第18話 侵入

「クロネ様はここにいてください」

 ベッドの上の彼女にそう言って、レイは廊下へ飛び出した。廊下には、窓ガラスの残骸が散らばっていたが、人の姿は見当たらなかった。割れた窓から外を覗いてみたが、誰もいない。――妙だ。不意に、レイは足元に転がっていた大きな石を気づいて、はっとした。

「陽動か――」

 彼は急いでクロネの部屋へ戻り、扉を開けた。中にはクロネと、もう一人――小さな人影が揺らめいていた。

「動くな」

 レイはナイフを取り出して威嚇した。侵入者は、怯えたクロネの方からゆっくり顔の向きを変えた。相手は銃を持っていた。

 侵入者がレイの方へ銃を構えようとしたとの同時に、レイは一気に距離を詰めた。部屋の中に、赤い光が線を描く。レイは相手に跳びかかりながら、わずかに体を捻った。容赦なく銃声が響いた。

「ひいっ」

 クロネが顔を手で覆う。弾丸はレイの肩をかすめて後ろの壁に着弾した。

 すかさず足を振り上げ、レイは敵の手から銃を弾き落とした。侵入者は衝撃が走った手を庇う様子を一瞬見せたが、すばやく後ろに下がり、窓から脱出した。

 レイもすかさず後を追いかけようと窓に掴みかかって――動きが止まった。開いた窓の大きさは、冷静に考えて、大人の男が出入りできるような隙間ではなかったからだ。

「あいつ――子どもか」

 庭の中を走って逃げていく侵入者を、彼は窓から眺めることしかできなかった。

 レイは窓を閉め、ベッドの上で震えているクロネに駆け寄った。

「クロネ様、お怪我はありませんか」

 顔を隠す手の指の隙間から、彼女はレイの顔を覗いた。そして彼にしがみつき、胸に顔をうずめた。

「……怖かった」




「クロネ様、本当に無事で何よりでございます……うぅ」

 ケイトはベッドに座るクロネの前で泣き崩れた。「な、泣かないでケイト」とクロネは慌てて彼女をなだめた。

 あの後、銃声を聞きつけた屋敷の者全員がクロネの部屋にやって来た。エラルド、リール、9、そしてケイトである。

「エルフリート嬢に銃を向けるとは、なんて奴だ。許せんな」

 ガウンを着たエラルドは何食わぬ顔で抜け抜けと言ってのけた。

「ともかく無事でよかった。レイモンド、君には礼を言う」

 エラルドはそう言ってレイの肩をぽんと叩いた。彼の言葉からは、どの類の感情も感じ取れなかった。

「クロネ様。差し支えなければ、侵入者の人相などをお聞きしたいのですが」

 9が言うと、ケイトは顔色を変えて、

「9、今はそんなこと聞くもんじゃないでしょ」

「いいえ、大丈夫よケイト。ありがとう」

 ケイトを手で制して、クロネは9の方を見た。

「犯人なんだけど――部屋の中は暗かったし、相手は顔を隠していたから、正直何もわからないの、ごめんなさい」

「クロネ様は何も謝ることありませんよ!」

 ケイトは語気を強めて言った。

「でも、レイも見たと思うけど、相手の体格はあきらかに子どもだったわ。……子どもに銃を向けられたんだなんて、考えたくもないけど」

「とにかく、これ以降はレイモンドがエルフリート嬢の護衛を担当しないといけないな」

 緊張感のないエラルドの言葉に、憤りを隠しながらもケイトは、

「護衛を雇われてはどうですか。彼一人ではどうにもなりません」

「しかし、そこらへんの傭兵より、うちの使用人の方が出来がよさそうだ。だって彼は、銃を持っていた相手を撃退したんだぞ?」

 エラルドは無機質な表情でレイを見た。

「……ともかく、護衛については明日改めて考えましょう、旦那様。クロネ様は心を休めなければなりません」

「そうだな。ではレイモンド、後を頼む」

 そう言ってエラルド、ケイト、9は部屋を出ていった。しかし、リールだけは部屋を出ようとして立ち止まり、クロネの方を見た。

 気丈に振る舞っていたクロネは、ベッドに沈んでいた。そんな彼女に、リールは何か言おうとして――何も言えなかった。銃声が聞こえた時、彼は9とバルコニーで星を眺めていたのだ。

 結局そのままリールは部屋を出た。外で彼を待っていた9は、

「どうしましたか、リール様」

 先ほどから黙ったままの彼の顔を覗いた。

「……僕は、相当呑気な奴だよ」

 そう自嘲して力なく笑った。

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