第12話 遺された者たち

「なんか本当に…。」

 八白が静かに呟いた。


 全員、静かに瞳を開けた。頭の中で一抹の知る過去を映像のような感じで見ていた。何とも言えない気分になっていた。


「あってはならないことだと思うが現実に起こったことだ。誰かが間違っていたわけじゃない。その時にできることをしただけだ。」

 朱伎は静かな声で言った。


 すべては現実に起こったことだ。すべてをなかったことにはできない。誰も間違っていない。できることをしただけだ。現実に起こったことをなかったことにはできない。


 もし自分がその場にいたのなら、同じ決断をしたかもしれない。同じ状況になったら同じ決断をするかもしれない。里を護る最善の決断だと思えば否定できない。

 白か黒か。善か悪か。良いか悪いかだけでは判断できないこともあるのは事実だ。


「でも…。」

 棗は首を傾げた。


 現四聖人は一度、聞いた話ではあるが、現実を突きつけられた気分だった。頭では分かっているが、納得できない部分もある。


「ああ。そうだな。できれば違う道を見つけたかったな。これから私たちが違う道を見つけよう。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。


 朱伎は未来を見るように皆に促す。自分だけでは何もできないが信じる者たちと一緒なら違う道を見つけることもできるだろう。

 それが自分の代ではできなくても足がかりを付けることはできるだろうと信じる。


「彼らは静かに暮らしていた。それを人間が買えてしまったのだよ。だから神獣は恐ろしいと話を広げた。彼らは人間が敵うはずのない力を持っているが、その力で人間に対抗することはない。だから彼らに人間が近づくことのないように話を造り上げた。魂の戦いを神獣たちが起こしたことにして神獣が封印されたことにした。そうして人間を遠ざけたのだよ。」

 一茉は落ち着いた声で言った。


 その表情からは深い後悔が見えた。何を考えているのか相変わらず分からないが、何かを伝えようとしているように思えた。


「やり切れないね。」

 八白が複雑そうにつぶやいた。


 分からなくもないが悲しいことのように思えた。やり切れない気持ちになる。そんな事態を防ぐことはできなかったのだろうか。皆が考える。


「そうね。でも神獣を護るためでもあったのね。」

 多岐が静かに微笑んだ。


 今の時代だからこそ悲しいと思うのかもしれない。それが分かるほどの年齢になっていた。


「言い方次第だが、他に方法がなかったのだよ。人間の暴走を止めるための方法がなかった。それでも初代様の奥方を殺したのは我ら人間だ。それだけは変わらない。」

 一茉は静かに瞳を閉じた。


 他に方法がなかった。誰もが違う道を探したいと願った。何をしてもその事実は変わらないと分かっている。


「そうだな。だが、彼女がそれを望んだのは確かだ。彼女は自分の運命を知っていたんだ。誰の事も恨んでもいないよ。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。


 朱伎には彼女の里への想いが痛いほど分かっていた。誰よりも彼女の想いが分かる。誰よりも里の平和を想い。それだけを願い自分自身を差し出した。自分の運命を知っていたのだ。

 それは今の自分にも当てはまるような感覚を朱伎は持っていた。もし自分が同じ立場なら迷わず同じことをするだろう。これからも変わることなく頭首として在り続ける。


「だが神獣の開放は反対だ。」

 伊那がきっぱりと言い切った。


「彼は人間を。我らを恨んでいるだろう。その彼が解放され人間のために戦うはずがない。」

 游が静かな声で言った。


 朱伎が解放しようとしている神獣は人間を恨んでいる。それは確かだ。そんな彼が人間のために戦うはずがない。


「彼?」

 蘭が首を傾げた。


「今、神麓山を護っているのは、一人の神獣だ。その神獣は初代様の奥方の弟なのだよ。彼はすべてを知っている。だから我らを恨んでいる。」

 一茉は落ち着いて声で言った。


 朱伎が彼と呼ぶ神獣は初代頭首の妻であった神獣の弟だ。そして真実を知っている者でもあった。


「彼は人間を恨んでいるのとは違う気がする。彼が許せないのは彼女を護ることができなかった自分自身じゃないか。」

 朱伎は静かに問いかける。


 彼も本当は分かっている。他の方法を選ぶ余裕がなかったことを知っている。それでも家族を護りたかった。それだけだろうと思う。


「そんなこと信じられん。」

「恨んでいないのか。」

 伊那と一茉は静かに言った。


「お前たちが信じられないことも分かるが、私は選ばれた。なぜ私は初代とその妻の記憶を持っている?その力も継いだ。その力と記憶がこの時代に必要だからだろう。私が持って生まれたなら、彼も必要なはずだ。」

朱伎はまっすぐな瞳で言い切った。


 自分の持つ力と記憶は今の時代に必要なのだと確信していた。そして彼の力も必要なのだと感じる。

 この時代に何かあって必要とされる力を持つ者が集う。それが運命なのだと思う。


「この子が正しいのぅ。」

 朱李がにっこり微笑んだ。


 自分の孫娘を愛しそうに見つめる。この子の言葉には力がある。多くの人間の心に響く言葉だ。


「彼が暴走などするはずがない。彼は封印されていない。自由ん位動けるが、一度も人間を襲ったことはない。だが、護りの地に迷い込んだ人間たちを助けているんだぞ?そんな彼が人間を襲うはずがない。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。


 その言葉に疑いはない。何をしても彼が暴走することはない。


「その保証は?」

 游が問いかける。


「彼を私の守護獣にして血の契りを交わす。」

 朱伎は最後の切り札を出した。


 誰も何も言えない切り札だった。頭首の権限であり、誰も逆らえない命令のようなものだ。自分に従うか従わないか。その選択を彼らに迫った。





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