第4話
午前中、サクッとポーションを作って雑貨屋に納品する。――そんな生活を一週間ほど繰り返すと、おれの手元には結構なお金が貯まった。具体的に言うと、三〇〇万リン。
強盗されやしないかびくつく毎日ではあるけど、一週間で三〇〇万って結構すごい。
おれも儲かるということは、雑貨屋のアルフさんはそれ以上に儲かっていた。
お金がなくてカリカリしていた奥さんに怒鳴られることも減ったみたいだ。
噂を聞きつけた違う町の人たちが買い求めてやってくることもあり、まだ売れ続けている。
最近は、高価なジュース扱いになっていて、飲みたいがために買う人もいるんだとか。
ポーションを今日も雑貨店に納品すると、お金も出来たことだし、おれはアルフさんに相談することにした。
「ずっと宿住まいってわけにもいかないんで、家に住みたいんですけど、空き家ってあったりします? 賃貸でもいいですし、足りるんなら買いたいんですけど」
「そうだなあ……あるっちゃあるが……あそこはちょっとな……」
アルフさんの歯切れが妙に悪い。
「それに、もう誰が所有者なのかもわからないし、取り壊しちまおうかって話も出てたくらい古くてボロボロだぞ?」
「それでも構いません」
おれが言うと、ノエラもこくこくとうなずいた。
「あるじとノエラの家……!」
古い新しいは、ノエラはあまりこだわらないようだ。
「どうしたんだ? 急じゃないか?」
「ええ。落ち着いて創薬する部屋が欲しいのと、おれもお店を開こうかなと思って……」
創薬スキルは、色んな薬を作ることが出来る。素材さえあれば、きっとこの世界にない薬も作れるはずだ。困った人たちを助けて、お金をちょびっと儲けて、だらだら暮らす――。それが、一番おれの性に合っているような気がしていた。反対するかな、と思ったけど、アルフさんはにかっと笑った。
「いいんじゃないか? 男なら、一国一城の主を目指さないとな!」
バシバシ、とおれの背中をアルフさんは叩く。
「いいんですか? ポーション、おれが自分で売っても」
「なぁに言ってんだ。元々レイジ君のもんだろう、革命ポーションは。何をどうしようが、レイジ君の自由だ」
考え方をちょっと変えれば、おれは金のなる木だろうに、あっさりアルフさんは手放した。
おれもお昼ご飯食べさせてもらったり、この世界のことを教えてくれたり、結構世話になっている。
「冗談です、ポーションはまた卸しますから。おれの店に置くとしても価格は同じにしておきますね」
「はは、助かるよ」
バシバシ、とまたアルフさんはおれの背を叩く。アルフさんは店番を奥さんに頼んで、おれたちを例の家へと案内する。徐々に人通りが少なくなっていき、廃墟の前で足を止めた。
「ここだ」
「廃墟ですよ」
「もう一度言う。ここだ」
「だから、廃墟ですよね、ここ」
「だから言っただろう? 取り壊そうって話が出ていたくらいなんだって」
「……」
想像以上の廃墟っぷりにおれは言葉を失くした。あまり大きくはない平屋建ての家だった。
風が吹けば何もかも吹っ飛んでしまいそうな、ステキハウスだ。
「所有者もわからない上に、数十年近く放置されてたみたいだからなあ……。壊さなかったのは……まあ、その……うん……。色々と不安は残るが、家賃も何も要らないタダの格安物件だ」
「……今、タダより高い物はないって言葉が脳裏をよぎりました」
なんかおかしな魔物が住んでいるじゃないのか? 現世だとヤンキーの溜まり場になっているのが定番なんだろうけど。
「まあ、なんだ……その、気をつけろよ?」
アルフさんは気になることを言い残して店番をするべく店に戻ってしまった。気をつけろ??
「あるじ、早く、入る」
ノエラがおれの手を引いて急かす。中を一度見て、ダメそうならやめればいい。そう思うことにして、鍵も何もかかっていない扉を開く。ギギギギ、と軋んだ音を出す扉を不安に思いながら中に入った。変な音を出すのは扉くらいのもので、埃っぽいけど、案外作りはしっかりしているようだった。もし何か不都合が出たときは、大工さんを呼べばいいか。
「住んじまおうか、ここに」
「ノエラ、ここ住む。あるじも、住む」
ノエラは大賛成らしく、目をキラキラさせている。となると掃除が必須だ。さすがに今のままじゃ住めない。雑貨屋に戻って掃除道具一式を買おうとすると、「あげるから持って行け」と言われた。
まったく、アルフさんはおれに金を出させないな……。ホウキとちりとり、あとは雑巾を数枚持って廃墟こと我が家に戻る。ノエラと手分けして掃除をすること、約二時間。
ピカピカとは言わないまでも、それなりに綺麗にはなった。
「古くはあるけど、ちゃんとした家なんだなあ……」
創薬室にすると決めた部屋の中でおれは大の字になって寝転がる。すると、天井に貼りついている女の子と目が合った。
「あのぅ、さっきからずうっと見ていたんですけれど、貴方が新しい家主さんですか?」
「………………」
……あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ?
て、天井に金髪碧眼の女の子が、くっついている!
しかも結構可愛い。
な、何を言っているかわからないと思うけど――。
「お掃除、お上手ですね」
な、なんか知らんが褒められた!?
「あの、ど、どちら様でしょう……?」
「あっ、わたしったら――申し訳ありません。……わたし、ミナと申します」
「ど、どもです……おれは、礼治と申します」
「レイジさんっておっしゃるんですねえ」
天井少女は楽しそうに微笑んでいる。
――や、やだ。誰よこの子!
テンパって脳内言語がオネエになっているおれには構わず、天井少女が楽しそうにパチンと手を合わす。
「今日は歓迎会をしなくちゃです~」
「あ、あの、ちょ、ちょっと、いいですか……」
訊いていいのか、本当に訊いていいのか、スルーしなくちゃいけない事案なんじゃ――。
いや、でも気になる。
「はいっ。何でしょう!」
うわぁ、元気いっぱい。
「あ、あの、て、天井……天井が、好き、なんですか?」
「そういう質問をされるのははじめてなのですけれど……」
誰も訊かなかったのかよ。
いや――、てか訊けよ、いの一番に!
「そうですねぇ~、好き、なんじゃないでしょうか」
「で、ですよね……じゃないと、そんなところにいないですもんね」
「ええ。こういう仕事、という部分もありますので~」
し、仕事!?
天井から見おろすだけの簡単なお仕事!?
ぱたぱた、とノエラがお腹を押さえながら駆けてくる。
「あるじ、お腹減った」
「あ、ああ、うん。ノエラ、上、見てみ?」
おれがミナと名乗った天井少女を指差すと、ノエラは小首をかしげた。
「? どした、あるじ。天井、何かある?」
「え。いや、いるだろ、女の子」
「……? いない」
「……ウソ」
「ほんと」
――や、やだ、幽霊じゃないのよ、あの子っ。
テンパって脳内言語がオネエになっているおれのことなんて構わず、天井少女は胸を張った。
「えへん。特別な力を使わない限りは、家主の貴方にしか見えないんです」
ドヤるとこじゃねぇ!
気をつけろって、アルフさんが最後に言ったのはきっとこのことだったんだ。
「ご家族の皆さんに見えなくっても、家主さんにだけ見えればいいかなぁって」
「そ、そう……」
空腹を訴えるノエラに、今日はアルフさんちでご馳走してもらうように、と言った。
ノエラが家から出ていき、少し静かになる。
「床に寝転がるの、お好きなんですねえ~」
「おまえのせいだよ。……え、なに、ミナは幽霊だったの?」
「幽霊じゃないですよっ、失礼ですね~」
気分を害してしまったらしい。の、呪われる――。……けど、そんな雰囲気は感じない。ぷくっと可愛くほっぺ膨らましている。
「じゃ、何なんだよ。ノエラには、見えなかっただろ?」
「そうですね~わたしは、一〇〇年ほど前にこの家に住んでいた者です」
「世間じゃそれを幽霊っていうんだよ」
「違いますってば。この家にやってきた方が幸せになれるよう、こうして天井から見守っているんです」
「それただの迷惑」
うん。良かれと思ってやっていることが全部裏目に出る人いるよね。
「けれどどうしてでしょう……新しくこの家にやってきた家主さんたち、わたしと目が合うと、青い顔をして見て見ぬフリをするんです」
「でしょうねぇ! お気持ちお察しいたします!」
「お腹でも痛くなったんでしょうか……」
「気づけ! 原因はもっと身近にある!」
「お話をする機会もないまま、皆さん長くて数日でこの家を去ってしまわれるんです……。前回から四〇年、ようやくレイジさんがいらっしゃったんです。お話も出来ましたし、わたし、大満足です~」
ミナは嬉しそうな笑みをのぞかせる。天井に貼りついたまま。
「……どうしたら消えるの?」
「消・え・ま・せ・んっ! 幽霊じゃないんですから。一緒にしないでください」
ぷい、と顔を背けるミナ。
「幽霊じゃなかったら何なんだよ」
「そうですね~そういった質問ははじめてですので、わたしもわかりかねるところがあるのですけれど――あ、この家の守り神といったところでしょうか!」
良い感じの例えが見つかった! 的な晴れやかな表情をするミナ。
ディフェンシブな動きがハンパねえから誰も住みつかない悲しい結果になったんだろ。
「……で、どうしたらいなくなるの?」
「い・な・く・な・り・ま・せ・んっ! レイジさん、ひょっとして意地悪さんですね? どうしてそんな悲しいことを言うんですか」
おれのほうが悲しいよ。どうして異世界に来てまで幽霊と会話せにゃならんのだ。言い方の問題なのかな。
「……ミナの望みって何?」
望みを叶えてあげると未練がなくなって成仏するっていうのが定番だ。
「わたしの望み、ですか……。やっぱり、ここに住んだ皆さんが、幸せな生活を送ることでしょうか」
……もしそうなら、ミナがこの家からいなくなるのが一番だと思うんだけど、そのへんいかがだろうか?
「おれやノエラが幸せな生活を送ればいいのか?」
「わたしは、それで満足です」
一辺の曇りもないキラキラした笑顔だった。じゃあ出て行ってください、となるとまた振り出しに戻るんだよな、きっと。とにかく、すぐにはいなくならないってことのようだ。……まあいいか。
悪いやつってわけじゃなさそうだし。おれは立ちあがって、一度うん、と伸びをする。
「開店準備でもするかねー」
「あ。それでは、わたしもお手伝いしましょう」
ふわっとミナが天井を離れて床に立った。
「出来るのかよ!?」
「床におりるとですね、見守れなくなってしまうんです。そうなるとわたしのお仕事が――」
「はいはい、見守るだけの簡単なお仕事ですねわかります」
「あ~っ! 今バカにしたでしょう、レイジさんっ」
「したよ?」
「否定してくださいよぅ、傷つきます!」
唇を突き出して怒ったミナは、表情を一変させた。
「――レイジさん?」
「ん?」
ミナは、ニコリととびっきりの笑顔を見せてくれた。
「わたし、今ちょっと楽しいです」
「……そっか、ならよかった」
ボロいし、幽霊のいる家だけど、おれはこの家を改装してドラッグストアをオープンさせることにした。
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