道に迷ったその後に ~私とミナトと帰れない場所~

於田縫紀

道に迷ったその後に

 ここは何処だろう。私はあたりを見回す。

 あたりは特徴がない住宅地。いやちょい高級よりの住宅地と言うべきか。塀が大きく長く向こう側に緑が見えている。

 路上に人影はまったくない。車も走っていない。


 いかん、迷った。どうしようかと一瞬悩んでそして思いつく。こういう時はスマホ頼み。ポケットから出して電源ON。地図のアイコンをクリックする。

 表示が出た。東京駅前。おい待てよと思ってよく見てみる。GPSを受信できません。何だそりゃ!

 

 東西南北、いや曇り空で方向すらわからないから前後左右。何処を見ても大して変わりない。おかしい、どの方向を見ても歩いてきた記憶が無い。それでも念のため回れ右をしてさっきまで背後だった方向へ歩いてみる。うん、わからん。


 こうなったら最後の手段だ。頼りたくないが仕方ない。


「都合のいい時だけ俺に頼るんだよな」

 私のすぐ横でミナトがそう愚痴った。


「仕方ないでしょ。私の危機はあんたの危機でもあるんだから」


 ミナトいわゆるイマジナリーフレンドという奴だ。他人には見えない存在。でも私からは他人として認識出来るし会話も可能。

 性別は男性で、身長は今現在は私より少し高い程度。顔立ちはよく見ると私と構成要素がほぼ同じ。だが髪型がまるで違うしいつも皮肉っぽい笑みを浮かべている。


 ミナトはほぼ意識があった頃から一番身近な存在。であると同時にうっとうしくもあったりする。私の全てを知っているしお小言も言ってくるから。


 ただ諸事情で友人のいない私には唯一、何でも話せる、話し合える相手でもある。


 それに私と基本的に利害は一致しているし、場合によっては便利な存在だ。私と違って論理的な思考が得意だし、数学や物理も得意だったりするし。ついさっき受けた試験の時もお世話になった。


 ミナトはいつもの皮肉っぽい表情で口を開く。

「そもそも今、ただ道に迷っただけと思っているだろう。そんな簡単な状態じゃないぞ、今は」


「どういう事?」


「帰り道がなくなっている」


「それって道に迷ったからじゃないの?」


 奴はフンと鼻で嗤う。


「この場所に入ったのはこの方向直進一つ先の角だ。それまでは門坂町15番付近の道を普通に歩いていた。その時までは人も少ないながらいたし車も走っていた」


「ならそこまで戻ればいいじゃない」


 話は簡単だ。私は速足で角まで歩いて左右を見回す。見覚えのある場所ではなかった。同じような道路や家、塀が延々と続いている。


「ここから来たの? 全く見覚えないんだけれど」


「だからさっき言った。帰り道がなくなっていると」


「それじゃどうするの」


 曇り空だしだんだん暗くなってくるしでもう泣きたい。

 泣いても意味はないけれど。


「適当に勘で歩けば何処かに着かないかな」


「望み薄だな」

 ミナトは突き放したような言い方をする。いつも通りだがこういう時までと思うと腹が立つ。


「女の直感は当たるっていうじゃない。あと直感はだいたい当たるもんだって」

 奴はわざとらしく鼻で嗤って口を開いた。


「その直感と直観は意味も字も違うぞ。女の直感のかんは感情の感。感覚的に物事を感じ取る事だ。だいたい当たる方の直観のかんは観光バスの観。過去の経験や情報から無意識に判断する事。よく当たる方は観光バスの方だ」


 何でこいつ、本体は私の癖にそんな事を知っているんだ。いつもそう思うが考えても仕方ない。こいつはそういう奴なのだ。私に意識がある頃から、ずっと。


「それじゃミナトの直観とやらはどう判断するの?」


「情報不足だ。まずは何かないか歩き回るしかない」


 おいおい、ミナト。

「それじゃ結局、私が女の直感で歩き回るのと大差ないじゃない」


「出鱈目と論理的思考は違う」


「はいはい」

 口論しても仕方ない。私は歩き始める。いつまでもこんな処にいる訳にはいかないのだ。いかない……よな。

 ふと疑問が生じてしまった。


「急いで帰る必要もないんだろうけれどね。むしろ適当に時間が潰れればちょうどいいのかもしれない」


「おいおい。いつまでもこんな場所にいる訳にもいかないだろう」


「そうだけれどね。どうせ早く帰っても居場所は無いし」


 引きこもりとか不登校とかは家が安全だから出来る事だ。その点ではうちより恵まれている。うちは……思い出したくないから省略。


 その辺思い出したくない事を憶えておいたり判断したりするのがミナトの役割だ。嫌すぎておぼえていられない事が多すぎる。だからおぼえておくべき事を私の代わりにおぼえておく。それに従って判断する。

 かつて彼が自分でそう言っていた。だからきっと間違いない。


「とりあえずここを出る事を優先しよう。ここじゃ生存できるかも怪しい。それに今日試験を受けた学校なら寮に入れるのだろう。そうなれば今までの生活からはおさらばだ」


 そう、今日は高校受験をしてきたのだ。だが見知らぬ場所へはじめて行ったから道に迷ってしまった。帰り、学校から駅までのバス代を節約しようとしたのが失敗だった。バス代200円ちょいあれば安いパンなら2個以上買える。その誘惑に勝てなかったのだ。


「でも別の学校行っても上手くやれる自信、無いんだよね。正直友達付き合いなんて出来た事無いし。あの家の子と付き合っちゃいけませんという台詞は何回か聞いたかな。そのせいで誰とも付き合わず今まで過ごしてきたし。中学自体も2年からはずっと保健室登校だし」


 保健室が取り敢えず一番安心できる場所だった。養護教諭は優しいし、他に生徒がいないからいじめもない。


「とりあえず今は深く考えるな。ここで悩んでも何にもならない」


「そうだけどね。何か考えちゃうの。私が間違っているのかな、私の周りの世界が間違っているのかなって。でもどうしようもないよね。死ぬまで生きるしか。それならいっそ別の世界へ行ってしまいたい。これ以上悪い事もそうそう無いだろうし、本当に悪ければもう死んだっていいし。そう思わない、ミナト?」


 ふとミナトが鋭い表情をした。何かを見つけたようだ。


「どうしたの」


「見た方が早い」


 私は振り返る。

 曇っていた空が晴れて赤く綺麗な夕空が見える。太陽も見える。そして虹も出ていた。見事な7色の虹。その根元側、ここからずっと前の方が光っている。


「あっちへ行くべきだと思うのは直感? それとも直観?」


「結論が同じならこだわる事は無い」


 私達は歩き出す。回りはどんどん明るくなっていく。


 ふっと辺りの風景が一変した。回りは緑、森の中のようだ。樅の木の一種のようだがよくわからない木々。

 そして足下は道路。ただしアスファルト舗装じゃないと思う。普通のコンクリートとも少し違う、石と砂と白い何かを混ぜ合わせたような道。


「これって?」


「俺に聞くな。論理的な答えは出せない」


「トラックにひかれたりなつみSTEPしたりはしていないよね」

 かつての異世界転生・転移の定番だ。


「それは間違いない。そんな記憶は俺にも無い」

 奴はこれ以上は無い仏頂面で答える。きっと今の事態に論理的な解を見いだせないとかでご機嫌斜めなのだろう。そういう谷津田のだ。


 ちょっと思いついた事があったのでやってみた。

「ステータス、オープン!」

 おっと、私に関する情報がどさっと目の前に表示されたぞ。


「今のは直感? 直観?」


「小説や漫画を読んで得た知識と経験で思いついたのなら直観だ」


「それで論理担当のミナトとしてはどう思う」


 足下の影は私一人分。だからやはりミナトは私のイマジナリーフレンドのままなのだろう。でもその方が私にとっても助かる。いつでも一緒にいてくれるから。


「体力が低いな。でも魔力が結構ある。魔法もそこそこ使えるようだ。スキルのミナトとは俺の事だろう。とりあえずこれならこの世界で困る事は無いだろう」


「今のは直感? 直観?」


「ファンタジー知識を元にした通常の判断だ」


 私達は歩き始める。遠くに街が見えてきた。これからの人生はどうなるのだろう。まあ、ミナトがいてくれるから大丈夫かな。

 今までより悪い事もそうそう無いだろうし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

道に迷ったその後に ~私とミナトと帰れない場所~ 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ