第13話 信頼

「まったく。年よりの相手は疲れる。」

朱伎は静かにため息をついた。


自分のイスにふんぞり返って座り大きく伸びをする。先程までの会議を思い出しため息をつく。


「そんな風に言ってはいけませんよ。」

亜稀が静かな口調で言った。


最高官吏会議の後に現四聖人の4人と大河が朱伎の執務室にいた。他の者たちは各々の役目を果たすために出ていった。


「本当のことだろう。頭の固い奴らだ。」

「はは。仕方ないよ。」

朱伎の言葉に八白は軽く笑った。


「まぁ。真実を隠していたことは事実だしな。でも今は彼らの力が必要だろう。」

大河が落ち着いた声で言った。


「ああ。でも…。まだ何か見落としている気がする。」

朱伎はふと真剣な表情で言った。


何か。と聞かれても分からないが、自分の見えていない何かがあるような気がしてならなかった。


「長老たちがまだ何かを隠してるってことか?」

棗が問いかける。


「どうだろうな。知っていて隠しているのか。本当に何も知らないのか。微妙だろうな。まぁ。どっちにしても皆、気は抜くなよ。目に見えているモノがすべてじゃない。」

朱伎はいつになく真剣に仲間に伝える。


どんな時でも気を抜かず。緊張を解かず。過ごしてほしいと願う。今の段階では分からないことが多いのも事実だ。

それでも大きな戦いが始まったことは確かだ。


「何だかいつもより慎重ね。」

「だな。らしくない。」

多岐の言葉に棗も頷いた。


いつもならもう少し大雑把というか何とかなるという考えの持ち主だったが、今回に関しては慎重と言わざるを得ない。

言葉の端々に緊張が見える。こんなことは今まではなかった。


「本当に神獣を開放するのか?」

八白も静かに問いかける。


なぜ神獣の開放をするのか分からない部分もあった。普段の頭首の考えを見えないことはない。

ここまで心を見せないことは珍しいことだった。

それは四聖人の全員が思っていた。感じていた。


「ああ。必ず必要だ。」

朱伎はしっかりとした口調で言った。


彼の開放は必要なことだと確信していた。自分の力が及ばない可能性を考えているようでもあった。


「リスクを背負う必要はあるのか?」

棗が考えるように言った。


「言いたいことは分かるが、彼の力が必要だ。お前たちも自分の力を過信するなよ。すべてにおいて絶対はないからな。私の力が及ばない可能性を頭に置いておけよ。」

朱伎は静かな声で言った。


あまりに弱気な言葉であった。彼女の口からその言葉が出ることは誰も想像していなかった。


「そんなに弱気なのは貴方らしくないね。」

八白がにっこり微笑んだ。

「だな。」

棗も笑った。


何となく人間らしい年相応の彼女を見れた気がして嬉しいような感じだ。おそらくもっと緊張する場面だろうが、何となく安心した。


「…。まったく。人を何だと思ってる。嫌な予感がするんだ。」

朱伎は一瞬笑って、静かな声で続けた。


「嫌な予感?」

大河が首を傾げた。


彼女の予感は当たる確率が高いことを知っている。彼女の五感は誰よりも鋭いのだ。そして賢い子でもある。すべてを見通して予測することもできる。

普段は悪いことを避けるために先に行動していくが、今回はそれができない。この先に起こることの予想ができない段階であることを物語っている。


「ああ。護りの地で留まっているはずの魂が、里まで出てきている時点で何かあるだろう。神獣に何かあったのか。結界が破られたのか。どちらにしても良い話じゃないだろう。」

朱伎はため息をついた。


何かが起こり始めていることを感じていた。何が起こっているのか分からないが、この里の脅威となるようなことが起こると分かる。


「確かめに行く必要があるでしょうね。」

崋山が落ち着いた声で言った。


「ああ。私が直接行く。大河。亜稀。崋山。多岐。お前たちはここに残れ。八白と棗は私と一緒に来い。」

朱伎はしっかりと指示をした。


「朱伎様。私はなぜ残るのですか?」

亜稀が不服そうに問いかける。


自分が残ることに何か意味があるような気がしていた。


「里の中で起こる変化を見ていてほしい。一つも見逃すことなく見ていほしい。」

朱伎はまっすぐに亜稀を見つめる。


「誰かが関与していると?」

亜稀は考えるように問いかける。


「どうだろうな。分からないが里で何かが起きていることは確かだ。それが里を護る事なのか。危険があるのか。私の目になって見極めてほしい。それは亜稀にしかできないことだろう。」

朱伎はにっこり微笑んだ。


彼女のことを心から信じている。彼女なら自分の目となり、動いてくれると信じる。迷うことなく信じて任せることができる。


「はい。」

亜稀はもちろんと頷いた。


「俺たちは疑わないのか?」

棗はふと問いかける。


彼女が自分たちを信頼しているのは感じているが、なぜ無条件で信じるのか気になっていた。


「棗。」

崋山が制するように言った。


「他の奴らは疑って俺らを疑わないのはなんでかな。って。」

棗は考えるように言った。


素直な感想だ。もちろん裏切ることはないが言葉では何とでも言えることを知っている。


「疑う理由がない。お前たちを四聖人に選んだのは私だ。私はお前たちに裏切られるような生き方をしているつもりはない。何より信じない人間を傍に置いておかない。今までも。これからも。」

朱伎はにっこり微笑んだ。


特に考えたこともなかった。彼らを疑う理由はない。それだけだ。信じるとか信じないの問題ではなく無条件だった。


「どこまでもついていきましょう。」

多岐が静かに微笑んだ。


自分たちが使える主の言葉に何も言う必要はなかった。ただ信じてついていく。それだけだった。

他の者たちも静かに頷いた。穏やかな空気が流れた。

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