第3話 殺し屋の休日

 レイとQはリバーサイド通りからしばらく歩き、中央区画に隣接する商業区にやって来た。そこは生活用品から高価な貴金属まで、さまざまな商品を扱う店舗が軒を連ねる場所で、街でも一番の賑わいを見せている。週末の影響もあってか、いたるところに露店が数多く出店し、また、通りに沿って並ぶ老舗の服飾店や宝石商の前には、客引きが看板を持ってうろうろしていて、より一層活気を増していた。街灯の近くのベンチに座り、新聞を広げている真面目そうな中年の男は、記事を熱心に読みふりをして、通りを行き交う群衆に目を光らせていた。

「そっちはどう?」

 男は隣に座っている少年に小さな声で言った。

「いません」

 少年は青のハンチングをかぶり、ゆるめのトレーナーを着て、ショートパンツから伸びる足をぷらぷらと漕いでいた。

「年寄りの次は子どもか……」

 Qはだれにも聞こえないような声でため息交じりに呟いた。

「Q、いたよ。標的だ」

 中年の男は、彼の数メートル先を通りすぎようとする女を目で追った。帽子に大きなサングラスを合わせ、顔を隠しているが、そのブロンドと隙間から覗く青い瞳は、クロネ・エルフリートに間違いなかった。

「さ、行くよ」

 男の瞳が赤く光る。彼――レイは新聞を丸めてポケットにつっこみ、ベンチから立ち上がるとクロネの後を追った。Qも同じくベンチから飛び降り、レイの横をついていく。何も知らない街の住民からみた殺し屋二人は、休日の街を闊歩する親子そのものだった。




 クロネは女性ものの服飾店に入っていった。レイ(おっさん)とQ(こども)は中まで追っていくわけにもいかず、店先のショウケースのガラス越しに店内を観察していた。

「いいとこのお嬢さんのはずだけど、意外と庶民的な店に来るんだね……」

 クロネは店員と楽しそうに喋りながら鏡の前で洋服を自分に重ねたり、やめたり、重ねたりを繰りかえしていた。

「この靴かわいー……」

 Qは、ショウケースに並んでいる、最近流行の兆しを見せ始めたイカついブーツにうっとりしていた。

「……尾行中なんだけど」

 展示品に釘付けの少年を、レイはうらめしい顔で見下ろした。




 試着を重ねたものの結局クロネは何も買わず、彼女は次にアクセサリーショップの扉をくぐった。レイとQもそれに続き、店内を練り歩く標的から一定の距離を保って様子を窺っていた。

「どうやら彼女は高級嗜好ではないみたいだ」

 レイは陳列されたアクセサリー類に付けられた値札にざっと目を通し、一人頷いた。

「可愛いものに、値段の差なんて関係ないです」

 Qは買う気もないのにどこからか買い物カゴを持ってきて、イヤリングやピアスを物色し始めた。

「可愛い、ねぇ……」

 レイは細やかな装飾が施されたイヤリングを指でつまみ、難しい顔をしたまま、いろんな角度から光を当てたりひっくり返したりしていた。

「お客様、何かお探しですか?もしかして、奥様への贈り物でしょうか」

 二人のもとに店員がやってきてニッコリと笑う。「いや、そういうわけじゃ……」と、追い払おうとしたレイだったが、店員の美しい顔立ちを目にするやいなや、途端に真剣な面持ちになった。

「贈り物――ええ、そうです。特別な人には特別な品物がふさわしい……。そう、あなたにはこれがぴったりですよ」

 そう言って彼は持っていたイヤリングを差し出した。店員は、自分が働いている店の売り物を「差し上げます」と自信満々に見せつけられ、困惑の色を隠せない。

「……尾行中なんですけど」

 得意げな顔で女性を口説く中年の男を、Qは蔑んだ目で見上げた。



 

 ここでもクロネは何も買わず、一行は商業区中央の広場に移った。風船を配る髭のおじさん、クレープを販売する移動屋台など、家族連れが多く集まるこの場所は旅芸人の聖地としても有名だった。

「クロネ嬢は財布のひもが相当固いみたいだ」

 小型の望遠鏡で、カフェのテラス席に座る彼女を見張るレイ。Qは屋台に並んで買ったチョコバナナクレープを片手に、ご機嫌な足取りで戻ってきた。

「……緊張感ないね、君」

「もぐもぐ」

「僕の分は?」

「あいまへん」

「……そう」

 広場中央のステージでは、東の国からやって来た芸人一座によるパフォーマンスショーが始まろうとしていた。珍妙な衣装の女が大げさなお辞儀をあらゆる方向にした後、奇妙な手つきで口元を覆った。太鼓の音が観客を十分に煽ると、彼女は口から勢いよく火を噴いた。火柱と共に歓声と拍手が起こり、人々の視線はステージの上に集中した。

「……Q、もう気づいてると思うけど」

 レイは声を潜めて、

「僕らからみて四時の方向に一人と、ステージ横のフルーツ屋台の影に一人。さっきから一歩も動かずにクロネ嬢をじっと見ている奴らがいる」

 クレープを食べ終えたQはポケットの中に手を入れて、に備えて持ってきたナイフが入っていることを確かめた。

「僕は後ろの奴を。君は屋台の方を任せる」

「……はい」

 そう言うと、二人は人混みに紛れて、あっという間に見えなくなった。

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