目を開けた。

「……シエロ。どうやって鍵を開けた」

 内緒、と笑う彼女は、男の隣に座った。

「何してたの」

「精神統一だ」

「ふーん、せいしんとういつ……」

 シエロは、ベッドの隣のボードに置かれた女性の顔写真をちらりと見た。

「お母さんの写真見て、何考えてたの」

 そう言って、男を睨む彼女。男は静かに目を泳がせた。

「お兄ちゃんにはこれあげるから。こっちを飾っといてよね」

 シエロは自分の顔写真を取り出し、男の手に握らせた。

「じゃあね、おやすみ」

 彼女は男の頭をポンポンと叩き、部屋を出ていった。男は、無理やりプレゼントされた妹の写真を見た。両手でピースをした、満面の笑みの彼女が写っていた。

 男は窓の外を見た。空はすっかり暗くなり、遠くに見える灯台が海へ光を投射していた。




 翌日。早朝にアパートを出発したQとイーグルは、昼前に目的地に到着した。街の外に広がる麦畑の真ん中に、大きな家と小さな小屋がぽつんと建っていた。

 二人は小屋の方へ近づき、扉をノックした。すると、中から帽子をかぶった赤ら顔の男が顔を覗かせた。彼はQとイーグルを見ると低い声で、

「……入れ」

 と、二人を手招きした。中に入ると、男は扉に仰々しい見た目の鍵をかけ、Qの方を見た。

 男はいきなりQに掴みかかった。驚いた彼女は拳を構えたが、

「……Q、無事でよかった」

 聞き覚えのある澄んだ声に表情を曇らせた。

「……師匠。みっともないので離れてください」

 農夫に化けたレイは、Qをぎゅっと抱きしめて離さなかった。Qがうんざりした顔でイーグルを見たので、彼はレイをQから引き剥がした。

「何するんだ」

「それはこっちの台詞だ」

 レイとイーグルは顔を近づけて睨み合った。無言のまま、二人は顔を背けた。レイは顔に貼り付けた偽の皮膚を剥がすと、タオルを濡らして顔を拭いた。いつもの、赤い眼をしたレイの姿が現れた。

「……お前、大丈夫か」

 イーグルはレイの体を見た。腕、脚、胴体など至るところに包帯が巻かれていて、いくつか血が滲んでいるものもあった。レイは涼しい顔をして、

「まあまあかな。奴ら、結構しつこくてね。僕も逃げるのに苦労させられたよ」

 余裕ぶって答えた。

「それで……これからどうするんですか、師匠」

「そうだねえ。ここもいつ見つかるか時間の問題だし、早く次の住処を探したいんだけど」

 彼らがそんな会話をしていると、小屋の天井ががたがた揺れた。

「何だ?」

 イーグルが上を見上げる。屋根の上で、何かがころころと転がる音がした。

 次の瞬間、轟音と共に天井が爆発した。木造の屋根は木端微塵に吹き飛んで、ぽっかりと大きな穴があいた。屋根の上から、眼帯をした背の高い男が顔を覗かせた。

「アーヤム・瀬名……!」

 イーグルは素早く銃を構えた。アーヤムはそれを見て、上着のボタンを外すと、中を見せた。ジャケットの内側に、大量の手榴弾が吊り下げられていた。

「ちっ」

 撃てばこのままお前たちも共倒れだ、という彼の無言の圧力だった。無表情で三人を見下ろすアーヤムの後ろから、赤毛の少女がひょっこり顔を出した。

「シエロ!」

 Qが驚いて声を上げた。

「Q、ごめんねー。こっそり尾行させてもらったよ」

 彼女は顔の前で手を合わせ、舌を出した。どうやら、アパートからここまで後をつけられていたようだ。おそらく、昨日喫茶店から帰る時も尾行されていたのだろう。

 三人が屋根の上に注意を引かれているうちに、小屋のドアを蹴破って、男たちが侵入してきた。彼らはQとイーグルを縄で縛り、小屋の柱にくくりつけた。

 アーヤムが天井から飛び降り、小屋の中に降り立った。彼は、レイも同じように縛り上げ、外へと引っぱって行った。

「師匠!」

 連れ去られるレイに向かってQは叫んだ。アーヤムたちは二人を残し、どこかへ去っていった。無惨に破壊された小屋の中で、Qとイーグルは何もできず、ただ見ていることしかできなかった。

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