第2話
「自分で用意してたポーションだろう、あれは。何で飲めなかったの?」
「ノエラ、くさい。イヤ。はじめて買った。持ってきた」
はじめて買ったから、どんな物なのか知らなかったのか。森をてくてく歩きながら、おれはノエラに様々なことを訊いた。今は魔王を筆頭とした魔族と人間との戦いが世界的に繰り広げられているそうだ。おれたちが今いるグラナド王国のエスト地方(という名前らしい)は、最前線よりも遠く離れていて、魔王軍がやってくることはないそうだ。
前線付近の町にいたノエラも最近こちらにやってきたらしい。戦闘のスキルがあれば別だけど、生産系スキルしか持っていないおれからすれば好都合だった。せっかく異世界に来たのに、命の危険があることをわざわざする必要はないだろう。
ぴく、とノエラの耳が動く。
「こっち」
おれの手を引いて道案内してくれる。
「もしかして……周りに魔物がいるかどうか、わかったりするの?」
「する」
ちょっとドヤ顔をするノエラ。感謝を込めておれは頭を撫でた。ノエラはおれよりも背は小さく、一五〇センチあるかどうかの背丈だった。狼モードだとおれよりも大きいくらいなのに、人狼は不思議だ。やがて森を抜け、街道を進む。
「ノエラは何であんなところで倒れてたんだ? 誰かに何かされた、とか?」
「強い魔物、いた。ノエラ、急に攻撃された。逃げた」
片言でわかりにくいけど、強い魔物と出くわしてしまって命からがら逃げた、ってところか。
ノエラの索敵をかいくぐる強敵だったんだな。これからむかう、カルタという町によく出入りしているというノエラ。ただ、何か仕事をしているというわけではなく、その日暮らしの生活なんだとか。それで、食べ物を探すために森に入ったそうだ。
歩き続けていると、カルタの町が見えてきた。都市と言うには小さく、村というには大きな田舎町だった。町に入ると、きゃぅん、と隣で可愛い音が鳴る。
「あるじ、おなか、鳴った」
「うん、鳴ったね」
恥ずかしがりもせず、堂々とノエラは腹減ったと言っている。何か食べようと思ったけど、お金がない。作ったポーションを売れば少しくらいお金になるだろう。色々な道具を売っているという雑貨店に案内してもらい、店主を見つけた。
「いらっしゃい。見かけない顔だねえ、兄ちゃん、旅の人?」
気さくな店主におれは小さく会釈する。
「えと……まあそんなところです。自家製のポーションを売りたいんですけど、見てもらえますか?」
「ほう、自家製のポーションか……助かるよ。ここ最近、軍が買い漁ってしまって品切れ状態が長く続いていたから」
「ここは、前線よりもかなり遠いんですよね? それなのに、ですか?」
「だからこそ、だよ。魔王軍も来ない田舎町にポーションは必要ないだろうってことさ」
確かにそうかもしれないけど、怪我をしたらやっぱり必要になるアイテムであることは間違いない。
「生産してもほとんど市場に出回らないから、値段も高騰しちまってなあ……」
となると、結構な値段がつくかもしれない。おれは鞄からペットボトルを出して店主に見せる。
「なんだい、こりゃ? これがポーション?」
「美味の味。美味の味」
ノエラが目を輝かせながらペットボトルを指差した。
「違うんですか? 普通のポーションってどういうものですか?」
ノエラが持っていたポーションだけが例外、ということもある。
ちょっと待ってな、と店主のおじさんはごそごそ、とカウンターの下を漁る。
「売りモンじゃなくて、常備薬として持っているポーションだ」
【ポーション:普通のポーション。止血効果があり外傷に効きやすい】
「……」
うん、あれだった。そっとノエラの鼻元にも持っていくと、ギャン、と獣の敏捷性を発揮し店の外に出てしまった。
「あるじ、それ、だめ。くさい。ノエラ、イヤ」
外からそっと店内をのぞくノエラはぶんぶん首を振っている。
「なぁに言ってんだ。ポーションってのはこんなもんだろう? 苦いしマズいしくさい」
わかってねえな、小僧は。とでも言いたげな表情で店主のおじさんはやれやれと首を振る。
「――ちょっとアンタぁあ! 洗い物が済んでないじゃないかい! ちょっとこっち来なッ」
「いや、かーちゃん! 今接客中だから! お客さんいるから! あとにして――」
振り返って店主は言う。それからおれのほうに向き直って、「ウチのコレがすまないねえ」と、小指を立てて笑う。
「いいから来な!!」
大声にビクリと店主は肩をすくめて気遣わしげにおれを見る。
「あ。お構いなく、どうぞ。おれ、急がないんで」
「ハハ、すまないねえ……」
奥へ引っ込んだ店主。しばらくして、物音と大声が聞こえてきた。
「だいたいアンタの稼ぎが少ないからじゃないか!」
「か、かーちゃん、ごめんよぉおおお!」
カカア天下は大変だなあとおれはぼんやり思った。
「戦いの気配……ノエラ、あるじ、守る」
戻ってきたノエラがおれの背にしがみつきながら言う。うん、勇まし可愛い。
奥から出てきた店主は、「やれやれだぜ」とシニカルな笑みを浮かべ首を振りながらカウンターに戻ってきた。カッコつけているみたいだけど、目の周りに青あざと鼻から鼻血が出ている。
「あ、ちょうどいい。これ、少し飲んでみてください。きっと効きますよ」
「……兄ちゃんすまないが、俺ぁ実はポーション苦手なんだ。苦いしマズいからよぉ、何よりもくさい」
ポーションはそういうもんだ、みたいな顔してたくせに、実は嫌いだったらしい。
「美味の味、美味の味」
ノエラが何度も言うから、店主は訝りながらペットボトルを手にする。目をつむりながら、恐る恐る口に注いだ。
「――! うめえ……な、なんだこれ。『美味の味』だ……」
震える手でペットボトルを置いて、ガクガクブルブルと体を震わせる店主。
「ぽ、ポーションがうめえなんて、あ、あり得ねえ……!」
奥歯ガタガタ言わせている店主は、おれを化け物か何かを見るような目で見てくる。
青あざの色も薄くなっているし、鼻血も止まっていた。やっぱり(優)のポーションは違うんだ。
「かっ――革命が起きやがった!」
「いやいや、言い過ぎ」
ノエラが首を振っている。
「あるじ、すごい。ノエラのあるじ、すごい。革命、ポーション、美味の味」
「飲みやすい上に味も超絶良い。兄ちゃん――これを革命と言わず何と言う!?」
なんかもう、盛り上がり方がハンパない。製作者のおれを置いてけぼりにした店主のテンションは高すぎた。ガン、と店主はカウンターに頭を打ちつけた。
「兄ちゃん、頼む! これを、これを、俺の店に売ってくれぇええええ!」
「はい、いいですよ、そういう話でしたし」
「まあそうだろう、そうだろう……これほどの革命品、こんな田舎町のちっぽけな雑貨店に売るのはもったいないってのは、わかる」
「いや、話聞けよ。……だから、いいですよ? 売りますから」
「だが頼むから待ってくれ……五人目のガキが出来ちまってウチの家計は火の車なんだ。店を閉めないといけなくなるかもしれない。どうか、どうか、俺の店にこの革命ポーションを売って欲しい――一緒に、革命起こそうぜ?」
レボリューション熱がすごい。暑苦しい。
「何本分になりそうですか?」
くさいポーションの容器はかなり小さくて、一般的なサイズがあれくらいなら相当な数が出来そうだ。
「これに入れて売るんだが――え、いいの?」
「あるじ、いい、言ってる。聞いてない、お前」
ビシッとノエラが指摘する。
「ありがてえ、ありがてぇ……。お、お名前を、兄ちゃんの――いや、革命の寵児の名前を――」
「桐尾礼治って言います。レイジでいいです」
おれと店主は固く握手をする。さっそく小さな容器に自作ポーションを入れていく。
「革命児レイジ、語呂がいいな、フフ」
いいから手を動かせおっちゃん。ノエラに飲ませたから作った当初よりも減ったけど、それでも二五本分のポーションが出来た。現在、普通のポーションは一万リンで売られているそうだ。
リンって何円なんだろう。おれが不思議そうにしていると、おっちゃんが教えてくれた。
「近くの宿に一泊すりゃ五〇〇〇リン、昼飯はだいたい六〇〇リンくらいだな」
日本と物価はあまり変わらないのかもしれない。
「俺ぁ、さっそくこの『美味の味』と効き目を宣伝してくる……!」
「あ。最初は少し割り引いた値段にしましょう。お客さんもそのほうが買いやすいでしょうし、口コミでこの革命ポーションのことを広めてくれるはずです」
「――!? か、革命児の言うことは違うぜ……!」
最初の二五本は、市場価格よりも安い八〇〇〇リンで売ることになった。
おれは、一本あたり二〇〇〇リンもらうことにした。
たったあれだけの作業で一気に五万……! これで数日は食べる物にも宿にも困らずに済みそうだ。店主は店番を奥さんに任せて店を飛び出していってしまった。
「すまないねえ、ウチの旦那が」
奥さんがやってくると、ノエラがおれの背に隠れてしがみついた。
「あるじ、守る。ノエラが、守る」
よしよしと頭を撫でて、おれは奥さんに笑顔を返す。
「きっと売れますよ、ポーション」
「ありがとうね」
おれは会釈して、店をあとにした。おっちゃんはちょっと大げさ過ぎだけど、感謝されるのはやっぱり気持ちがいい。ノエラがよく行くという大衆食堂に足を運び、おれたちは食事を済ます。
よくわからない文字が書いてあったけど、メニューは不思議と読むことが出来た。
料理も摩訶不思議なモノが出てきたらどうしようとか思っていたけど、食べやすい照り焼きだったり塩漬けだったり、スープやパンを食べることが出来た。宿を探そうと歩いていると、雑貨屋のほうがざわざわと騒がしい。どうしたんだろう。のぞいてみると、雑貨屋が男たちで溢れていた。
「一人ひとつまでだよー!」
奥さんの声が聞こえる。店に来ているのは、農夫っぽいおじさん、キコリ風の男、軽装備の兵士などなど――みんな怪我をする可能性のある仕事をしている人たちだった。
店から出てきた若い兵士風のお兄さんが特製ポーションを見て首をひねっている。
「変な色のポーションだな……、飲みやすいっていうから買ってみたけど。ちょっと一口……。――うまぁああああああああああああああああ!? なにこれ!?」
目ん玉こぼれんばかりに驚く兵士のお兄さん。ノエラが激しく同意して大きくうなずいている。
「え、これマジでポーション!? ゴミの味がしないッ!!」
従来品、ゴミの味したんだ……。よかった、飲まなくて。作っている人は、どんなレシピ使ってポーション作ってるんだろう。
「こいつは革命だな」「ポーションで革命起きたわぁ」「革命過ぎてマジで革命」
店から出て軽く飲んだ人たちは味の良さに震えている。革命って言葉、好きだなぁ、みんな。
効き目はステータス通りだろうから、心配する必要はないだろう。
店主のおっちゃんがやってきて、お礼を言った。
「兄ちゃん、ありがとう! 革命ポーションはさすがだな! また、作って持ってきてもらえないか? もっと数を用意してくれって、みんながな……」
「いいですよ、明日作って、また持ってきます」
「ありがとなあ」と、おっちゃんは目を細めた。
おれが直接売れば丸儲けなんだろうけど、別にお金が欲しいってわけじゃない。
不便しない程度のお金があればそれでいいんだ。
「兄ちゃん、泊まるところあるのか? ちょっと騒がしいが、ウチに来ないか? お礼をさせてくれないか?」
「ポーションを売ったお金もあるんで宿を取ります。お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
そう告げておれたちはおっちゃんと別れた。今日会ったばかりのおれを家に泊めようとするだなんて、良い人だ。良い人には幸せになってもらいたいもんだ。
「あるじ、どうした、何か言ったか」
「ううん、何でもない」
足取り軽く、おれは宿屋を探す。こうして、異世界生活初日が過ぎていった。
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