第3話
雑貨屋で、すり鉢とすりこぎ棒、薬草を入れるための大きなカゴ、小さなナイフ、あとは瓶を一〇個もらって、森へやってきた。本当は買おうとしたんだけど、「レイジ君からはお金をもらっちゃ、かーちゃんにどやされちまう」と雑貨屋のおっちゃんが言うもんだから、大人しくいただくことにした。
狼モードのノエラは「るぅーるーるー」と変な鳴き声をあげながら付近をうろうろしている。
ああして危ない魔物や獣が近くにいるかどうか探ってくれているのだ。
鳴き声に意味があるのかどうかはわからないけど。おれは美味なポーションをもう一度作るため、薬草を採取していく。昨日はテンパっていて気にしなかったけど、どうやら作りたい薬の素材となる物体は、目に入りやすくなっているらしい。
その草だけが風景から浮いているような、例えるならそんな感じだ。エアロという植物の茎、次はトオリギソウという薬草、最後にアマネという薬草の根をそれぞれ採取してカゴへ入れる。
「これだけあれば十分だろう」
いっぱいになったカゴの中を見ておれが言うと、ノエラが戻ってきた。ピカッと体を光らせて女の子の姿になる。
「あるじ、帰る?」
「いや、川か何か、水場があれば案内して欲しい」
「こっち」
獣道を歩き連れて来られたのは、大小の石が敷き詰められた小川のほとりだった。見晴らしもいいし、魔物や獣が出ればすぐにわかるだろう。川の水も綺麗で、鑑定スキル曰く、十分創薬に使えるものみたいだ。
「ノエラ、あるじ、手伝う」
「ありがとう。じゃあ、水汲んでくれるか?」
こく、とうなずいて、ビンを胸に抱いて、ノエラは川べりに膝をついて水を汲みはじめた。
お尻から生えている狼の尻尾が、わっさわっさと動いている。
おれは買ったばかりのすり鉢とすりこぎ棒で、採取したばかりの素材をすりつぶしていく。最後に手でギュッと絞って汁を残す。戻ってきたノエラが抱える瓶をひとつもらい、適量瓶に注いで蓋をして振る。すると、昨日と同じ反応が起こった。
水が薄く光って、スポーツドリンクのような色に変わる。
【ポーション(優)】
「よし、ちゃんと出来た」
「美味の味! 美味の味っ」
手を伸ばすノエラからポーションを遠ざける。
「待て待て、興奮すんなよ。ノエラの分はあとで作ってやるから」
「……待つ」
「なら良し」
ちょっとだけ多めにポーションを作って、ノエラに渡してあげる。
わっさわっさとゆっくり尻尾を振って体を揺らしながら、ちびちびとポーションを飲みはじめた。
「るーるーるー♪」
こんな感じで作業を続けて、一〇個の瓶にポーションを作って町に帰った。
「おい、あれが噂の革命児か……?」
「黒髪で獣人を従えているってんだから、間違いねえぜ」
人通りの増えてきた道を歩くと、ひそひそと噂話が聞こえた。おれ、何かしたっけ?
「ノエラ、獣人、違う。人狼」
「……ごめん、ノエラ。おれにはその違いがわからないんだけど……どう違うんだ?」
そっとノエラはおれから目を逸らした。
人狼っていう名前があるのに、獣人って言われてひとくくりにされるのが嫌なのかもしれない。
「革命児のこと知ってるか? ……薬師を装っているらしいが、その正体は、異国の凄腕錬金術師なんじゃねえかって話だ」
噂の一人歩きがハンパねえ。それもこれも、創薬と鑑定スキルのお陰なんだけど、ステータスなんて言ってもここの人たちには通じないだろう。ここで暮らしていけば、すぐおれが普通の人だっていうのはわかるはずだ。
雑貨屋にやってくると、店先に『革命ポーション品切れ中』という張り紙があった。
「革命ポーションって名前、どうにかなんないかなあ……」
おれが苦笑していると、店主のおっちゃんことアルフさんに声をかけられた。
「おお、レイジ君どうした? 忘れ物か何かか? ウチの店にあるもんなら、自由に使ってくれていいからな」
昨日今日会ったばかりのおれに、そんなことをあっさり言うアルフさん。本当に人が良いというか、なんというか。
「忘れ物じゃなくて、ポーション作り終えたんで、持ってきました」
「……へ? ……一本分?」
目をまん丸にしてぱちくり瞬きするおっちゃん。
「一本分というより……何本分になるんだろう。もらった瓶一〇個分です」
「一〇〇本分あるぅうううううう!? え、そんなにいっぱい!? この短時間に!?」
ああ、瓶一個につき一〇本分のポーションが出来るのか。
「この短時間にって……朝から出かけて、もうお昼ですよ?」
「十分早いわっ」
目ん玉飛び出さんばかりの勢いでツッコまれた。
つってもなぁ……普通の人がどれくらいのペースで作るのか、知らないからなぁ。
「さ、さすが異国の天才錬金術師は違――、あ、いや、革命児は違うなあ……」
「あんたか、変な噂の出所」
店の中に入って、おれとおっちゃんの二人は瓶のポーションを容器に移し替えていく。
帰ってくるまでに自分のポーションを全部飲んでしまったノエラは、うずうずしながらおれの手元に熱い視線を注いでいる。
「レイジ君、だいたいポーションってのは職人が月一〇〇本作れるかどうかって代物だ。遅い人は六〇本作れるかどうかって聞くぜ?」
「へえ、ずいぶんのんびりしてるんですね」
「性格の話をしてんじゃないんだよ。薬草を潰したり、干したり砕いたり、そういう作業があるんだろ? それで時間かかるんだよ。そんなこと、俺よりもレイジ君のほうが詳しいだろ?」
「……。――いやいや、し、知ってましたよ? ま、まあ、今のは? アルフさんがどれくらい知ってるか? ちょ、ちょっと、た、試させてもらっただけなんで。ええ……」
「あるじ、汗だらだら」
「ノエラ、静かに」
「るう」
早い人で月一〇〇本。
本当にそうなら、創薬スキルってのは、魔法にも近いスキルだと思っていいだろう。
ふむ。だとすれば、錬金術って言われてもあながち的外れってわけでもないのか。
戦争の前線で消費されまくることを考えたら、この田舎町で欠品するのも無理もないことだ。
まだ見てないけど、魔法があるんなら、治癒魔法使いもきっといるはずだ。
でも、ヒーラー不在の状況で頼りになるのはポーションだ。
おれも経験あるからわかるよ。ゲームのだけど。
店の棚に『革命ポーション』を並べて、欠品を知らせる貼り紙を剥がして『革命ポーション入荷』の紙を貼る。
「ってことは、レイジ君、お昼はまだじゃないのか? ウチで食べていきなよ」
「じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとうございます」
おれとノエラはお昼ご飯を奥さんに食べさせてもらうことになった。
あったかいスープと歯ごたえがある風味豊かなパンをもぐもぐ二人して食べていると、食堂の出入り口で小さな子供たちがノエラに熱い眼差しを送っていた。
アルフさんのお子さんたちだ。
「獣のおねーちゃんだ」
「しっぽがもふもふー」
「ほら、ほらっ、耳! 耳がぴくぴくしてるっ」
「「「かわいいっ」」」
恥ずかしいのか、ノエラは困ったような顔をしている。
「あるじ、あるじ。ノエラ、見られている……」
「うん、見られているな」
ぞろぞろ、とやんちゃ盛りの小さな兄妹が食堂にやってきて、ぺたぺたノエラを触りはじめた。
「しっぽがもっふもふだぁ!」
「毛がつやつやぁ!」
「耳っ、耳、耳、さわるー!」
困惑に涙目のノエラ。
「あるじ、あるじ。ノエラ、触られている……」
「うん、触られているな」
子供たちのオモチャと化しているノエラは「引っ張る、ダメ……」と涙目で訴えているが、そんなこと全然聞いちゃいないようだった。赤ん坊を抱く奥さんが苦笑する。
「すまないねえ、ウチの子たちが」
「いえいえ。ご飯食べさせてもらってるんで、このくらいは」
「それ、ノエラのセリフ。あるじのセリフ、違う」
店内が騒がしくなっているのが聞こえる。アルフさんの「一人一本だよー」の声も聞こえた。
今日も雑貨店は大盛況のようだ。
「レイジ君、ほんとにありがとねぇ」
「いえいえ、本当に大したことしてないんで。きちんと代金もいただいていますし、困ったときはお互い様ってことで」
そう言っておれは笑顔を返した。
「あるじ、あるじ。たしけ、助けて……」
子供たちにいいように遊ばれているノエラがおれの袖をちょんちょんと引いた。
「もふもふされる――それが獣娘の逃れられない宿命だ」
ノエラ、人生ってのは厳しいんだ。でもちょっと可哀想だから、あとでまたポーション作ってやるか。
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