第27話 瀬名一族
港には、積み荷を降ろして保管するための倉庫がいくつも並んでいた。イーグルはそのうちの一つに逃げ込み、コンテナの中へ身を潜めた。
「一旦下ろすぞ」
彼はQの体を下ろし、ゆっくりと手を離した。彼女はコンテナの床面に座り込んだ。
「ありがとう、えっと……イーグルさん」
「呼び捨てで構わん」
彼はコンテナの影から港の方を見た。追手はまだ来ていないようだった。
「あのヤブ医者も無事逃げたことを願おう」
彼はコンテナの中に戻り、腰を下ろした。ホルダーにしまっていた銃を取り出し、弾が装填されていることを確認して、
「使え」
Qに差し出した。
「撃ったこと、無いの」
「何だと?」
イーグルは眉をひそめた。
「それでよく殺し屋が勤まるな」
「師匠が武器を使わないから、私も……」
それを聞いて、イーグルは手に持った銃に視線を落とした。
「……そうだったな」
彼は銃を腰につけたホルダーに戻した。
「そういえば、あいつはそういうやつだった」
二人はしばらく、コンテナの中で息を潜めた。倉庫の周囲で、何やら男たちの怒鳴り声が聞こえる。
「イーグル。ここは一体どこなの」
「リバーサイドの港から出航して丸三日、海を北に進みつづけた場所。それがここだ」
丸三日――。エラルドの屋敷がある街から、ずいぶん遠くまできてしまった。そうQは思った。
「あなたとあの髭の人は、師匠の仲間?」
「……まあ、そんなところだ」
イーグルは答えを濁した。
「Q。外の様子が落ちつき次第、この港を抜けて、あの髭男との合流地点に向かうぞ。お前の師匠を探すのはそれからだ」
「探すって、あなたは師匠の居場所を知らないの?仲間なのに」
Qは訝しむ目をイーグルに向けた。
「あの髭から聞いてないのか?お前の師匠は今、殺し屋から必死に逃げ回っている真っ最中だ。だから俺たちも、あいつの正確な居場所は知らない」
生きてるといいが、とイーグルは呟いた。
「ねえ、イーグル。私たちは、何で追われてるの?あいつらは何者?」
Qはすがるようにイーグルの目を見た。
「お前らが敵に回した相手のことを覚えていないのか?」
敵?
敵って、誰のことだ。もしかして、ウォッチャーか?と、Qは首を捻った。確かに彼は腕利きの殺し屋だったが、レイによって退けられた彼の報復のために動く者たちがいるような相手とは思えなかった。
「……お前、本当に何も知らないのか。いいか、お前の師匠が病院送りにして、刑務所生活を確定させたあの子どもは、殺し屋・瀬名一族の末っ子だ」
「瀬名一族?」
「ああ。特にあのウォッチャーという坊主は、
「……でも、私がウォッチャーの素性を知らなかったとはいえ、師匠が気づいていなかったとは思えません。なんで、そんな奴を敵に回すようなことを――」
「決まってる。お前が、自分の目の前で撃たれたからだろう」
イーグルはきっぱりと言った。
「あいつはそういう男だ」
そう言って彼は銃を取り出し、安全装置を外して敵に備えた。
Qの頭に、レイの顔が浮かんでいた。
ヘレネの姿に扮装し、クロネの目の前でリールを痛めつけるよう指示した張本人。私に、リールのことを手にかけさせた男。
それを思い出すほどに、Qの胸の奥でぐつぐつと煮えたぎる何かがあった。仕事に関わる命令とはいえ、自分にそんなことをさせた彼を、許そうとは思えなかった。
カカカカカカン!
突然、コンテナの壁に衝撃が走った。
「ちっ、気づかれたか」
イーグルは舌打ちした。さっきのは、コンテナの表側に銃弾が命中した音だろう。
「Q。あいつらがいるのとは反対側から出て、そのまま逃げるぞ」
彼は再びQを抱きかかえ、コンテナを跳び出した。倉庫の出口に向かって走りだすと、後ろで爆発音がした。
振り返ると、先ほどまで中にいたコンテナが、宙を舞っていた。コンテナは二人の頭上を越え、倉庫の隅に不時着した。
二人が向っている倉庫の出入り口とは反対側。そこに男が一人立っていた。身長が高く、短い黒髪で、十字架の模様が入った眼帯をつけている。両手に手榴弾を握りしめて、器用な手つきでピンを抜いた。
「まずい――」
イーグルは全速力で走りだした。眼帯の男が手榴弾を放り投げるのが、Qから見えた。二つの爆弾は放物線を描き、イーグルの前に落ちた。二人の目の前で閃光が走る。小さな物体は、勢いよく爆発した。道の舗装が砕け散って二人に降りそそぐ。
咄嗟に物陰に隠れた二人は、何とか爆発から逃れた。イーグルは再び走りだした。倉庫地帯から抜けると市場に出た。二人は人混みに紛れて、追跡を振り切るように進んでいった。
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