第16話 子供たちの行先

「行先に心当たりが?」

八白は静かに問いかけた。


何となく理解した。最初から朱伎が落ち着いて目指している場所があるような気がしていたのだ。


「ああ。私が目指す場所だ。」

朱伎は落ち着いた声で答えた。


否定することもなく認めた。子供たちが神麓山に入ることも予想していたが、止めることもなく歩ませた。


「は?どういうことですか?」

棗は首を傾げた。


「ラキに道標を付けさせた。あの子たちが安全に進めるように。」

朱伎は棗を見つめた。


子供たちの安全のために道標を付けた。自分が目指す場所まで子供たちが安全に進めるように。


「神獣がいる場所ということですか?」

棗は強い口調で言った。


「まぁ。その手前だな。さすがにラキでも神獣のいる場所に行くことはできないだろうからな。」

朱伎は静かに微笑んだ。


ラキの力を持ってしても神獣のいる場所に行くことはできない。おそらく頭首である自分にしかできないことだろう。

ラキは一族の中でも強い力を持っている。頭首に仕える伝令役は頭首からの力を得て強くなることができる。

頭首の力を得るためには当人に力を扱う能力、生まれながらの資質も必要だった。ラキは一族の中でも秀でる能力を持っていた。

それでも神獣のいる場所までは辿り着けないだろう。


「手前って…。あの子たちを囮に?間違ってる。」

棗の語尾が強くなった。


自分の立場を忘れ朱伎に詰め寄りそうな勢いだ。子供たちを囮に使うようにしか思えなかった。それに関しては間違っているとしか思えなかった。


「棗。」

八白は棗を諫めるように呼んだ。


自分たちは立場を弁えなければならない。どんな時でも彼女の言葉が絶対だ。

これまでの頭首の中では四聖人に対してフランクに接する頭首だが、自分たちの主であることは変わらない。それは絶対だ。


「八白。いい。棗。この結界の中、あの子たちが何の道標も持たずに進めると思うか?道標がなければどうなる?」

朱伎はまっすぐに棗に向き直った。


足を止めて自分に年の近い四聖人と向き合った。大事なことを伝える時はまっすぐに向き合うことにしている。

八白の静止を止める。棗の言葉の意味を理解している。だが必要なことをしただけだ。

子供たちだけで初代頭首の結界の中を進めないのは確かだ。道標がなければ迷い人になるだけだ。


「分かっていたのなら止めればいいでしょう。」

棗は強い口調で言った。


弟たちが神麓山に入ることが分かっていたのなら、何故、止めなかったのか。頭首を責めているようだった。

分かっていたのなら止めるのが頭首の大人としての役目だと思っているようだった。子供を護るのが大人の義務だ。


「どうやって止める?力で押さえつければその迷いは何につながると思う?私の役目は力で抑え止めることじゃなく、できる限り見守ることだろう。」

朱伎は静かに微笑んだ。


まっすぐに棗を見つめる瞳は強いものだった。

自分たち大人の役目は子供たちを止めることでも抑えることではなく見守ることだ。

子供たちが自分の足で進んでいけるよう道標を示すことだと信じている。

危険な道を止めることではなく抑えることでもない。必要な時に護ることが大人の役目であり義務だと感じている。


本当は棗も分かっているはずだ。だが弟が関わってくるとそうもいかないのが人間なのだ。


「それでも…。」

棗は静かに呟いた。


頭では言っていることも分かっている。それが正しいことだと知っている。


「棗。朱伎様が何のためにラキを付けたと思う?ラキを頭首以外の人間に付けることが何を意味するのか分からない君じゃないだろう?」

八白は静かな声で言った。


棗に言い聞かせるように優しい声で言った。

ラキを子供たちに付けることは、考えられないことなのだ。自分の分身を付けるようなものだ。

何よりも子供たちの安全を優先するための策であることは明白だった。本来なら頭首以外の人間に付くなど考えられないことだ。

だが朱伎は迷うことなく子供たちを護るためにラキを付けた。


それだけで朱伎が子供たちの安全を確保していたことが分かる。

ラキという存在はそれだけの価値を持っていた。


「すみません。」

棗は静かに俯いた。


静かにため息をついた。そこまで考えていなかった。ラキがいるから安全なのではなくラキの後ろに朱伎がいるから弟たちは安全なのだと気付いた。

そこまで考えなかった自分の浅はかさが恥ずかしかった。


「さぁ。行こうか。」

朱伎はにっこり微笑んだ。





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