第5話
それなりのお金を支払って、町の大工さんたちに店舗用に家の一部を改装してもらうことにした。
トンテンカン、ガタガタ、ガタガタ。トンテンカン、ガタガタ、ゴゴゴゴ。
玄関のほうからは物音が聞こえてくる。そんな大掛かりなものではないらしいから、一週間ほどで終わるんだとか。
「レイジさーん、お茶を入れましたよー?」
創薬室でおれが新薬を試作していると、ミナが三人分のお茶を持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう」
おれの手元を興味深そうにのぞいていたノエラが、ピクンと耳を立たせてミナを見る。
それから、つんつん、とおれをつついた。
「あるじ、あるじ。知らない女の子、いる」
「そりゃ、いるだろう――え? 見えるの?」
ふんふん、とノエラは首を一生懸命縦に振る。
「そうそう、レイジさん。言いそびれていましたけれど、わたし、ここ数十年ずうっと力を使わなかったので、長時間実体になることが出来るんですー」
にこやかに言いながら、ミナはコポコポと買ったばかりのティーカップにお茶を入れてくれている。
「ノエラ。この女の子、ミナっていうんだけど、幽霊らしいぞ?」
「わかった」
わかっちゃうんだ。
「証拠を今お見せしますねー? ――よっと。これで、ノエラさんには見えないはずです」
「!? 消えた」
普通にそこにいるんだけど、ノエラにはさっぱり見えないらしい。
「これでどうでしょう」
「出てきた」
「これはどうでしょう」
「腕だけ。変なの」
ミナとノエラが楽しげに遊んでいるので、おれは創薬室を出て改装の様子を見ることにした。
あまり広さは要らないので、それほど手間がかかるようには思えないけど、あまり進んでいるようには見えなかった。
「あのー、進捗どうですか?」
一言かけると、作業をする職人さんたちが顔をあげた。
「く、薬師殿、み、見ての通りですじゃ」
よろよろと立ちあがったのは、ガストンさん。この町で一番キャリアの長い大工さんで、齢は八〇を越している。八〇って言えば超長寿だ。立ちあがったといっても、腰は直角に曲がっていて、顔がおれの腰あたりにある。
むにゃむにゃ、と口を動かしていて、目は皺に埋もれてしまいそうだった。
かなりのおじいちゃん大工だけど、他の大工さんにはリスペクトされているレジェンドなんだとか。怪我とかしなけりゃいいんだけど。ううむ、ちょっと心配だ。
その道のプロにそんな心配するなんて失礼なのかもしれいけど。ガストンさん以外の大工さんも結構な高齢。一番若い人で六〇代のシニア大工さんたちだった。
ここをこうして、ああして~、とぷるぷる震える指で指差しながらガストンさんは説明してくれる。
「それじゃあ、一週間じゃ、ちょっと難しそうですか?」
「はぁ~? 何だってぇぇ?」
「一週間! じゃ! 改装! 難しいですかっ!」
「あぁ、あぁ、ばあさんとはなぁ、昔なぁ~」
聞いてねえよ。
「そうそう、結局寝取っちまったんだなあ」
え、何!? 誰が誰を!? 気になる! むにゃむにゃ、とのんびり口を動かすガストンさん。
「……ほれ、見ての通り、ワシらも昔のようにはチャキチャキ動けないからよぉ~思ったよりも時間かかっちまうなあって話だよ、薬師殿。ばあさんとは、ワンナイトラブではじまったからなぁ」
「混ざってますよ仕事の話と昔話! ……え、ワンナイトラブ?」
よ、余計に気になる。
「それによぉ、ワシに限らずすぐ疲れちまうんだ。みんな歳食ったなぁと思ってよぉ~」
「ああ、だから作業効率もあがらない、と……」
他の大工さんたちも、面目なさそうにおれに会釈する。自分の腕一本で今まで仕事をしてきた人たちだから、昔のように仕事が出来ないのが悔しいのかもしれない。
「ワシら、薬師殿には感謝してんだ。どこの町行っても売り切れているポーション、いーっぱい作ってくれてよぉ。しかもこの世の物とは思えねえくらい、美味い。お陰で怪我を怖がらずに仕事が出来る」
うんうん、と他の大工さんたちもうなずいている。
「だから何とかしてぇんだけどなぁ……どうしてもなぁ、歳には敵わねぇなぁ……」
すぐ疲れる……。一時的にでもいいから、それを忘れさせるような薬って出来ないかな。
あ。ポーションが作れるんなら、アレも作れるんじゃないか? おれは、「あまり無理しないでくださいね」とだけ言って、創薬室に戻った。買っておいた数冊の植物図鑑をパラパラとめくる。
「あるじ、どした?」
「うん、作りたい薬が出来たんだ」
完成イメージに合わせて、必要な素材がわかるようになっているらしい。創薬スキルって、本当に便利だ。
現代みたいに写真なんて載ってないけど、名前と自生地を確認する。
この近所でも採れる薬草のようだった。
「レイジさん、お茶冷めてしまいましたし、入れ直しましょうか?」
「ありがとう。けど、今から出かけるから」
「そうでしたか。それでは、行ってらっしゃいませー」
「うん。留守をよろしく」
「はーい」
嬉しそうなミナの声を聞きながら、おれは道具一式の準備をして部屋から出ていく。
索敵要員のノエラも同行することになり、おれたちはいつもの森に出かけた。
森で採取したのは、ポーションに使う三種の素材。
あと、町で買ってきたオレンジとハチミツとショウガ。
どうやらこれで、アレが作れるらしいのだ。
材料を手に帰ると、おれはさっそく創薬室にこもった。
すぐにミナが顔を出した。
「お帰りなさい、レイジさん、ノエラさん。お昼ご飯なにが食べたいですかー?」
「おれはあとでいいよ」
尻尾をふりんふりん、と揺らしているノエラは作業をはじめたおれの手元に興味津々だった。
「ノエラも、あと」
「食べる物はちゃんと食べないとダメですよー? 簡単に食べられる物を何か作りますね?」
意外と世話好きらしいミナは、鼻歌混じりにキッチンのほうへむかっていった。
ポーションを作る要領ですり潰したり、絞ったりしながら、オレンジ、ショウガの絞り汁を混ぜハチミツを少量加える。
「あるじ、何出来る?」
「出来てからのお楽しみってやつだ。瓶に水入れてくれるか?」
買い置きしてある瓶を持って、ノエラが水を汲んできた。
お礼を言って、ブレンドした絞り汁を水に入れて蓋をして振る。
ジャバジャバジャバ――。
いつものように淡く瓶の水が光った。
【エナジーポーション:疲労回復効果、覚醒作用のあるポーション。効果には個人差がある】
「――出来た!」
「出来た? 出来た?」
試しにひと口飲んでみる。
「――ん! んんんんん!」
「どした、どした、あるじ?」
い、言いたい。――ハツラツ! って言いたい。あの味とほぼ一緒だ。おれがあっちの世界で好きだったあの元気系ドリンク――。炭酸がないのが少しだけ不満だけど、それでも十分美味い。
「ノエラも、ノエラも」
「飲み慣れないとビックリしちゃうから、ちょっとだけだぞ?」
おれは空き瓶に少し入れてノエラに飲ませた。
「!?」
ボンッ、と。そんな音が出そうなほどノエラの毛が逆立った。目がギンギンになって、キビキビ動き回る。
「あるじ、すごい、美味の味、すごい! 今なら空、飛べる」
「やめときなさい」
ばたばた走り回るノエラは、おれの股の下をスライディングでくぐったり、背中によじ登ってはそこから飛んでみたり、元気満タンな様子だった。
「レイジさーん、サンドイッチ作りましたよー。これなら作業をしながらでも食べられますよね?」
お皿にサンドウィッチを載せたミナがやってきた。元気いっぱいのノエラを見て目を丸くした。
「ありがとう。あとでもらうよ。あとそれと、ノエラをちょっと見ててもらえるか?」
皿のハムと野菜のサンドイッチをひとつつまむ。うん、美味い。
「はい、いいですけど……どうしたんです、ノエラさん」
「元気を持て余しているみたい」
「はあ……」と、ミナは瞬きしながら小首をかしげた。
おれは小瓶にエナジーポーションを小分けにして入れる。それを五本持って、大工さんたちのところへむかった。
「これ差し入れなんで良かったらどうぞ」
おれが一人一人配ると、みんな怪訝そうに目をすがめた。遠ざけたり近づけたりしている。あ。……老眼(察し
「なんだい、このヘンテコな液体は」
ガストンさんがみんなを代表しておれに訊いた。
「ちょっとした、元気の出る飲み物です。……確実に元気になるってわけじゃないんですけど、『元気になった気がする』っていうほうが正確かもしれません」
ふむう、と鼻を鳴らしたガストンさんが、一気に小瓶をグイッと呷った。
「ほうんっ!? ――」
変な声を出して、ガストンさんがフリーズする。
「どうでしょう? 少し刺激的な味がするかもしれませんけど……。一応、疲労回復効果と覚醒効果があるんです。個人差はあるんですけどね」
ガストンさんが、ぶるりと体を震わせ、一歩歩く。すると、エグい角度の腰が、一歩ずつ歩くにつれ、まっすぐになっていった。
「……ダーウィンの進化論? ああ、いや、ふざけている場合じゃない。ガストンさんどうしたんですか、腰」
おれの話なんて聞いちゃいないガストンさんは「これは、この感覚は――」とつぶやいている。
「ぁぁぁぁ……はぁぁぁぁぁぁはぁあああああああ――」
おれはゴシゴシ、と目をこすった。ガストンさんから、光の湯気が出ている。え。なにこれ。オーラ出てるんですけど! 覇気が垂れ流れてるんですけど!?
「半世紀前を思い出すわいぃいいいいいいいいい!」
ガンガンガン――ギコギコギコギコ――ドンドンドン――。
超高速で作業をはじめたガストンさん。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
「愚問よぉおおおおおおおお、フハハハハハハ!」
「キャラ変わってる!? ……動きが目で追えない――」
一番若手の六〇代の大工さんがおれの肩を叩く。
「見えたと思うだろう? だがそれはすべて――残像だ」
「残像!?」
「……この動き――全盛期のレジェンドだ」
「……ワシがガキのころ憧れたレジェンドが蘇りおったわい」
「レジェンドに続くぞい――」
みんなが小瓶を開けてエナジーポーションを呷る。
「あの……いっぺんに飲まないほうが……」
「「「フォオオオオオオオオオ! この程度の仕事、即片付けてくれるわい!!」」」
「やっぱりキャラ変わった!」
「クク……ようやくこの時が来たか、我が左手に封印せし暗黒龍を解き放つ時が――」
「一人だけ違う覚醒してる!?」
ズガガガガガガ、という表現が相応しいくらいおじいちゃん大工たちは頑張った。その結果、一週間かかると言われた改装は、たった一日で終わった。元気が出たおかげか、ヨボヨボと作業するんじゃなくてシャキシャキと作業をしてくれた。
若い頃に戻ったみたいで楽しい、ってみんな口を揃えて言った。工期も短く済んだから、おれも予定よりも早く開店出来るし、みんなも楽しく仕事をしてくれた。誰も損しないってのは、本当にいいことだ。
うーん、それにしても効き過ぎだろう。エナジーポーション。
去り際、工具を手に提げた腰の伸びたガストンさんが、キメ顔で振り返った。
「また何かあったら呼んでくれよな?」
いやだから、キャラ変わり過ぎだろ。
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アニメPV(youtube)
https://youtu.be/VTXeHBjq-AI
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