第15話 神麓山へ
「まったく。何でこんなことになってるんだ。」
棗がブツブツ呟いていた。
「そう言うなよ。」
朱伎はにっこり微笑んだ。
3人は里から少し離れた神麓山の入り口から山中に入った。朱伎を真ん中に棗と八白が両サイドを護るように並んで歩く。
神麓山の入り口まではラキの移動の術で来たが、この先は結界のために移動の術が使えないので、歩いて行くしかない。
周りは鬱蒼とした木々で覆われている。山道だが幅2メートルほどの道があった。土が敷かれているだけの道だ。
その1本道をまっすぐに進めば神麓山の山頂に辿り着く。
神麓山の周りには初代頭首自らが張った強力な結界があった。何百年経った今も誰にも破られることなく現存している。初代頭首の力を誰もが実感する。
この結界は入る者を拒む結界ではなく、誰でも入ることができる。
結界は霧となって人間の目に映っている。普通の人間には結界がある事すら認識できていないはずだ。霧の先には行けないように惑わす結界だ。普通の力を持たない人間なら身体が勝手に引き返すように仕向けられている。
時に力のある人間は惑わされることなく前に進むことができ、神麓山の中心にまで入っていくことができる。
そんな人間は少ないが、力を得ようとする人間たちはこの場所で彷徨い、命を落とすことがあるのも事実だった。
神麓山には数多くの魔獣が存在している。悪さをするものばかりではないが人間を餌とする魔獣もいる。だから人間にとっては神麓山は危険が多いのだ。
3人は霧の中を何もないようにまっすぐに進む。霧があってもなくでも普通に進んでいける力を持っている。
魔獣が近寄ってくることもない。自分たちの存在を見せつけることで魔獣が近づかないように気配を出していた。
魔獣は己の身を護るために己より強い者に歯向かうことはない。本能で分かっているのだった。
「棗。君はしつこいよ。朱伎様の我が儘は今に始まったことじゃないでしょ。いい加減なれないと。」
八白はにっこり微笑んだ。
朱伎の奥にいる棗に向かって微笑む。棗は執務室を出てからずっとブツブツ言っているのだ。
「でも。どうかと思いますよ。」
「諦めた方がいいよ。それに。聞き分けの良い朱伎様えお想像してごらん。気持ち悪いよ。」
棗の言葉に八白は悪びれもせず言った。
「確かに。」
棗は思い切り納得した。
「なあ。私がいること忘れてないよな?」
朱伎は2人の言葉に割って入る。
「もちろんですよ。」
「お言葉ですが、長老たちの意見にも耳を貸すべきではないですか?」
八白に続いて棗が言った。
すべてにおいて絶対はない。今回の朱伎はいつもと違うように思えた。もう少し多くの人間の言葉や意見を聞くのが彼女の良い所でもあったが、今回は長老たちの言葉にほとんど耳を貸さなかった。それがなぜなのか四聖人にも分からなかった。
「確かに、先人の知恵と力が必要なことは分かっているが、頑固なのがあれだけ揃うと手に負えない。私を認めていないってことだろう。」
朱伎は静かにため息をついた。
自分が頭首として認められていないことは分かっている。まだ力不足だということも分かっている。
それでも自分の頭首としての役目を果たすことを諦めることはない。こんな自分を信じてついてくる者がいる。
先人たちの知恵と力は必要だ。だが新しい力も必要だった。
「それはないでしょう。」
「もう貴方を認めていない者などいませんよ。」
棗と八白は同時に言った。
それは確かだ。本人は信じていないが、里の人間は朱伎を頭首として認めている。だれもが朱伎が頭首であることを誇りに想っている。
「2人とも愛してる。」
朱伎は明るく笑った。
「そんなことより、この先どうするつもりですか。」
棗はため息をついた。
「そんなことって…。もっと反応あるだろう。つれないな。まぁ。いいか。まずは伯と旭陽を見つけよう。」
朱伎はつまらなそうに言った。
存分に愛情表現を素直にするが冷たい対応をされるが、それでも表現をしないことはない。
自分の気持ちをいつでも表現することを心がけている。人生いつ伝えられなくなるか分からないのだ。
「この結界の中では2人の気配も探せませんよ?」
棗が静かに問いかける。
この結界の中では人の気配を探すことが不可能だった。四聖人である自分たちでも初代頭首の結界の中では力を十分に発揮できないことを理解していた。
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