第21話 挑発
それからあっという間に三日が過ぎて、パーティー当日となった。開場は五時からだったが、本館二階の大広間は早くから人で埋め尽くされていた。来場予定者のほとんどはもう揃っていた。
会場には至る所に装飾が施され、円形のテーブルがいくつも並べられていた。厨房では、臨時で雇った料理人たちが慌ただしくしており、ウェイターは厨房と会場を何度も往復していた。会場内、会場前の廊下、邸内入口、屋敷の門と、警備が固められ、怪しい人影に目を光らせていた。どれも、リールが式のために準備したものだった。
「警備の量は増えたが、侵入者にはエラルドの息がかかっている。うまく視線をかいくぐってやって来るだろう」
レイは会場の隅から全体を見渡していた。招待客は皆、高そうな服、アクセサリーを身につけ、交流にいそしんでいた。
「Q。敵の数は不明だし、なんなら子どもの可能性もある。注意してくれ」
彼の隣で下を俯くQは、返事をしなかった。
レイはQを一瞥してから、人の海に潜っていった。Qはその場から動かなかった。顔色は優れなかった。
「9、大丈夫かい」
会場の様子を確認していたリールが、一人佇んでいる彼女を見つけて歩み寄った。リールに気づいた9はビクッと体を震わせた。
「……大丈夫です」
声が掠れていた。リールは心配そうに、
「君、やっぱり人混みはあまり得意じゃないんだね。無理はしないでくれ」
彼は、彼女の肩にぽんと手を乗せ、戻っていった。
祝賀会が始まる直前まで、Qは壁のそばでじっとしていた。
式が始まり、エラルドをはじめとする要人たちがスピーチをした。会場の雰囲気は緩く、スピーチの最中も各々が喋ったり、料理をつまんだりしていた。
和やかなムードで会は進行していったが、それに反してレイは感覚を研ぎ澄ませ、不審人物がいないか目を光らせていた。入場前に手荷物検査はしているが、相手が体のどこかに凶器を忍ばせていないとも限らない。彼は気配を殺して、会場の中を巡回した。
「レイ」
スピーチを聞いていたクロネが、レイのもとに来た。
「どう?怪しい奴はいた?」
「いえ、まだです」
「そう。私、お手洗いに行ってくるから」
「クロネ様、ではわたくしも――」
「大丈夫よ、すぐ戻るから。あなたはここにいて」
そう言う彼女を、レイは渋い顔をして見送った。どう考えても、クロネを警護しについて行った方がいいに決まっていた。彼は仕方なく、会場を去るクロネを見て動き出そうとする者がいないか、じっと観察していた。
「あら、9」
クロネが化粧室に入ると、洗面台で手を洗う9がいた。
「クロネ様」
9は俯いたままだった。
「式の運営の方は順調?」
「はい。リール様が砕身していますから」
そう、とクロネは壁にもたれた。そういえば、9とはあまり話したことがないと、彼女は気がついた。
「クロネ様はどう思われますか?」
「何が」
「今回のパーティーについてです」
「タイミングは悪かったけど、まあそれは仕方ないわね。こうした催しは、私たちにとって不可欠なものだから」
「でも、すごい素敵な会になりそうです」
「かもね」
「リール様は、この三日間、本当に頑張っていました。祝賀会をよりよいものにしようと。もちろん安全面も。エラルド様にかけあってなんとか警備の数を増やしたんです」
「そうね、まあ彼にしては頑張ったんじゃないかしら」
「……彼は、あなたのために頑張ったんだと思いますよ」
9は蛇口の栓を閉めた。手の水を切る。クロネは、なんとなく彼女と目を合わせたくなかった。9はそのまま個室に入った。クロネは鏡の前に立ち、化粧直しを始めた。
レイには「ついてこなくていい」と言ったものの、鏡の前に一人立つ自分の姿を見ると、クロネは自分が不安な表情をしていることに気づいた。
――だめ。私がそんなんでどうするの。明るく振る舞わなきゃ。
それこそ、リールが根を詰めて式の計画を進めたのだ。無下にするようなまねは……。
「あら、クロネ・エルフリート様ですね」
個室の扉が開いて、中から茶のくせっ毛の女が出てきた。クロネの隣の洗面台に立ち、鏡越しに彼女を見た。
「……失礼ですが、どちらさま?」
「ヘレナ・ブラウンよ。以後、お見知りおきを」
ブラウンと聞いて、クロネは察した。ワインの卸業者として近年勢力を増してきたミスター・ブラウンの娘のようだ。エラルドが彼女の父とずいぶん懇意にしているのを、クロネは思い出した。
「エルフリートと言えば、ワイン醸造所の計画をおしゃかにした、あのエルフリート家のお嬢様ってことね」
ヘレナはにやにやしながら嫌味を垂れた。クロネは気にも留めず、
「ええそうよ。知ってくれてるのね、どうもありがとう」
「あらあら、愛想もへったくれもないのね、あなた。そんなだから、エラルドのお坊ちゃんにも見放されるんではなくて?」
化粧道具をポーチにしまうクロネの挙動がぴたりと止まった。
「ずいぶんと知ったような口を利くのね」
「まあ、あなたが何も知らないだけでしょ?彼、この屋敷の使用人とずいぶん仲がよさそうだったわよ。だって私、最初はあの使用人の子がエルフリートだと勘違いしたくらいだもの、ほほほ!」
ヘレナは勝ち誇ったような表情で笑った。クロネは自分の顔が曇っていくのを制御できなかった。
「……そんなの関係ないわ」
「関係ない?本当に言ってるの?落ちぶれたあんたのことを、街一番の権力者の跡取りが相手にすると、本気で思っているわけ?まったくお笑い草ね」
ヘレナはクロネの後ろに立ち、彼女の肩から顔を覗かせた。
「いい?私の父は、エラルドととても仲がいい。そして、その二人には、年頃の息子と娘がいる。それが何を意味するか、あなただって分からないはずないでしょ」
「……わざわざそんなことを私に言ってどうするの。何が目的?」
クロネはもう、あきらかにヘレナを睨みつけていた。ヘレナはにやりと笑って、
「そうね……少しお話しましょうよ。だれの邪魔も入らないところで、私たちの今後について、ね」
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